四大名家
「で、怪しかったのは誰なんですか」
本日の授業がすべて終わり、俺は職員室で室長に詰め寄った。ヨジュンも帰ってきていて、お茶を淹れてくれたところだ。
「落ち着きたまえ。ヨジュンの報告が先だ」
「そうそう。カロスさん。僕の話から聞いてくださいよ」
「うん、聞く。どうだった?」
室長の机に身を乗り出していた俺は、ヨジュンの方へ向き直った。
ヨジュンはこほんと咳をして、室長と俺を交互に見ながら報告を始めた。
「ええと、まずですね。ユーリィ家のご当主が、死の床についているという噂があります」
「…え?」
「あくまで噂です。ユーリィ家に忍び込めないかとうろうろしたんですけど、結局家の中には入れなかったので。でもその噂、どうやらユーリィ家のお手伝いさんから漏れたようです」
「内部からか。その噂を知っているのは?」
「上流階級の方々でしょうね。一般市民は知らないみたいです。時間の問題でしょうけど」
「ふむ。続けてくれたまえ」
「はい。それで、ユーリィ家にとって代わろうとしている家が二家あって、どうやらその二家が水面下で権力の奪い合いをしているみたいです」
マタルには、巨大な財産と権力を持った家がユーリィ家以外に四家あり、それらは四大名家と呼ばれている。
国主のユーリィ家があり、病院のハスマ家、司法のマーテル家、旅館のカモイ家、教育のリンク家となる。マタルにあるどの施設も、彼らの息がかかっていないところはない。
「それで、どこの二家だね?」
「ハスマ家とカモイ家ですね。マーテル家とリンク家は我関せずって感じのようです。ハスマとカモイは、具体的にはユーリィ家に入り込んで、ご当主からいろんな権利を譲り受けようとしているのだとか」
「ちょっと待て」
そこで、声を上げたのは俺だった。
「ユーリィ家には息子がいる。他所から入ってきて実権をもらおうなんて、無理な話じゃないのか」
「ええ、ですから、政略結婚をしようとしているみたいですよ」
ヨジュンはさらっと言ったが、俺は眉を寄せる。
「政略結婚って。ハスマにもカモイにも、ユーリィ家の息子と結婚出来るような女性はいないだろう」
俺の記憶が確かならば、ハスマとカモイにいるのは妙齢の男性のみだ。あの二家にいる女性は、ご当主の奥方とお手伝いさんくらいのはず。
俺の指摘に、ヨジュンは腕を組んだ。
「そこなんですよね~。わけが分からないけど、でも僕、確かに聞いたんです。結婚の準備を進めているとかなんとか」
「ふぅむ…。政略結婚か…」
室長が腕を組んで唸った。腕を組んだまま、俺を見る。
数秒見つめられて、気が付いた。
「……まさか…」
俺の驚愕の声は、おそらくとても小さかったと思う。それでも室長は、うなずいた。
「そのまさかだろうな、たぶん」
「え、どういうことですか?」
きょとんとするヨジュンに、俺は言葉を返せない。ヨジュンに答えるよりも前に、室長は俺に確認した。
「ことここに至っては、隠す方に無理があるだろう。カロスくん、いいかね?」
「…はい。構いません」
「うむ」
「よく分かりませんが…。なんなんです? 二人とも」
疑問符でいっぱいになっているヨジュンに、室長は面白くなさそうに返答をした。
「ハスマだかカモイだか判らないが、狙いはカロスくんということだ」
「はい?」
「カロスくんを嫁にもらって、ユーリィ家の実権を握るつもりなのだろう」
「いやいや、室長。なにを言ってるんですか。カロスさんは」
「女性なのだよ、カロスくんは」
「……。はい!?」
がばっと音がしそうな勢いで、ヨジュンは俺を見た。
「じょ、せ…?」
「…一応ね」
かぱっと口を開けて、ヨジュンは俺を見た。まじまじと見た。普段は美しい顔が、中々面白いことになっている。
「室長がユウキに言っていたでしょ。俺のことを、子息ではないが無関係でもないって。そういう意味だよ」
「そ、そうだったんですか…。確かにカロスさん、きれいなお顔立ちですけど…」
俺は苦笑した。
「ヨジュンには言われたくないな」
「だって僕は別格ですもん」
「ヨジュンのそういうとこ、嫌いじゃない」
「カロスくんはユーリィ家のご息女だ。しかも血筋で言えば第一時期国主候補になる」
室長の言葉に、ヨジュンは再びきょとんとした。それから、またすごい勢いで俺を見た。
「え、じゃあユーリィ家の跡取り…? こ、国主になるんですか?」
「順当にいけばそうだな」
地球と違い、マタルには男性が跡目を継ぐという習慣が無い。あのまま俺が実家にいれば、ユーリィ家の次期当主は俺だった。
「でも、俺にはもう関係無いよ。とっくに家を出ているし、俺がいなくても兄がいる。彼は本筋の子じゃないけれど、現当主の血は引いているしね」
「本筋じゃないってよく解らないけど…。カロスさん、どうして家を出たんですか?」
「まあ、色々あって」
「じゃあどうして男のふりなんかしてるんですか?」
「まあ、色々あって」
「そもそもどうして学校で働いているんですか?」
「まあ、色々あって」
明らかに答える気のない俺に、ヨジュンは頬を膨らませた。
「ちょっとくらい教えてくれてもいいのに…」
「話すと長くなるんだよ。どこから話せばいいかも分からないし…」
「僕は長くなったって平気ですよ」
困ったな。
ヨジュンをのけ者にする気はないのだが、すべてを話すには気が引ける。
と、そこで室長が立ち上がった。
「諸君、ミーカへ行こう」
「は?」
「食事を摂りながら今後のことを話し合おう。個人面談の結果も報告せねばならないし、長くなるならここよりミーカの方が良い」
「そうですね! 僕、お腹空きました」
俺にも異論は無い。無いのだが、室長にしては少々強引な気はする。
机の上に置いてあるメモ帳を破って、俺はさっと走り書きした。
――盗聴器?
室長は、それを見て黙ってうなずいた。




