表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/24

静かな怒り

 室内は、緊張に満ちていた。当然だろう。休みの日に室長に呼び出されれば、誰でも緊張する。後ろめたさがあればなおのこと。


 室長の声は、いつもと変わりなかった。その人物をまっすぐ見つめて、言った。

「結論から言おう。日本を中心に人間相手に詐欺をおこなっていたのは、カモイ家の者たちである」

 室長に相対している人物は、少しの身動きをした。その人物から目を逸らすことなく、室長は続ける。

「スパイはきみだな? ――ナミカくん」

 俺からは、その瞬間のナミカがどんな顔をしていたのか、判別することは出来なかった。


 無理からぬことだ。室長は学校の教室にいる。対して俺はまだマタルにいる。教室の様子を、ユノの通信機を借りて見ているのだ。繋がっている室長の通信機は、教室のホワイトボードの上に付けられている。スマートフォンサイズの画面では、ナミカの表情までは判別出来ない。

「私、スパイなんかじゃありません! なにも知りません!」

 ナミカの声が聞こえた。続いて、室長の声。

「いいや。きみだよ。自分がしくじったことに、気付かなかったかね?」

「なんのことですか?」

「魂を送る実習をおこなった時だ。きみは魂を返せなかったと嘆いていたね」

「だって、それは…」

「嘆いたこと自体は問題じゃない。実習の後で屋上へ向かい、カロスくんと会話をしている。その時、カロスくんが、肉体に返せる魂には印が付くと言ったことは覚えているかね?」

「…覚えています」

「それに対してきみはこう言った。「そんなもの、今まで見たことが無い」と」

 ナミカが固まった。それだけで、彼女は雄弁に語っていた。彼女はしくじっていたのだ。本当なら、あの場で俺が気付くべきだったのに。


「気が付いたようだね。印の付いた魂を見たことが無いのは当然だ。実習の時、そんな魂は通らなかったのだから。しかしきみは、「今まで見たことが無い」と言った。おかしな話だ。まるで、ほかにも魂を見たことがあるような言い方じゃないか。研修所では魂に相対する実習などしない。普通にマタルで生活しているだけなら、人間の魂など見る機会は無いのだよ。あの世へ通じる道に出るには、関所で免許証を見せる必要もある。一般人には無理なんだ。それこそ、不法に魂を行き来させている者でなければ」

「それは、言葉の綾で…」

「ではもう一つ。昨日、助手のカロスくんと事務員のヨジュンがカモイ家に入っていくきみを見かけた。なんの用事だったのだね? 言っておくが、見間違いはありえない。助手と事務員が二人揃って見間違えたというには無理があるし、ヨジュンが写真も撮っている。ここで見るかね?」

「それ、は…」

「そうやって言いよどんでいることがなによりの証拠だ。調べた限り、きみとカモイ家には繋がりは見つけられなかったよ。痕跡の消し方は見事としか言いようが無いが、消しすぎたな。なんの繋がりも無いのにカモイ家に複数回出入りするきみは怪しいとしか言いようが無かった」

「……」

「きみは、ユーリィ家にも忍び込んだね。ヨジュンが後をつけて現場を確認しているよ。きみが入った後の執務室を調べたら、被害者リストのコピーが見つかったと」

「最初からユーリィ家にあったかもしれないじゃないですか」

「ユーリィ家の母屋にも執務室にもリストが無いことは、前日にカロスくんが確認済だ。私は自分の助手を信じる」

「そんな主観的なもの」

「さらに、ヨジュンがカモイ家で同じリストを見つけている。これ以上の証拠は無いよ」

「ヨジュンさんは、カモイに捕まっているはずじゃ…」

「捕まったのはわざとだよ。きみを追いかけて、証拠を押さえてから捕まれと指示しておいた。きみとカモイを油断させる為に。きみは知らないだろうが、ヨジュンに捕獲網は通じない。彼はちょっと特殊でね。抜け出すことはわけもない。捕まっていると見せかけて自由にカモイ家をうろうろして、あらゆる証拠を押さえている」


 そうなのか。俺もそんなこと知らなかったが。じゃああの時肝を冷やした俺はなんだったのだろう。


「ナミカくん。認めるね?」

 しばらくの沈黙の後、彼女は絞り出すように言葉を紡いだ。

「……あたし、悪いことをしていたとは思いません」

「ほう」

「だって魂を返してもらいたいって言うヒトがいて、きっと帰りたいって思っている魂もあって、それをマッチングさせることのなにが悪いんですか!? みんな喜んでたじゃないですか!」

「被害者は、帰ってきた魂がもう一度会いたいと願っているヒトではなかったから詐欺に遭ったのだと認識しているのだが?」

「死んだヒトが生き返るんですよ? 多少の性格の違いくらい、大目に見たらいいじゃないですか! あたしがやっていたのは慈善事業です!」

「では何故金銭を要求した?」

「慈善事業にもお金は必要です」

 俺からは室長の頭部しか見えないが、ため息をついたようだということは判った。そうして、室長は言い放った。

「馬鹿者」

 大声ではない。吐き捨てるようでもない。


 言うならば――哀しそうな声だった。


「きみには、カロスくんの言葉はまったく届かなかったのかね? 他人の寿命を左右することなど、誰であっても赦されないのだ。たとえ神がいたとしても赦されない」

「何故ですか」

「逆に聞くが、きみは、きみの寿命を他人に左右されたら面白おかしいかね? きみの都合ではなく、他人の都合で死んだり生き返ったりさせられたら楽しいかね? 生き返った先で、やっぱり目当てのヒトと違うから要らないと言われて、はいそうですかじゃあそういうことでと言えるかね?」

