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稲沢除雪隊〜黒い獣〜  作者: 只野屍
第四章 変化
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第四話 消えるもの

 辰雄は運転席で、しばらく動けなかった。


 エンジンは低く唸り続け、作業灯の白い光が公民館裏の狭い道路を照らしている。


 そこにはもう、何もいない。


 さっきまで排土板の下にいた黒いものは、何度叩きつけても動き続け、最後には輪郭を失った。黒い煙のように崩れ、そのまま消えた。


 辰雄はハンドルから手を離した。


 指が震えていた。息もまだ荒い。


 そして、臭いだけが残っていた。


「……くせえ」


 獣臭に、腐ったものを混ぜたような臭いだった。少し空けていた窓から運転席の中まで入り込んできている。


 無線が鳴った。


『辰雄さん、聞こえる?』


 譲だった。


「……聞こえる」


『今どごさいる?』


「公民館の裏」


『まだそこさいるんだな?』


「いる」


『分がった。今そっち向かってる』


 辰雄は無線機を戻し、周囲を見た。


 近くの家の窓に明かりがついている。一軒だけではなかった。


 そこでようやく、自分がどれほどの音を立てていたのかを思い出した。


 アクセルを煽り、排土板を上げ、叩きつける。また上げて、叩きつける。


 何回やったのか、自分でも覚えていない。


 住宅の壁が赤く染まった。


 消えて、また赤くなる。


「警察かよ……」


 サイレンは鳴っていなかった。


 赤色灯だけを回したパトカーが、公民館の方から入ってくる。それとほとんど同時に、別の道から黄色い回転灯も見えた。


 譲のWA270だった。


 パトカーが手前で停まり、少し遅れて譲もローダーを停めた。


 二人の警察官が降りてくる。譲もキャビンから降りた。


「辰雄さん!」


 辰雄もローダーを降りた。


 警察官の一人が近づいてきたが、途中で足を止めた。


「うわ……何だ、この臭い」


 鼻と口を手で覆う。


 もう一人も数歩遅れて顔をしかめた。


「動物の臭いか、これ……?」


 譲も眉を寄せた。


「くっせ……何これ」


「そいつだよ」


 辰雄が言った。


「そいつ?」


「黒いやつ」


 警察官が辰雄を見る。


「ここさいたんです。道塞いで、こっちさ来たから、排土板でぶったたいた」


「熊ですか?」


「熊じゃねえ」


「大きさは?」


「熊ぐれえある。でも熊じゃねえって」


 警察官はライトを取り出した。


 雪面へ近づくほど臭いが強くなる。


 排土板を何度も叩きつけた場所は雪が硬く押し潰されていたが、舗装そのものは壊れていなかった。


 血はない。毛もない。肉片もない。


「何もないですね」


「消えたから」


「消えた?」


「何回もぶったたいたら、最後、煙みてえになって消えた」


 もう一人の警察官がローダーの前へ回った。


 排土板へ近づいた途端、身体を引く。


「うわっ。こっちの方がひどい」


 譲も近づき、すぐに顔をしかめた。


「ほんとだ。排土板くせえな」


 雪面より、明らかに強かった。


 鉄そのものに臭いが染み込んだようだった。


 ライトで照らしても、血も毛も何も付着していない。


「何か大型の動物がここにいたのは間違いなさそうですね」


「だから黒いやつだって」


「それを排土板で叩いた」


「んだ」


「そのあと逃げたということは?」


「逃げてねえ」


「かなり興奮していたでしょうし、雪も降っていますから、逃げたところを雪煙か何かで――」


「違う」


 辰雄は言い切った。


「最後まで見てた。煙みてえになって、消えたんだよ」


 話が噛み合わない。


 警察官はそれ以上言わなかった。


 少し離れたところで、もう一人が雪面や周囲を確認している。やがて戻ってきて、小さく首を振った。


 最初の警察官が手帳を閉じた。


