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無傷の理由

 週末の夕飯時とあって、ミーカは混雑していた。十五分ほど待って、四人掛けのテーブル席に通される。

「なににしようかな。室長が出してくれるんですよね?」

「ああ。なんでも好きなものを頼みたまえ」

 室長の返答に、ヨジュンはえへへと笑った。

「カロスくんも、なんでも頼むといい。食欲が無いなどとは言わず」

「いやでも、本当に食欲無いですよ」

「少しでもいいから食べたまえ。腹が減っては戦も出来ない」

「ここが盗聴されている可能性は?」

「無いな。職員室にあったのはボールペン型の盗聴器だ。それも、私が使っているボールペンと同じ型の。断定は出来ないが、たぶん魂を送る実習の時に置いて行ったのだろう。噂が流されてからこっち、生徒が学校にいた時間で、職員室が空になったのはあの時くらいだからな」

「誰が?」

「候補は数人いる」

「だから、誰が」

「落ち着きたまえ。注文が先だ。ヨジュンの報告もまだすべては終わっていない」

「………」

 結局、ヨジュンがとんかつ定食、室長がボンゴレスパゲティ、俺が焼き魚定食を頼んだ。


 がつがつととんかつ定食を食べながら、ヨジュンの報告が続く。

「それでですね、ハスマとカモイにも忍び込んできたんですけど、それぞれうちの生徒とつながりがありまして」

「つながり…。でも二家とも大きな家だから、マタルの住民で関わりが無いヒトの方が少ないだろう」

「ええ、まあそうなんですけど。直接的な関わりってことで。まず、クミナくんのお母さんが、ハスマが経営している病院の事務員です。同じ病院でジュエイさんのお姉さんが看護師をしています。あの二人は幼馴染みたいですよ。さらに、ユウキくんのお父さんはカモイ家が経営している旅館の従業員です」

「なるほど」

「病院にかかったことがあるヒトや旅館に泊まったことのあるヒトまで関係者にしていたらきりがないので、この辺までですけど」

「それで、ヨジュンはどう思った?」

「僕の見解ですか。あくまで印象に過ぎませんけど、クミナくんのお母さん、ちょっと怪しいかな、とは思いました」

「理由は?」

「クミナくんのお母さんとユーリィ家のお手伝いさん、友だちらしいです。地球ではママ友って言うんですかね。時々ランチをする仲みたいです。噂が漏れるならここかな、と。あとは、ユウキくんのお父さんかなぁ」

「うん。そっちの理由は?」

「どうやらカモイ家に借金をしているみたいです」

「借金…?」

「お給料の前借みたいですけどね。研修所にも養成学校にもそれなりのお金がかかりますから、ある程度仕方ないのかもしれませんけど。ユウキくんのところは兄妹も多いですから」

 それは知っている。研修所から提出された資料にあった。ユウキは確か、六人兄妹の長男だ。

「僕からの報告は以上です。で、室長は?」

「うむ」

 ボンゴレスパゲティを食べていた室長は、紙ナプキンで口を拭ってから水を飲んだ。

「個人面談で、おかしなことを言っていたのは二人だったな」

「誰と誰ですか」

「ジュエイくんとナミカくんだ」

 ナミカ。ここまで出てこなかった名前が出てきた。そういえば、確かに先ほど、教室に戻ってきたナミカは顔色が悪かった。

「彼女たちはなんて言っていたんですか」

「まず、ジュエイくんだが、彼女はト‐○○一の存在を知っている」

 まったく予期しなかった言葉に、俺もヨジュンも目を丸くした。

「どうしてここでト‐○○一なんて出てくるんですか…?」

「先日のアンケートで、「学校に通っている意味が分からない」と書いたのはジュエイくんだ」

「彼女がそう言ったんですか?」

「いいや。否定はしていたが嘘だと判っただけだ」

 室長がそう言うなら、まず間違いなくジュエイは嘘をついている。そして、ト‐○○一のことを知っているのだろう。


 罪人番号ト‐○○一。

 先日、調査中の俺を拉致して縛り上げて廃寺に置き去りにした輩だ。

 奴らは詐欺グループ。金と時間をかけて養成学校に行かずとも、面接だけで簡単に案内人になれるという謳い文句でヒトを集めている。集めた人手でなにをしているのかというと、彷徨う魂をかき集めている。そして、地球人相手に高額で売っているのだ。言語道断である。


