7話ー⑦ 北方大戦
北方戦線。
聖族軍の大攻勢が始まってから、わずかな時間しか経っていなかった。
戦場には無数の怒号が飛び交い、剣戟の音と魔法の轟音が絶え間なく響いている。
魔族軍は必死に防衛線を維持していた。
しかし――。
聖族軍の勢いは衰えない。
その先頭を走る一団があった。
翻る旗には、鋭い意匠が刻まれている。
イーリギス王国軍。
上位七カ国の一つ。
そして今回の戦争において、最も積極的に兵を送り込んだ国の一つである。
『前へ!!』
イーリギス軍の将校が叫ぶ。
『敵の防衛線を食い破れ!!』
『我らが先陣を切る!!』
『イーリギスの力を魔族に見せつけろ!!』
『おおおおおおおお!!』
兵士たちが雄叫びを上げる。
整然と進んでいた軍勢が、一気に速度を上げた。
魔族軍の防壁へ向かって突き進む。
『敵右翼が前へ出てきます!!』
魔族兵が叫ぶ。
『迎え撃て!!』
魔族軍も槍を構える。
次の瞬間――。
ドォォォン!!
両軍が激突した。
衝撃で地面が震える。
剣がぶつかる。
槍が交差する。
盾が砕ける。
一人の魔族兵が敵兵を斬り倒す。
しかし、その直後には別のイーリギス兵が迫ってくる。
『うおおおお!!』
『押し返せ!!』
『前へ!!』
イーリギス軍は怯まない。
一人倒れても、二人目が前へ出る。
二人倒れれば、三人目が続く。
まるで最初から死を恐れていないかのようだった。
魔族兵の一人が息を呑む。
『こいつら……強いぞ!!』
『ただ数が多いだけじゃない!!』
その声が周囲へ伝わる。
イーリギス軍の戦闘能力は、明らかに他の部隊とは違っていた。
統率が取れている。
兵士一人一人の練度も高い。
そして何より――。
戦う意志が強い。
魔族軍の防衛線へ食らいつき、少しずつ前へ進んでくる。
その様子を、少し離れた場所から見つめる男がいた。
イーリギス王国将軍。
バガーミンム。
巨大な身体。
象の獣人であるその男は、腕を組んだまま戦場を見つめていた。
その巨体から放たれる威圧感は、周囲の兵士たちさえ圧倒するほどだった。
『……よし』
低い声が響く。
『我らが先陣を切る』
隣に立つ副官が尋ねる。
『バガーミンム将軍、このまま中央突破を?』
『いや』
バガーミンムは首を横へ振った。
『まずは敵の防衛線を削る』
『焦る必要はない』
『魔族は強い』
その言葉に、副官が少し驚く。
『……魔族を評価されているのですか?』
『当然だ』
バガーミンムは戦場を見つめる。
そこには、倒れながらも防衛線を維持する魔族兵たちの姿があった。
『世界中を敵に回して、なお戦っている連中だ』
『弱いはずがない』
そして――。
バガーミンムの視線が、戦場の一角へ向く。
そこには、一人の魔族が立っていた。
コアード。
無言のまま、次々と迫る敵兵を斬り伏せている。
『……あの男か』
バガーミンムが呟く。
『何か?』
『いや』
バガーミンムは静かに笑った。
『いずれ、あの男とは戦うことになる』
その頃。
魔族軍の防衛線では、コアードがイーリギス軍を相手に戦っていた。
一人。
二人。
三人。
剣を振るうたび、敵兵が倒れていく。
だが――。
コアードの前に、新たな兵士が立つ。
さらにその後ろにも。
敵は途切れない。
コアードは剣を構え直した。
『……来い』
その一言だけ。
そして、再び踏み込む。
一閃。
敵兵が倒れる。
二閃。
さらに倒れる。
しかし、イーリギス軍は止まらない。
その戦いを見ていたヴェゼルが、静かに呟く。
『コアード』
『……なんだ』
『あの軍団、少々厄介ですね』
『……ああ』
コアードも敵軍を見つめる。
『強い』
ヴェゼルは扇子を閉じた。
『どうやら聖族側も、本気のようです』
その言葉を証明するように、イーリギス軍の後方からさらに兵士たちが進み出る。
別の国の軍旗も続いている。
イーリギスだけではない。
聖族国家連合の軍勢が、次々と戦場へ投入されていく。
しかし、その中でもイーリギス軍は最も前へ出ていた。
まるで――。
この戦争の勝敗を、自分たちの手で決めるのだと言わんばかりに。
『押せぇぇぇ!!』
『魔族を退かせろ!!』
イーリギス軍の雄叫びが響く。
魔族軍の防衛線が、再び大きく揺らいだ。
そしてその後方。
一人の男が、静かに戦場を見つめていた。
ロンダン。
イーリギス王国軍のもう一人の将。
バガーミンムとは対照的に、その表情には一切の感情が浮かんでいない。
『……まだだ』
ロンダンが呟く。
『まだ敵の本命は動いていない』
その視線の先には、コアードとヴェゼル。
そして――。
魔族軍の奥深く。
『あの八冥王を崩すには、まだ足りない』
ロンダンは淡々と言った。
『だが、いずれ必ず崩れる』
『我らがその首を取る』
イーリギス王国軍は、さらに前進する。
聖族軍の先頭に立ち、魔族軍へ猛然と襲いかかる。
北方戦線。
この日、最も激しく魔族と刃を交えたのは――。
イーリギス王国だった。
そしてこの戦いが後に、イーリギス王国そのものの運命を決定づけることになるとは――。
この時、まだ誰も知る由はなかった。
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