4、まちるださん
また一夜明けた。
オンラインゲームにログインして会話するたびに嘘が加算されるということを知り、俺はパソコンの電源を入れる勇気すら失った。だから、もうただ部屋でボーッとしてるしかなかった。どうせ暇だから、まことちゃんと会話してやることにしようか。
「まことちゃんいくつ?」
《女性に年齢を聞くのは野暮です》
「声若いから十六歳くらいかな」
《ある意味正解ですが、全然違います》
「何だその言い回し」
《深い深い事情があるのです。しかし、そんなことはキョウスケさんには全く関係ないので答える義務はないです》
「そうですか。で、八百回嘘吐かなかったら、何かもらえたりするの? レアなアイテムとか」
《そんなものありません。生き残る事ができるだけ、ありがたいと思うべきです》
「何だい、偉そうに」
《大丈夫ですよ。キョウスケさんにならきっとできます》
「無責任なこと言って……」
だいたい、できるったって、何をやるんだよ……世界を救う戦いってわけでもないのに。
ところで…………全く関係ない話をするが、時田まことは、どんな姿してるんだろうな?
俺が勝手に想像してみるか。
胸は大きいに違いない。ま、もちろん俺の願望だが。で、出るところ出てる感じ。その割りに顔は幼いだろうな。美人と言うよりは可愛いといったほうが良い感じか。長髪を白くて巨大な帽子の中に入れていて、まぁピンクのヒラヒラした服だろ? いや、待て。スーツの方がギャップがあってよろしいか。そして、手には「うそつき(ハートマーク)」って書かれたハンマーを持って、肩に何か動物乗せているはずだ。そうだな、名前は、モコちゃん。モコモコしてるからモコちゃんにするような、安直なネーミングセンスの持ち主に違いない。ああ、可愛いじゃないか。
あ、ああん、ダメ、キョウちゃん!
へへ……俺はお前のこと大ッ嫌いなんだぜ……!
んもう……うそつき。
ペコ。
へへ……もっと叩いてくれ。
あぁん、ダメェー。モコちゃんが見てるー。
そんなの関係ないさ。何よりも、まことちゃんが可愛いよ。
それは、嘘じゃないよね……?
嘘じゃないよ……。
あぁん! キョ――
(ピンポーン)
おっと来客だ。
立ち上がり、妄想を振り払うように頭を振る。
時田まことちゃんの話では、居留守も嘘としてカウントされるらしい。そんな、つまらない原因で嘘が増えるのは嫌なので急いで顔を出す。ガチャリと扉を開いた。
「……だれ?」
と俺が言いながら出ると、
「……え? だれ?」
知らない女が立っていた。「だれ?」とか言いながら立っていた。本気で誰だ、こいつ。
「えーと、ここ、大島さんの家じゃ……? あ、あれ? えっと、どうしたんだろ……あれ?」
「どうかしたんですか?」
「ここに住んでるって聞いて、私とここで一緒に住もうって……あれ? おかしいな……」
女は何やら携帯を操作し、それを耳に当て、そして、
「……うそ……」
大袈裟なくらいに絶望した。
「大島さんってのは、前の入居者ですか?」
「わかりません……でも、そう、そうかも。ちょっと部屋を調べさせてもらっていいですか?」
「え? いや! ちょっと! 困ります!」
「お願いします!」
「ええっと……」
「グスン……ぅぇ……ずずっ……」
むせび泣きはじめた。
「ええっと……どうぞ……」
泣かれて困ってしまったので、とりあえず部屋に入れる。女の涙には弱い俺。
「あ、あの……行くところ、無いんですか?」
「はい……」
「…………」
「もう以前住んでいた所も出て! 彼と……大島さんと結婚しようって約束していたのに!」
そんな話を俺にされても困るんだが。
「はぁ」
溜息を吐くように返事をして、俺は言った。
「つまり、結婚詐欺ですか?」
「詐欺なんかじゃないわ! 結婚するのよ!」
「騙し取られたものとか、ありません?」
「ないわよ! そんなの……」
この女自体、俺を騙そうとしている可能性もあるわけで、そして結婚詐欺などという話も虚言であって、俺を貶める罠かドッキリカメラか何かに違いない。そうでなかったら、こんな状況ありえない。時田まことちゃんサイドからの刺客という可能性もある。
「ちなみに大島さんは何をしている人です?」
「手品師」
うさんくせえええええ!