 通常なら遭わないはずの詐欺だ。それでも詐欺に遭った多くの者は、こう言う。

 すなわち――「もう一度、あのヒトに会いたかった」。


「どうしてジュエイさんがあんなグループの存在を知っているんですか」

 ヨジュンが室長に聞く。室長は、軽く首を捻った。

「そこまでは判らんが。私は面談で、全員に聞いたのだ。学校に通っている理由もしくは意味はなんだねと」

「それで、彼女の答えが怪しかったんですね」

「うむ。あまりに流暢すぎた」

「というと」

「模範解答にも程がある。まるで、最初からなにを聞かれるのか知っていたようだった。長台詞を噛みもせず、私の目を見てしっかり答えていた」

「んー? でもそれって、個人面談があると知ったらある程度は質問を予想出来るんじゃないですか? それか、先に面談受けたヒトから聞いたとか…」

 ヨジュンの言葉に、室長は首を振る。

「個人面談を行うと生徒に通達したのは今日の朝だ。準備をする時間は無い。仮にある程度は予想出来たとしても、すべての質問を正確に予見出来るわけが無い。さらにジュエイくんの順番は五番目。授業は一時間目だ。前の番号の者と話すことは難しい。さすがにカロスくんが注意するだろう。一応聞くが、授業中に私語はあったかね?」

「いいえ。一時間目はみんな席から動いていませんし、面談から帰ってきた生徒も、すぐに席につきました。私語はありません」

「であるならば、だ。ジュエイくんは聞いていたのだ。自分の前の者たちと私が話すのを」

「…盗聴、ですか。確かに、彼女の髪型ならコードレスイヤホンを隠すことは出来そうです」

 言われてみれば確かに、ジュエイはなにかもぞもぞしていた。気付いていたのに、俺はそれを重要視しなかった。俺の落ち度だ。

「学校に通う意味など聞かれれば、誰しも多少は戸惑うものだ。それをまったく言いよどむことなくすらすらと答えてみせた。内容は模範回答。準備無しにあそこまで答えるのは無理だろう」

「盗聴は分かりました。それで、何故ト‐○○一が出てくるんですか?」

「それは簡単だ。本人が言ったからな」

「え?」

「ト‐○○一の存在は、一般には知られていない。知っているのは、マタルと人間界の上層部、それも極々一部だ。両世界の政府機関が管理している情報を、ジュエイくんがただの学生であるならば知っているはずがない。可能性があるとしたら」

「…詐欺グループの被害者、もしくは関係者…」

「その通り。私はこう聞いたのだ。「例の噂はどこで聞いた?」と」

 なるほど。うまい。

「俺の噂とかけたんですね」

「うむ。ほかの者は全員がカロスくんの噂について話したが、彼女だけが違っていた。彼女は、「誰から聞いたかは忘れたが、学校に来なくても案内人になれるなんて、信じていない」と言ったのだ。言い方からして被害者ではない。つまり彼女は関係者だ」

