助けてなどと、言わなければ。
「甘いんじゃないですか」
少年少女を留置場へ送り、寮への帰り道である。ヨジュンは室長に背負われてくーくーと寝ている。俺は少し苛ついていた。
「甘いものか。彼ら三人にはぜひ立ち直ってもらいたい」
「ですから、その考えが甘いんじゃないかと言っているんですよ」
「きみはなにを苛ついているのだね。苛々は心身に良くない」
「…別に苛ついていません」
「嘘も心身に良くない。……まあ、大体の想像はつくが」
「は?」
「敬愛する上司である私が、ほかの者に優しくしているのが気に入らないのだろう。気持ちは解るが落ち着きたまえ」
「残念な冗談は毛根だけにしてください」
「誰の毛根が冗談な残念だ!」
「あんただ、あんた! しかもそれ逆!」
思わず上司をあんた呼びしてしまう。しかし酷い誤解をしているのは上司なのでこの際仕方がないとする。
「俺が言っているのは、反省文なんか書いたところで彼らに将来が開けるとは思えないってことですよ。マニュアルに則るなら人間界かマタルでの強制労働でしょう」
「自分を省みることも無く強制労働をさせても、結局拗ねるだけとは思わないかね?」
「三日間で三十枚の反省文を書かせれば、自分を省みるとでも? 適当に文章を書くだけなら作文用紙が無駄になるだけです」
「やらせる価値はあるだろう。無駄なら無駄だった時に考えればいい。それにこれは私が決めたことだ。…本気で覆したいのかね、きみは」
そう言われれば黙るしかない。上司の決定だ。俺には逆らう権利など無い。
「心配せずとも、彼らは大丈夫だ。昔のきみ同様とまでは言わないが、彼らも私の話をちゃんと聞いていたよ」
「…俺のことは今どうでもいいです」
「きみはずいぶん会話してくれるようになったな」
「放っておくと残念な上司が残念な誤解ばかりするので」
「だから誰の毛根が残念だと…」
室長が俺をじろりとねめつける。とそこで、室長の背中にいるヨジュンがううんとうなった。まるで赤子がぐずつくように。
「おっと、ヨジュンを起こしてはかわいそうだな。黙るか」
同意を示すように、俺は黙ってうなずいた。ちなみに、室長は省いたがかわいそうなのはヨジュンではなく我々である。ヨジュンはものすごく寝起きが悪い。悪い夢でも見ようものなら、その場にいる者たちに殴りかかってくるのだ。機嫌の悪いヨジュンは性質も非常に悪いので、彼が寝ている時は静かにするに限る。
室長は寮のマスターキーを持っているので、それを使ってヨジュンを部屋に運び、我々も散会した。
部屋に入って、ふうと息をつく。確かに苛ついていた。ただ、それがなにに対してなのか、自分でも説明は出来ずにいた。だから余計に苛ついていた。室長が言った理由でないことは確かなのだが。
今日、時間的には昨日、日付が変わるまで捕り物をしていたとはいえ、それは学校の生徒たちには関係がない。つまり授業は今日も通常通りに行われる。寝る前に次の授業の準備をしなくては。
俺は盛大に舌打ちをした。行儀が悪いことは知っているがどうせ誰も聞いてはいない。
――きみはずいぶん会話してくれるようになったな。
室長の声が蘇る。
確かにそうだ。出会ったばかりの頃、俺はほとんど口を利かなかった。
眉を寄せて、きつく目をつぶった。
――初めまして。きみが、容疑者だね?
あの時俺は、なにを見ていただろうか。
そう、あの時。
助けてなどと、言わなければ。