「……あぁ! そうか! きっとこれは手品なんだわ! パチンと指を鳴らすと、あなたが大島さんになって」
「ないと思います」
「…………」
「結婚約束してるっていうのに、名字で呼ぶなんて変ですね」
「言われてみれば……そうですね。でも愛の形は、色々じゃないですか……」
「騙されてません?」
「……そういえば彼、一万円札を消すマジックが得意だったわ」
「ハァ……」俺は溜息を吐く。「それ騙されたんですよ。さあ、帰ってください」
「困ります!」
こっちの台詞なんだが……。
「私! 行くところ無いんです!」
「実家は?」
「アメリカです! ロサンゼルス州のカルフォリニアです!」
カリフォルニア州のロサンゼルスと言いたいのだろうか。見ず知らずの女にツッコミ入れてやるほど優しくないぞ俺は。
「どこかに知り合いは?」
「みんな疎遠で超孤独です!」
「そうっすか」
「私、何でもしますから!」
な……なんでもだと……。この女、よく見りゃあ、かわいいじゃ――――いや待て、人でなしな妄想をする場面ではない。俺は紳士だからな。突き抜けるほど紳士だからな。
「そうは言ってもですね……」
「実はお金もないのですが……」
「大島に搾り取られたわけですか?」
「今にして思えば、その通りです」
女は座り込んだ。「ここから動かないぞ」という意思表示だろうか?
「布団も一組しかないし……」
「あ、私寝袋ありますから」
「じゃあ野宿でもしたら?」
「……ひどいですね」
「……お名前は?」
「そんな迷子の子供に聞くような口調で言わないでください……」
実際そんなようなもんじゃねえか。
「とにかく、とりあえず名前を教えてください」
「はい……私は、楓まちるだと言います」
「マチルダ?」
「はい。父がアメリカかぶれなので……」
「そうっすか」
「あの……お仕事何をなさっているんですか?」と女。
「学生」俺は答える。
「大学生ですか」
「休学中ですが」
「おお……私と一緒です」
「そうですか……」
「これって、運命……でしょうか?」
「頭大丈夫ですか?」
「失礼ですね」
あぁ、初対面っていいな。嘘を吐く必要ないんだものな。
「……あの、本気でここに居つくつもりでいます?」
「そんなわけないじゃないですか。ちょっとした仮宿……というか……指示といいますか……」
「指示?」
「…………白状しますと、私どうしても嘘を吐いてしまう性格でして、そのおかげである日携帯が変になってしまって……幻聴か幻覚かと思ったんですが、どうも現実らしくて。それで、この家に入り込んで住み込めば嘘百回分減らしてくれるという条件だったんですが……」
そう言って女は携帯の電源を入れた。今まで電源が入っていなかったということだ。
《はい、おめでとうございます、マチルダさん。嘘百回分減らしますね!》
「あぁ……それは本当だったんですね。ありがとう、ありがとう」
《どうしようもない嘘吐きを更生させるために動いている私達が嘘吐くわけないじゃないですか。だから、私達が死ぬといったら死ぬんですぅ》
彼女の携帯から発せられる声に、かなり聞き覚えがあった。
「まさか……時田まことちゃん?」
《あ、キョウスケさんですね。ご説明したほうがよろしいですかぁ?》
「そりゃあ……何が起こっているんだかさっぱりだぞ」
《わかりました。ご説明しますぅ。彼女は楓まちるださん。虚言女ですー》
「虚言女って……」
《だいたいはキョウスケさんと似たような境遇でここまで生きてますね。それで、どうせこの二人は引きこもってしまうだろうからということで、二人に共同生活をさせようという試みですー。見栄っ張りで嘘つきなのは病気ですー。それを治さないと明るい未来なんて夢のまた夢ですー。私達の目的は、そういった嘘野郎共の更生なので、籠もられて孤独されるのは意味ないのですー》
「つまり、俺にこの楓さんがここに住むことは拒否できないと?」
《そうなりますねぇ》
「何で!」
《拒否したら死にますー》
「そのカード切るの究極的に卑怯じゃないか?」
《だって本当ですー》
「お願いです! 私をここに置いてください! じゃないと私もあなたも死ぬんですよ!」
「……まじ?」
時田まことちゃんに向けて、つまり彼女の携帯に向けて訊いた。
《まじですー》
「決まってるの?」
《はいー、決まってますー》
「…………」
「あ、ちなみに時田まことさん! 百回分減って、今いくつですか?」
《マチルダさんは……二百六十回です。確認で二百六十一回になったです》
「えっ……全然減ってなくないですか……?」
《ここに入るまでに八十八ほど嘘を吐いたからそれは減らないですよ》
「オゥ……ショックです……」
まちるだは額に手を当てて、外国人風のリアクションをした。
《ちなみにキョウスケさん。彼女とあなたは同じ時間に契約しているので、えーと二十九日後までずっと二人で生活してもらう予定ですー》
「そんな……」
「キョウスケさん、よろしく」
「……はぁ……よろしく」
そんなこんなで、よくわからないが二人の生活がはじまったらしい……。