「大型の動物と接触したということで報告します。ただ、近所から何件か通報が来ています。ものすごい音がして、除雪車が何度も道路を叩いているって」


「……すみません」


「危険だったのは分かりますけど、夜中ですから。何度も重機で道路を叩くようなことはやめてください」


「はい」


「また遭遇した場合は、無理に対処しないで安全な場所へ離れてください」


「……はい」


 その後もしばらく辰雄は注意を受けた。


 警察官たちがパトカーへ戻り、赤色灯が住宅の壁を流れながら遠ざかっていく。


 譲は残った。


 臭いの染みついた排土板をしばらく眺めてから、辰雄へ向き直った。


「辰雄さん、ほんとに消えたんだな?」


「だから何回言わせるんだ。煙みてえになって消えた」


「逃げたんじゃなくて?」


「逃げてねえ」


 譲はもう一度排土板を見た。


「これだけ臭いついてんのに、何もいなかったわけねえもんな」


「んだべ」


「……分がった。俺は信じる」


 辰雄は自分のローダーを見上げた。


「譲くん」


「ん?」


「気ぃつけろよ」


「分がってる」


「俺、熊はおっかねえけどよ。あれは熊じゃねえ」


「……うん」


 二人はそれぞれのローダーへ戻った。


 まだ除雪は終わっていなかった。


 朝になっても、辰雄のローダーの排土板は臭っていた。


 車庫へ戻った辰雄が畳部屋へ入ると、智也がコーヒーを飲みながら顔を上げた。


「警察来たんだって?」


「来た」


「何て?」


「道路叩くなって」


 土田が笑った。


「そりゃ言われるべ」


「うるせえな。おめ、逃げ道ねえとこであれに来られてみれ」


「俺なら逃げますよ」


「だから逃げられねがったんだって」


 奥にいた夏樹が聞いた。


「道路、大丈夫だった?」


「何ともなってねえ。警察も見てった」


「ならよかったですけど、あまり無茶はしないでくださいね」


 智也が身を乗り出した。


「で、ほんとに消えたの?」


「消えた」


「煙になって?」


「んだ。最後、形なくなって、そのまま消えた」


「警察は信じた?」


「信じるわけねえべ。何かいたのは認めてたけど、逃げたのを俺が見間違えたんでねえかってよ」


 黒沢が煙草を持って立ち上がった。


「まあ、煙になって消えましたなんて警察も書けねえべな」


「でも臭いは確認してったぞ。排土板なんか今でもくせえ」


「そんな臭う?」


「嗅いでみれ」


 何人かが車庫へ出た。


 辰雄のローダーへ近づくと、智也がすぐ顔をしかめた。


「うわっ。なんだこれ」


「な?」


 土田も鼻を覆う。


「腐ってるみてえな臭いするな」


「夜中はもっとひどかった」


 譲が言った。


 智也が振り返る。


「譲も現場見たんだべ?」


「見た。俺が着いたときにはもういなかったけど」


「どう思う?」


「辰雄さんが何か叩いたのは間違いねえな」


「煙になったってのも?」


「俺は信じる」


 智也はしばらく排土板を見ていた。


「……重機ならやれるんだな」


 辰雄がすぐに振り返った。


「簡単に言うなよ」


「いや、でもやったんだべ?」


「やったけどよ」


「だったら、向こうから来たときは――」


「やめとけって」


「分がってるよ。わざわざ追っかけるほど馬鹿じゃねえって」


 辰雄はまだ何か言いたそうだったが、やめた。


 それから数日が過ぎた。


 相変わらず連日深夜除雪は続く中、譲はまだ黒いものの実物を見ていなかった。


 その夜は午前一時からの出動だった。


 細かい雪が風に流され、田んぼの上を白く走っていた。


 譲はWA270で路線を進んでいた。


 田んぼの中を走る道が、先でT字路になっている。突き当たりは冬の間、雪を押す場所になっていて、何度も押し込まれた雪が高い壁になっていた。


 譲がそこへ近づいた。


 作業灯の先、電柱についた街灯の下に何かいる。


 雪壁の前だった。


 黒い。


 譲はアクセルを戻した。


「……こいつか」


 初めて見る。