「…うかつ過ぎませんか?」

「そんなことはない。種は撒いておいた」

「どういう意味ですか」

「誰かが盗聴することは予期出来たからな。先日、きみらと話しておいただろう。「例の詐欺グループのことも確認する」と」

「…あ」

「どこから読んでたんですか?」

「まあ、大体最初からだな。ユウキくんからカロスくんの噂を聞いた時辺りか」

 言葉が出ない。

「室長って、すごいんですねぇ…」

 隣でヨジュンが感心している。


「そうだ。私はすごい。もっと敬意を払いたまえ」

 それを自分で言わなければ、もっと敬意を払えるものを。

 息をついて、俺は続きを促した。

「ジュエイのことは分かりました。それで、ナミカもおかしいというのは?」

「うむ。それなのだが、彼女はどうやら退学を考えているようだ。先日の実習がかなりショックだったようでな」

「…魂を返せなかった、と言っていたあれですか」

「うむ。毎年多かれ少なかれ生徒がぶつかる問題ではあるが」

「そういったことが起こりうるのは研修所でも習うはずですけどね。目の当たりにすると違うということでしょうか」

「まあ、そうだろうな。そして彼女は、ト‐○○一に狙われている」

「ジュエイからなにか聞いているということですね」

「話が早くて助かる。ナミカくんは現在、揺れに揺れている。そこをジュエイくんに付け込まれている可能性がある」

「ジュエイを確保しますか?」

「いや、まだ早い。盗聴器に自分の痕跡は残していないだろうし、ト‐○○一の関係者であるというのは我々の主観だ。証拠が無い」

「では、どうすれば」

「整理しよう。今、なにが起こっているのか。まず、ユーリィ家のご当主が臥せっている。それに乗じて何者かがカロスくんを狙っている。目的はおそらくユーリィ家の持つ権力。一方で、ト‐○○一がジュエイくんを使って生徒を狙っている。その目的は不明。また、カロスくんがユーリィ家の者だと噂を流した理由もまだ判らない。まさかカロスくんの居心地を悪くさせたかっただけ、なんてことは無いだろうしな」

 俺とヨジュンが同時にうなずいた。


「で、ここからどうするかだが…。ふぅむ。どうするかな」

「このまま後手に回るのは、嫌ですよねぇ」

「まったくだ。ハスマだかカモイだか知らないが、仕掛けるならもっと堂々と仕掛けてきてくれればいいものを」

「ハスマやカモイが、ト‐○○一と関係があるんでしょうか?」

「現段階では無いとは言えない、という程度だな。生徒を護るためにも、こちらから仕掛けるべきかもしれない」

「え、仕掛けるような手掛かりがあるんですか?」

「魂を買った人間なら判明している。そこから辿れば末端には行きつくかもしれない」

「でもそれは危険だからって室長が言ったんじゃないですか。現に、それでカロスさんも拉致されたんですし…」

「そう。だから、今度は私が直々に…いや……」

 室長は、ふと言葉を止めて考えるそぶりを見せた。

「室長?」

「そもそもあの時、カロスくんは何故無事だったのだろうな」

「え?」

「どういう意味ですか」

「あの時、カロスくんは無傷だった」

「たんこぶは出来ましたけどね」

「あれはきみの自業自得だろう」

「原因は室長です」

「それはともかく。相手にされたことだけを言えばきみは縛られただけだ。一発たりとも殴られたり蹴られたりしなかった。拉致された後、無理やり起こされて拷問されることも無かった。きみを人質にして、私になにか要求することも出来たはずなのにそれも無かった」

「…確かに」

「拉致された瞬間にすら、薬をかがされただけだった。かすり傷一つ無かったのは何故だ?」

「何故って…」

「きみに危害を加えるつもりは、最初から無かったのかもしれない」

「じゃあ、俺は何故拉致されたんですか」

「警告だったのか、もっとほかに狙いがあったのか、今回のこととは全く関係のないなにかがあるのか…。今は判断出来ないが、きみはなにか思い当たることはないのかね? 拉致された時のことを思いだしたまえ」

