第四話 名残雪
朝八時を少し過ぎたころ、夏樹は車庫のシャッターを開けていた。
「夏樹さん、おはようございます」
土田がやってきた。
「おはようさんです。昨日、急に悪かったな」
「別にいいっすよ。どうせ酒飲まないし」
土田が車庫へ入ったところで、一台の軽トラックが入ってきた。
浩志だった。
夏樹がそちらを見る。
「あれ? 浩志さん、今日休むんじゃないの」
浩志は答えなかった。
車を降りると、そのまま車庫へ入ってくる。
「浩志さん?」
返事はない。
浩志は車庫の隅へ向かった。
散布用の岩塩が入った500kgの大袋の前で足を止めると、空のペール缶を持ってきた。
大袋の紐を解き、そばに立てかけてあったスコップで岩塩をすくう。
ざっ、ざっ、とペール缶へ入れていく。
夏樹が近づいた。
「浩志さん、何してんの?」
浩志は答えない。
ペール缶がいっぱいになると、スコップを立てかけ、両手で持ち上げた。
「浩志さん。それ、何すんの?」
そのまま外へ出ていく。
土田が夏樹を見た。
「……何すか、あれ」
「分がらん」
浩志は軽トラックの助手席へペール缶を載せた。
「浩志さん!」
運転席のドアが閉まる。
「おい、待てって!」
エンジンがかかった。
軽トラックが走り出す。
土田も外へ出た。
「塩持っていきましたよね」
夏樹は走っていく軽トラックを見た。
「追っかけるぞ」
「はい」
二人はハイエースに乗り込んだ。
*
少し先に、浩志の軽トラックが見えた。
夏樹が運転し、土田が携帯を取り出した。
「俺、電話してみます」
呼び出し音が続いた。
「……出ねえ」
軽トラックが西側の県道へ入った。
夏樹が呟いた。
「荒神様か」
土田が前を見た。
それからは二人とも喋らなかった。
*
浩志は県道脇に軽トラックを止めた。
ペール缶を下ろし、両手で抱えて道路脇へ向かう。
石像の周りは、もう雪が解けていた。
湿った黒い土と枯れ草の中に、小さな石像が立っている。
斜めに走った修理跡が残っていた。
浩志はその前にペール缶を置いた。
「……おめえだべ」
石像を睨んだ。
「こいつだべ」
後ろから車の音が近づいてきた。
ハイエースが止まる。
「浩志さん!」
夏樹の声がした。
浩志は振り返らなかった。
「浩志さん、待て!」
ペール缶を持ち上げ、中の岩塩を石像へ一気にぶちまけた。
白い粒が石像に当たり、土と枯れ草へ散った。
「俺がやったんだべ!」
夏樹と土田が走ってくる。
「浩志さん!」
「だったら俺に来いよ!」
浩志は石像を睨みつけた。
「なんで家族やるんだよ!」
「浩志さん、やめろ!」
「俺が壊したんだべ!」
浩志が足を上げた。
「待て!」
石像を蹴り飛ばした。
ごっ、と鈍い音がした。
小さな石像が倒れ、岩塩の上を転がった。
「浩志さん!」
浩志は石像まで行くと腰を屈め、両手を掛けた。
「こいつだべ! こいつがやってんだべ!」
持ち上げ、そのまま振りかぶろうとする。
「浩志さん!」
土田が横から飛びついた。
「もういいって!」
「離せ!」
「それ、よこせ!」
浩志が石像を抱え込む。
「離せって!」
「よこせって!」
土田が浩志の腕を押さえ、石像を奪い取った。
「土田、返せ!」
土田は石像を抱えたまま下がった。
「返さねえっすよ!」
浩志が土田へ向かおうとする。
夏樹が前に入った。
「浩志さん、もうやめれ!」
「こいつだべ! こいつがやってんだべ!」
「分かったから!」
「俺が壊したんだぞ! だったら俺に来ればいいべ!」
浩志が土田の抱えている石像へ手を伸ばした。
「なんで結衣なんだよ!」
夏樹は何も言わなかった。
「俺がやったんだべ! だったら俺に罰当てればいいべ! あいつら関係ねえべ!」
「浩志さん……」
「俺殺せばいいべ!」
浩志の手が下がった。
俯いたまま、荒い息を繰り返す。
「俺が壊したんだから……俺殺せばいいべ……」
土田は石像を抱えたまま浩志を見ていた。
「浩志さん」
浩志は顔を上げなかった。
「……病院、行かなくていいんすか」
浩志の動きが止まった。
「結衣ちゃん、入院してるんでしょ」
「……うん」
「だったら行ってやってくださいよ」
浩志は黙っていた。
「雪捨て場なら俺出ますから。そっちは気にしなくていいっすよ」
しばらくして、浩志が顔を上げた。
土田の腕の中にある石像を見た。
「……悪い」
「いいっすよ」
浩志は軽トラックへ戻った。
エンジンがかかり、走り去っていく。
夏樹と土田は、その後ろ姿を見ていた。
やがて土田が、抱えている石像へ目を落とした。
「……これ、戻します?」
「んだな」
二人で石像を元の場所へ立てた。
斜めに修理されたところは外れていなかった。
土田が足元を見た。
「……この塩、どうします?」
「このままにもしておげねえべ」
「集めるしかねえっすね」
夏樹がハイエースからスコップを持ってきた。
二人で岩塩を集めた。
枯れ草の間に入り込んだ粒までは拾いきれなかった。
石像は、また元の場所に立っていた。
その足元には、拾いきれなかった白い岩塩の粒が、名残雪のように薄く散っていた。
次で最終話になります。