 動画も見た。話も何度となく聞いた。


 だが、実物は違った。


 でかい。


 ツキノワグマより明らかに大きい。四つ脚でいるため高さこそ抑えられているが、身体は長く、頭まで含めれば二メートルほどありそうだった。


 それだけの大きさがありながら、何も見えない。


 作業灯を真正面から浴びているのに、毛も、目も、鼻もない。身体の凹凸さえほとんど分からない。


 ただ黒い。


 黒いものが雪壁の前を離れた。


 こちらへ来る。


 譲は無線機を取った。


「黒いやつ出た」


 すぐに智也の声が返ってきた。


『どご?』


「農道のT字路」


『離れろよ』


「んー」


 譲は後進へ入れなかった。


 黒いものがまっすぐ向かってくる。


 辰雄の話を思い出した。


 排土板で叩いた。


 それで殺せた。


 譲は排土板を下げた。


「ちょっと押してみる」


『は?』


「来たから」


『譲、無理すんなよ』


「しねえよ」


 黒いものが走り出した。


 譲はWA270を前へ出した。


 ドン、と排土板へぶつかった。


 衝撃がアームから車体へ伝わる。


「おっ」


 黒いものの胸から下が排土板に隠れた。


 上からは黒い頭と肩、太い前腕が出ている。


「……でけえな」


 譲がアクセルを踏んだ。


 黒いものが下がった。


 さらに踏む。


 また下がる。


「押せるな」


『何?』


「普通に押せる」


 黒いものは前腕を排土板へ突っ張り、踏ん張っている。


 それでもWA270にはまるで及ばなかった。


 タイヤは空転しない。エンジンにも余裕がある。


 譲が前へ出た分だけ、黒いものが押されていく。


 排土板の下には道路に残っていた雪が集まり始めた。


 黒いものは、その雪と一緒に運ばれていった。


 譲は速度を上げなかった。


 いつものように雪を押していく。


『どうなってる?』


「押してる」


『黒いやつを?』


「うん」


『マジかよ』


 雪壁が近づいた。


 押していた雪が先に壁へ当たり、盛り上がる。


 譲はそのまま前へ出た。


 雪が圧縮され、黒いものも一緒に雪壁へ押しつけられた。


「よし」


 黒いものの動きが変わった。


 前腕を排土板の上端へ掛ける。


 身体を持ち上げた。


「ん?」


 押し返そうとしているのではない。


 登っている。


 黒い胸が排土板の上へ出た。


 さらに身体を引き上げる。


 真っ黒な頭がキャビンへ近づこうとしてきた。


「そっちから来んのかよ」


 譲は少しバックしながら排土板を上げた。


 黒いものも一緒に持ち上がる。


 一メートルを越えた。


 それでも前腕を掛けたまま離れない。


 さらに上げる。


 二メートル近くまで持ち上げたところで、譲は短く前へ出しながらハンドルを左へ切った。


 WA270の車体が中折れを始める。


 大きな排土板が左へ振れた。


 黒いものの身体も一緒に振られる。


 譲はその動きが乗るのを待った。


 ほんの一瞬遅れて、排土板を前へチルトさせながら下げた。


 黒いものの前腕が外れた。


 振られた勢いのまま、身体が左下へ放り出される。


 雪の上へ落ちた。


 譲はすかさず排土板を追わせた。


 黒いものが起き上がるより早く、大きな鉄板がその胸へ叩きつけられた。


 ドンッ。


 排土板の下で黒い身体が跳ねた。


 そのまま油圧をかける。


 逃がさず雪面へ押しつけた。


「捕まえた」


 黒いものが激しく暴れた。


 排土板が震える。


 前腕が雪を掻く。


 譲はさらに下へ圧をかけた。


 排土板を支点にして、WA270の車体前部が持ち上がっていく。


 左右の前輪がゆっくり雪面から離れた。


 そこで止める。


 車体は左へ中折れしたままだった。


 その位置からなら、排土板の脇がよく見える。


 黒いものの胸あたりは排土板の下に挟まれていた。その向こうに、頭部と二本の腕が出ている。


 まだ動いていた。