「提出した報告書の通りですよ」

「分かっている。だが、話していたらなにか思い出すかもしれないだろう」

 じっと見つめられて、俺は考える。


 あの時。

「魂を買ったけれど、会いたいヒトには会えなかったという被害者を訪ねて行って、話を聞きました」

「うむ。それで?」

「被害者三人に話を聞いているうちに夕方になって、寮に帰ろうとした時に後ろから声を掛けられたんです」

「なんて?」

「すみません、とかあの、とかそんな感じだったと思います。たぶん、男です。それで、振り向いたらスプレーを顔に掛けられて気絶しました」

「きみのレベルだと気絶したくらいでは蝶々に変化はしない。相手は人間の姿をしているきみを連れ去ったわけだ」

「そうですね。もし殴り飛ばされていたら、人型を維持は出来なかったかもしれません」

「普通に考えれば、蝶々の格好をしていたほうが運びやすいですよねぇ」

 横からヨジュンも言う。確かにその通りだ。

「そうまでして、カロスさんを無傷にしておきたかったんですね」

「それからは室長も知っている通りです。縛られて廃寺に放置されて、そのうち室長が来てくださいました。…そういえば、室長は何故あの場所が判ったんですか?」

「あの場所だけに行ったわけではない。きみからの定期連絡が途絶えて、なにかあったのかもしれないと考え、あの辺りでヒトを隠せそうな場所を当たっただけだ。知っての通り、私にはきみやヨジュンのいる方向が大体判るからな」

「そうでしたか。でも俺が覚えていることなんてそれくらいですよ。犯人の姿は見ていませんし」

「きみは、私が来るまで寝こけていたな」

「その言い方には語弊がありますが、室長が来るまで気絶していたことは事実です」

「では、私が優秀すぎたのかもしれん」

「いきなりなに言ってるんですか」

「きみの気配を見つけた時、ほかにも複数の気配を感じたのだ。私が近づいたら霧散してしまったが」

「それって、どういう…」

「気絶しているきみを、見張っていた者がいたはずだ。きみが目覚めたら話をするつもりだったのに、その前に私が来てしまったので逃げたのだろう」

「可能性的に否定はしませんが、廃寺でさっさと俺を叩き起こせば済む話だったのではないですか?」

「カロスさん、それだとカロスさんを殴ってしまうことになりますよ。せっかく無傷で運んだのに」

「そうまでして俺を無傷にしておきたいなら、そもそも拉致なんてせずに話しにくればいいのに」

「邪魔だったのだろうな、私やヨジュンが。だからきみが一人になる時を狙った」

「だとしたら、話ってなんなんですかね」

「さてな。きみの身柄が目的なら、廃寺に放置などせずマタルへ連れて帰れば良さそうなものだが。ユーリィ家か四大名家に幽閉されたら、さすがの私でも連れ戻すのには時間がかかる。その間に話くらいは出来そうだ」

 室長は、俺を連れ戻す前提で話をしている。無意識だろうが、なんとなく居心地が悪かった。


「……情報が、少なすぎますね」

「まったくだ。…どうしたものか」

 室長の口調はいつもと変わらないが、そこは長い付き合いだ。本気で困っていることくらいは分かる。

「僕、明日からハスマとカモイにそれぞれ探りを入れてきますよ。どっちかが詐欺グループに関係している証拠を掴んで来ます」

「うむ。危険だと判断したら、躊躇せずすぐに逃げたまえ。万一捕まったら私の名前を出して構わん。マーテル家のトレフの遣いだと言えば、ハスマやカモイといえどもそうそう手出しは出来ん」

 ここで、久しぶりに室長から親戚の名前が出た。マーテル家。四大名家の一つで、マタルの東に位置する一帯を治める豪家だ。マタル国の司法を担当し、その管轄には学校の運営も入っている。

ただ、室長とマーテル家は…。


「でも室長。室長って確か、マーテル家の遠縁って話でしたよね」

 ヨジュンの言葉に、室長は大きくうなずく。

「その通りだ。母の伯母の従姉の婿の姪の息子の嫁の実家がマーテルというだけだ」

 それはもう無関係に近い。ヨジュンも同じことを思ったようだが、室長はしれっとしている。

「マーテル家の当主から、必要があれば名前を使っていいと許可は得ている。問題無い」

「まあ、室長が問題無いというのであれば僕はいいですけど」

 話している間に、全員の食器が空になった。ウェイトレスがお下げしますと声を掛けてから持っていく。


 室長がデザートを食べないかと言ったが、気分が乗らないので断った。ヨジュンがモンブランケーキ、俺と室長は珈琲を頼み、ミーカを後にした。

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