第八話 お守り
翌朝、重機車庫の休憩室では、土田が昨夜の話をしていた。
「最初は普通に潰そうとしたんだよ。サンゴーで転ばして、上から排土板下ろして押さえつけてよ。そこで塩のこと思い出したんだ」
「遅えな」
智也が言うと、土田は笑った。
「俺もそう思った。助手席に置いてた袋、そのまま投げたら胸に、ぼすって当たって落ちた。全然破れねえの」
「それで二個目か」
「んだ。口開けて中身ぶっかけたら、すぐ暴れて煙出して消えた」
「やっぱり塩か」
譲が言った。
「塩だな。昨日使ったやつ、中国産の岩塩だべ?」
「そうですよ」
石田が答えた。
「俺、中国産って普段あんまり食わないようにしてるんだよ。筋肉に悪そうだから。でも中国産の塩すげぇな」
「筋肉に悪そうって何だよ」
「なんとなく」
「なんとなくかよ」
智也が笑った。
「でも袋のままじゃ駄目なんだな」
夏樹が言うと、祐介が口を挟んだ。
「スーパーにある薄いやつでいいんでね? サッカー台にロールで置いてるやつ」
「口結ばなくてもいいべ。塩かかればいいんだから」
譲の一言で、試してみることになった。
薄いポリ袋に岩塩を入れ、車庫の前の雪壁に土田がスコップで大きな丸を描いた。
「これ、黒いやつの胸な」
「でかくね?」
「三メートルくらいあったんだぞ」
祐介が口を結んだ袋を投げた。丸の下に、ぼすっ、と当たって落ちる。袋は破れなかった。
「駄目だな」
「貸してみれ」
土田が投げると、丸の上を越えた。
「どこ投げてんのよ」
「今のは距離の確認」
「嘘つけ」
笑いが起きた。
「石田さんもやってみます?」
石田は袋を受け取った。
「一回だけですよ」
軽く腕を引いて投げると、袋は真っ直ぐ飛び、丸のほぼ中央に当たった。
「うめえ。石田さん、野球やってた?」
「高校までですよ。外野でした」
「やっぱり」
「昔の話ですよ。もう肩も上がりませんから」
「十分上がってるじゃん」
今度は袋の口を結ばず、軽く捻るだけにした。投げれば途中で口が開き、岩塩が広がって落ちる。
「石田さん散布車乗ってて、塩投げても一番うまかったら最強じゃん」
「散布車は武器じゃないですよ」
「これ、そのまま助手席置いたら塩だらけになるな」
「小さいバケツに入れとけばいいべ」
「百均にあるな」
その日のうちに、何台かの重機の助手席に岩塩の入った袋が積まれた。
*
数日もすると、楢山建設をはじめ、ほかの請負の除雪車にも話が伝わった。
「使わねえに越したことはないけど、お守り代わりに持っといてください」
夏樹もそう言った。
*
二月に入って間もない夜、浩志はGD705で西側の県道を除雪していた。
長い下り坂に入り、斜めにしたブレードで雪をガードレール側へ寄せていく。ガードレールの向こうは十メートル以上落ち込んでいた。
前方の雪の中に、黒いものが立っていた。
「……またおめえか」
黒いやつがこちらへ向かってくる。
浩志はGD705を止めた。
助手席の小さなバケツには、岩塩を入れた袋が五つ入っている。
ドアを開け、一つ投げた。二つ目、三つ目。残りの二つも続けて投げる。
五つ全部だった。
白い岩塩が雪の上へ広がった。
浩志はドアを閉め、GD705をバックさせた。
黒いやつが追ってきた。
最初の塩を踏んだ。
巨体がよろめいた。
それでも進み、さらに白く散った雪の上へ足を入れる。片膝をつき、脚から黒い煙が立ち始めた。
「……ほんとに効くんだな」
浩志は前進に入れた。
ブレードを斜めにしたまま、705を前へ出す。
黒いやつが立ち上がろうとした。
浩志は左右の前輪の間へそいつを入れた。
黒い巨体が車体の下へ入り、直後、ブレードの真ん中で雪が盛り上がった。
「ほら、行げ」
そのまま押した。
黒いやつがブレードの前で雪と一緒に転がる。立ち上がろうとしてはまた雪に巻かれ、そこへ路面に散った岩塩も混ざっていった。
黒い煙が一気に増えた。
浩志はいつもの除雪と同じように、雪をガードレール側へ寄せていった。
黒いやつも一緒に押されていく。
雪と塩に揉まれながら何度も転がり、やがてガードレール際まで押し込まれた。黒い身体が雪と一緒にガードレールへ擦りつけられる。
そのたびに輪郭が崩れた。
もう立ち上がることもなかった。
少し進んだところで、雪の中から黒いものが消えた。煙だけがわずかに残り、それもすぐに見えなくなった。
浩志はGD705を止めた。
「……すげえな、塩」
ブレードを戻し、そのまま残りの除雪を続けた。
*
二月は、降る時にはまとまって降った。
夕方まで降っていた雪が夜には止まり、深夜に集まったころには星が出ている日もあった。細かな雪が降り続く中を出る夜もあった。
深夜除雪に出たのは、ひと月で十日ほどだった。
黒いやつの話は次第に聞かなくなった。
ある朝、深夜除雪を終えて車庫へ戻った智也が、缶コーヒーを開けた。
「最近、出ねえな」
「んだな」
譲が答えた。
「俺の塩、ずっと助手席にある」
祐介が言うと、黒沢が煙草をくわえた。
「邪魔でも置いとけ。出た時ねえと騒ぐんだから」
「置いとくけどさ」
それきり、黒いやつの話は続かなかった。
*
二月も後半になると、路肩の雪もずいぶん低くなった。
日中に気温が上がる日は、雪壁から水が流れた。
その日、浩志は4tダンプで西側の県道を走っていた。
道路脇の雪も沈み、冬の間は完全に埋まっていたものが少しずつ姿を見せ始めている。
例の場所を通りかかった。
道路脇の雪の上に、小さな石像が頭から半分ほど出ていた。
斜めに割れた上側も、雪の中から姿を現している。
浩志は運転席から横目でそれを見た。
そのまま速度を変えず、ダンプで通り過ぎた。