 腕が雪を掻き、頭部が左右に動く。


「……これでも動くのかよ」


 譲は初めて、それを間近で見た。


 近づいても何も変わらない。


 目がない。


 鼻も口もない。


 毛も皮膚も見えない。


 作業灯の光をまともに浴びているのに、どこにも陰影が浮かばない。


「なんだコレ……」


 譲は無線機を取った。


「いま押さえつけた。まだ死んでねぇ」


 一瞬、無線が静かになった。


『……マジかよ』


 智也だった。


『そのまま押さえられるか?』


 譲は排土板の下を見た。


「いけそう」


『分がった』


 土田の声が入った。


『智也さん、行く気だべ』


 辰雄の声も入る。


『行かない方がいいって』


『俺近いから』


「智也さん、来なくていいよ」


『もう向かってる』


「……ほんと馬鹿だな」


 譲は黒いものを押さえたまま待った。


 おかけでたっぷり観察できた。


 黒い前腕はまだ動いている。


 やがて田んぼの向こうに、小さな黄色い回転灯が見えた。


『譲、回転灯見える?』


「見える」


『それ俺』


「分がってるよ」


 雪の中を黄色い光が近づいてくる。


 WA200が別の道からT字路へ入り、譲の左側へ回ってきた。


 智也は少し離れたところで停まった。


 しばらく動かない。


 キャビンの中から、排土板に押さえつけられている黒いものを見ている。


 やがてドアが開いた。


「智也さん!」


 智也が降りた。


「ちょっと見でみる」


「何してんのよ!」


「動けねえべ、これ」


「分がんねえべ! 見なくていいから! 乗ってれって!」


 智也は二、三歩近づいた。


 二台の作業灯の中で、排土板の向こうから出た黒い頭と前腕が動いている。


「……なんだこれ」


「俺も分がんねえよ」


「ほんとに何もねえな。顔もねえ。てか、くせえ!」


「智也さん、早ぐ戻れって!」


「はいはい」


「はいはいじゃねえよ!」


 智也はようやくWA200へ戻った。


 エンジン音が上がる。


 WA200が譲の左側から、黒いものの下半身側へ位置を合わせていく。


『譲、そのまま押さえてれ』


「押さえてる」


 智也は排土板を慎重に近づけた。


 黒いものへ触れるところで一度止める。


『行くぞ』


「ゆっくりな」


『分がってる』


 WA200が前へ出た。


 排土板が黒いものへ当たる。


 勢いはつけない。


 そのまま、じわじわと押していく。


 黒いものが激しく暴れた。


 譲の目の前で前腕が雪を掻く。


 WA270の排土板にも振動が伝わった。


 それでも二台のローダーを動かせるほどの力はない。


 智也はタイヤの力だけで押し続ける。


 譲も前輪を浮かせたまま、胸を上から押さえ込んでいた。


『今、何してんの?』


 無線から土田の声がした。


 智也が答えた。


『今、二台で押してる』


『二台で!? ほんとに行ったのかよ』


 祐介も聞いてたのか声を上げた。


『マジっすか』


 黒いものの動きが少しずつ鈍くなっていった。


『どう?』


 智也が訊いた。


「まだ動いてる」


『こっちから何も見えねえんだよ』


 智也の位置からは、自分のWA200の排土板が邪魔になっている。その向こうで黒いものがどうなっているのかは見えない。


 譲には見えていた。


 排土板の向こうに出た頭と二本の前腕。


 一本の前腕が、まだ雪を掻いている。


「まだ動いてる」


『まだかよ』


 その前腕が止まった。


 譲は目を細めた。


「……おい」


『何した?』


「ちょっと待って」


 黒い頭の輪郭が揺らいだ。


 煙が出たように見えた。


 だが違う。


 頭そのものが、端から黒い煙のようにほどけ始めている。


「……始まった」


『何が?』


「消えてる」


『こっちから見えねえ』


「そのまま。そのまま押してて」


『分がった』


 譲は目を離さなかった。