 ぐっと、ナミカは答えに詰まった。

「それが答えだ。……自分がされて嫌なことは他人にもしない。ただ、それだけのことなのだよ」


 そう、それだけのことだ。

 たったそれだけのことを、そんなに哀しそうに言わないで欲しい。いつものように、大仰に構えていて欲しい。


「室長」

 つぶやいた俺の声が聞こえたかどうかは知らない。

 室長の声の質が変わった。

「すでにマーテル家がカモイ家に調査に入っている。ヨジュンも内側から暴れているだろう。――ここまでにしたまえ」

 ナミカはもう、なにも答えなかった。


 マタルから派遣されてきたマーテル家の者に、ナミカは連れられて行った。無言でそれを見送った室長は、ホワイトボードの上から通信機を取り外した。まだ、こちらとは繋がっている。画面に目線をやって、室長はこちらに問いかけてきた。

「ユノ殿にお尋ねしたいのですが」

「はい。なんでしょう?」

「ジュエイくんは、あなたの手の者ですね?」

「ええ。その通りです」

「ジュエイくんはナミカくんにかまをかけていた、ということですか」

「はい。魂を返せると聞いて、どんな反応をするか見て来いと私が命令しました。もっとも、ナミカだけではなく、いずれはクラス全員の反応を確認させるつもりでしたが」

「最初にカロスくんがユーリィ家の者だと噂を流したのもジュエイくんですね。…女性だとは言わないままに」

「よくお解りで」

「大したことではありません。ジュエイくんだけが、噂が流れる前と後で態度が変わっていなかったので。知っていたのだろうと思っただけです」

 俺はそんなことに気付かなかった。室長は、ちゃんと見ていたということだろう。

「ユノ殿。どうして我が校にスパイが入ってくるとお思いになったのですか?」

「福岡校だけではありません。日本校のすべてにハスマ家の者を入れております。勝手に申し訳ありませんが、こちらも手段を選んでいられなかったのです」

 室長は、黙って続きを待つ。

「毎年、授業についていけずに複数人の退学者が出ます。ハスマが独自に調べたところ、詐欺被害者の中に学校の学生証を見せられたヒトがいました。怪しい者ではないと安心させる為でしょう。むろん、学生証は退学するときに回収されるはずですが、複製するためには本物を見る必要があります。そこで詐欺グループの中に、学校に潜り込む役割をする者がいると踏んだのです」

「なるほど」

「カロスさまのことは、詐欺グループの様子を見る為に噂を流させてもらいました。ユーリィ家の者が見ていると思えば、彼らもなんらかの動きを見せると思っていたのです。あからさまに警戒してくれれば、疑いの目を向けやすいとも思いました。結果的には、彼女の居心地を悪くさせてしまっただけですが…」

「カロスくんを拉致したのも、あなたたちですね。彼女を味方に引き込み、情報を聞き出したかったということですか?」

「おっしゃる通りです。拉致という形になったのは、カロスさまとお話が出来るならどんな形でもいい、と下の者に言ってしまった私の落ち度です。本当に申し訳なかったと思っています。揺さぶって起こすのも気が引けて、彼女が気絶しているさまをただ見ていました」

 それについては、散々謝られた。ユノは土下座しそうな勢いだった。だからというわけではないが、俺はもう気にしていない。


「ユーリィ家のご息女でありながら、詐欺グループに一番近いのはカロスさまでした。どうしても、話をさせていただきたかったのです」

「まあ、拉致については、カロスくんが赦しているなら私はとやかく言いません。私がしたいのは、まず答え合わせです。ハスマ家が独自に詐欺グループを追っていたのは、誰も信用出来なかったから…でいいのでしょうか」

「お見通しなのですね。そうです。ユーリィもカモイもマーテルもリンクも、怪しいと言えばどこも怪しかった。唯一、完全にシロだとしたらカロスさまだと思ったのです。ユーリィ家からほぼ追放されているカロスさまが、一人で詐欺を働くとは思えませんでした。詐欺の規模からして、個人ではないことは明らかでしたから」

「まあ、そうでしょうね」

「ほかに、お訊ねになりたいことは?」

「そもそも、何故、ハスマ家が詐欺グループを追うことになったのですか?」

「…売られた魂の中に、私の知己がいました。彼は二回死にました。…これで、納得していただけないでしょうか」

 そうだったのか。


 俺は、そっとユノを見る。彼の表情に、静かな怒りが見えた気がした。

 室長は、一瞬目を伏せたが口調は変わらなかった。


「そうでしたか。…答え合わせは以上です。通信機、使わせていただきありがとうございます」

「このくらい、なんでもありませんよ」

「お礼はまたいずれ。――カロスくん」

「…はい」

 詐欺グループは片付いた。しかし、俺はまだ、人間界には帰れない。マタルでやることがあるからだ。

 ナミカを追求するよりもずっと緊張する。


 だが。


「室長。……行ってきます」

「行ってきたまえ。――私からの命令は、覚えているね?」

「覚えています」

 そう。俺は、傷つくことを許可されていない。


 ハスマ家を出て、ユーリィ家に向かう。と、何故かユノも付いてきた。

「ユノ殿。私は一人でも平気ですが」

「見届けさせてください。ご事情を伺った以上、気になって夜も眠れません」

「…まあ、構いませんが…」

 身内の恥と言えば確かにそうだが、まあいいだろう。

「口出しは無用に願います」

「承知しました。お任せください」


 やっぱり笑顔がうさん臭い。だが、今は思う。このヒトはただ、笑うのが苦手なのかもしれない。だとしたら、憎めない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