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稲沢除雪隊〜黒い獣〜  作者: 只野屍
エピローグ
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32/33

巡る季節

 結衣が退院したのは、その翌日だった。


 頭痛と吐き気は少し残っていたが、検査では異常は見つからなかった。数日は学校を休ませることになったものの、家に戻るころには食事も取れるようになっていた。


 美紀の胸と肩の痛みもしばらく続いた。シートベルトの跡が青黒く残り、腕を上げるたびに顔をしかめたが、日が経つにつれてそれも薄くなった。


 その夜、結衣は自分の布団ではなく、浩志と美紀の間で寝た。


 浩志も何も言わなかった。


     *


 三月も半ばを過ぎると、雪は目に見えて減っていった。


 春排雪が終わり、雪捨て場には大きな雪山だけが残った。表面は日に日に黒ずみ、ところどころに穴が開いていった。


 道路脇の雪の壁もなくなった。


 田んぼから雪が消えるころには、浩志も冬の仕事から離れていた。


 ハウスに苗が入り、やがてトマトの葉が背丈を増していった。収穫が始まれば、朝からハウスを回る毎日になった。


 結衣はいつも通り学校へ通い、美紀も肩の痛みを口にしなくなった。


 暑かった夏が過ぎた。


 山が色づき、朝の空気が冷たくなった。


 やがて、その山に白いものが見えるようになった。


     *


 その間も、稲沢地区で撮影された黒いものの映像はインターネットに残り続けた。


 YouTubeの「怪異観測室」はその後も活動を続け、今ではその分野で飛ぶ鳥を落とす勢いだった。


 稲沢地区で撮影した映像は、何百万回も再生されていた。


 志村たち三人もTikTokへの投稿を続けていた。


 あの夜の配信も、何百万回と再生されていた。


 しばらく新しい話題に埋もれていた二つの映像が、再び広まり始めたのは、その次の冬だった。


     *


 十二月、秋田県北部の町で、大きな黒い動物が目撃された。


 夜の県道だった。


 警察は熊の可能性があるとして注意を呼びかけた。


 数日後、別の町でも目撃された。


 さらに離れた村でも、黒い熊のような動物を見たという話が出た。


 地元のニュースで、目撃した男性が話していた。


「ライト当てても真っ黒で、顔がよく見えなかったんですよ」


 そのうち、一件の映像がSNSに投稿された。


 夜の道路。


 ヘッドライトの先に、黒いものが立っている。


 画質は荒かった。


 それでも、その映像を見た誰かが、以前の動画を掘り返した。


 怪異観測室のYouTube動画。


 志村たちのTikTok。


 何百万回も再生されていた二つの映像が、新しい目撃映像と並べられた。


 同じものじゃないか。


 去年、湯澤で出たやつだろ。


 コメントが増えた。


 比較する動画まで作られた。


 怪異観測室の映像も、志村たちの配信も、また再生数を伸ばしていった。


     *


 冬が終わっても、目撃は途切れなかった。


 春にもあった。


 夏にもあった。


 秋田県内の町村で、黒い熊のような動物を見たという話が続いた。


 けれど、湯澤市から同じような目撃情報が出ることはなかった。


 稲沢地区でも、黒いやつを見た者はいなかった。


     *


 そして、また冬が来た。


 稲沢地区の車庫には、いつもの顔が集まった。


 雪が積もれば、夜中に電話が鳴った。


 重機のエンジンがかかり、シャッターが開き、黄色い回転灯が暗い道路へ出ていった。


 何台かの重機の助手席には、今年も岩塩を入れた袋が置かれていた。


 結局、一度も使わなかった。


 黒いやつは現れなかった。


 ある雪の夜、浩志は相変わらず年代物のGD705を走らせていた。


 フロントガラスの向こうを雪が流れていく。


 中央のブレードに集まった雪が、斜めに道路脇へ流れていった。


 県内では、また黒い熊が出たらしい。


 この冬に入ってからも、何度かニュースになっていた。


 湯澤市では出ていない。


 稲沢でも、あの春以来、一度も出ていない。


 浩志はブレードの端を見ながら、ふと思った。


 あの黒いやつは、本当に祟りだったのだろうか。


 塩で、祟りの元まで祓えたのだろうか。


 雪の消えかけた県道脇に立っていた、小さな石像が浮かんだ。


 二十年前にも割れた。


 直したら、何も起きなくなった。


 今回も、割れた。


 もしかしたら、あれは――。


 災いを起こすものではなく、災いを外へ出さないための鎮石だったんじゃないか。


 だとしたら、あの日。


 自分はあれに、塩をぶちまけた。


「……くだらねぇ」


 浩志は前を見た。


 GD705のエンジン音が低く響いている。


 ブレードに押された雪が、道路脇へ流れていく。


 浩志はそのまま、白い県道を進んでいった。

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