 黒い頭部の輪郭が崩れていく。


 煙を吐いているのではない。


 黒い身体そのものが煙になっていた。


 頭部が薄くなる。


 雪の上へ伸びていた腕も、先端からほどけ始めた。


 一本が消えた。


 もう一本も崩れていく。


「……ほんとだ」


『譲、どうなってる?』


「辰雄さんの言った通りだ。煙みてえになってる」


 無線の向こうで辰雄の声がした。


『んだべ』


「うん」


『だから言ったべ』


「分がったって」


 頭部が消えた。


 最後まで残っていた腕も、黒い煙になってほどけていく。


 そして最後の黒い部分が消えた瞬間――


 ドンッ。


 WA270が大きく揺れた。


「うおっ」


『譲!?』


 黒いものが消え、それまで排土板の下にあった抵抗が一瞬でなくなった。


 排土板が雪面へ落ち、浮いていた左右の前輪も同時に着地した。


「消えた」


『全部?』


 智也が訊く。


「全部」


『ほんとか?』


「俺、ずっと見てた」


 辰雄がすぐに入ってきた。


『何も残ってねえべ?』


「うん。何もねえ」


『だから言ったべ』


「はいはい。辰雄さんが正しかった」


『最初っからそう言ってるべ』


 譲は排土板を少し上げた。


 下には押し固められた雪しかない。


「智也さん、そっち上げてみて」


『分がった』


 WA200の排土板がゆっくり上がった。


 智也はそこで初めて、自分が押していた場所を確認できた。


『……ほんとに何もねえ』


「んだ」


『俺、ずっと押してたぞ』


「俺も押さえてた」


『死骸も何もねえの?』


「ない」


『……気持ち悪りいな』


 血もない。


 毛もない。


 肉片もない。


 二台のローダーに押さえつけられていた二メートル近い黒いものが、跡形もなく消えていた。


 譲が排土板をもう少し上げたところで、顔をしかめた。


「うわ、くせえ」


『こっちもくせえぞ』


 智也も気づいたらしい。


 獣臭と腐臭が混じった臭い。


 辰雄のローダーに残っていたものと同じだった。


「この臭い、雪にこすれば取れねぇかな」


 辰雄も入ってくる。


『取れねえぞ』


「え?」


『この前、帰りに雪押してきたけど、臭かったもん』


 智也が笑った。


『じゃ駄目じゃん』


「洗わねば駄目か」


『おめら、車庫の中まで臭くすんなよ』


「もう辰雄さんのが臭くしてるべ」


『俺のせいにすんな』


『いや、辰雄さん今日くさかったぞ』


『俺じゃねえって言ってるべ!』


 譲は笑いながら、WA270の前輪を雪面へ戻し、ハンドルを切って中折れした車体をまっすぐにした。


「智也さん」


『ん?』


「あと絶対降りんな」


『……はいはい』


「はいはいじゃねえよ。押さえてる最中に見に来る馬鹿どこさいるのよ」


『ちょっと見たかったんだよ』


 辰雄がすぐに割り込んだ。


『馬鹿だな、おめ』


『辰雄さんに言われたくねえな』


『何でよ』


『排土板で何回もぶったたいて警察呼ばれる人に言われてもな』


『俺は逃げ道なかったんだって!』


「智也さんは自分から来たからな」


『譲、おめまでそっちにつくなよ』


 譲は笑いながら排土板を下げた。


 智也もWA200を動かし始める。


 それから少しして、智也の声がまた無線に入った。


『でもよ、譲』


「何?」


『これで分がったべ』


 譲は何も残っていない雪面を見た。


『熊じゃねえ。普通の生き物でもねえ』


「うん」


『でも、重機ならやれる』


 今度は辰雄も否定しなかった。


 譲は前進へ入れた。


「まあな」


 WA270がゆっくり動き出した。


 排土板の下で雪が巻かれ始める。


「とりあえず、この臭い落としてから帰るわ」


『だから雪じゃ取れねえって!』


 辰雄の声を聞きながら、譲はそのまま雪を押していった。

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