7話ー⑥ 聖族再侵攻
北方戦線。
魔国アーストンと聖族国家連合、その国境地帯。
長く続いていた睨み合いは、ついに終わりを告げようとしていた。
早朝。
まだ空が白み始めたばかりの頃だった。
魔族軍の前線陣地。
兵士たちはいつもと変わらぬ警戒を続けていた。
しかし――。
『……なんだ?』
一人の魔族兵が、遠くを見つめる。
北の彼方。
地平線を覆うように、黒い影が広がっていた。
一つ。
二つ。
それは徐々に数を増していく。
やがて、その影が軍勢であることがはっきりと見え始めた。
無数の旗。
無数の兵。
そして、大地を震わせるほどの足音。
ドドドドドドド――。
地面が揺れる。
鳥たちが一斉に空へ飛び立った。
『……敵軍だ』
誰かが呟いた。
『敵軍が……来るぞ!!』
次の瞬間。
前線へ伝令兵が駆け込んできた。
『緊急報告!!』
『聖族国家連合軍が動きました!!』
『敵軍、こちらへ向けて大規模進軍中!!』
魔族兵たちの間に緊張が走る。
さらに伝令が続ける。
『敵軍の規模、これまで確認されていたものを大幅に上回っています!!』
『後方からも続々と増援が合流している模様!!』
『上位七カ国から派遣された軍勢も確認されています!!』
その報告を聞いた兵士たちは息を呑んだ。
上位七カ国。
世界でも屈指の軍事力を持つ国家群。
その軍勢が、聖族国家連合軍と共にこちらへ向かっている。
これまでとは明らかに違う。
小競り合いでもない。
国境での牽制でもない。
これは――。
大戦だった。
その頃。
魔族軍北方戦線の司令部。
ヴェゼルとコアードは、前線から届いた報告を受けていた。
ヴェゼルは机の上に広げられた地図へ目を落とす。
『……ついに来ましたか』
その声に焦りはない。
コアードも黙ったまま、遠くから響いてくる地響きを聞いていた。
『敵の数は?』
ヴェゼルが尋ねる。
『現在も増え続けております。正確な数はまだ把握できておりません』
『そうですか』
ヴェゼルは扇子を開く。
『これほどの戦力を一度に投入してくるとは』
そして北方へ視線を向けた。
『聖族も、本腰を入れてきたようですね』
コアードが静かに口を開く。
『……多いな』
『ええ』
ヴェゼルは苦笑する。
『まったくです』
その時だった。
外から、激しい鐘の音が鳴り響いた。
カン、カン、カン、カン――!!
『敵軍接近!!』
『全部隊、戦闘配置へ!!』
『第一防衛線、戦闘準備!!』
司令部の外が一気に慌ただしくなる。
兵士たちが走る。
武器を手に取る。
防壁へ駆け上がる。
弓兵が配置につき、魔導兵が詠唱を始める。
誰もが迫り来る敵軍を見つめていた。
やがて――。
霧の向こうから、聖族軍の先陣が姿を現した。
整然と並ぶ歩兵。
その後ろには騎兵。
さらに後方には魔導部隊。
そして、それらを支える大量の補給部隊。
軍勢の規模は、まるで一つの国がそのまま動いているかのようだった。
さらに複数の軍旗が翻っている。
それぞれ異なる国の紋章。
上位七カ国から派遣された軍団が、ここへ集結している証だった。
魔族兵の間にざわめきが広がる。
『……あれが上位七カ国の軍勢か』
『こんな数、見たことがないぞ……』
『怯むな!!』
一人の隊長が怒鳴る。
『我らは魔皇軍だ!!』
『敵が何万いようが、ここを抜かせるな!!』
その声に呼応するように、兵士たちが武器を構えた。
ヴェゼルはその光景を静かに見つめる。
そして、コアードへ尋ねた。
『コアード』
『……なんだ』
『今日は、かなり斬ることになりそうですね』
コアードは前方を見つめたまま答えた。
『……そうだな』
短い言葉。
だが、その手にはすでに剣が握られていた。
やがて――。
聖族軍の前進が止まる。
先陣の兵士たちが一斉に武器を構えた。
魔族軍も迎え撃つ。
両軍の間には、ほんの数百メートルほどの距離しかない。
静寂。
風が吹き抜ける。
誰も動かない。
そして――。
聖族軍の後方から、一つの角笛が鳴り響いた。
――ブォォォォォォォン!!
その音を合図に。
聖族軍が一斉に動き出した。
『来るぞ!!』
『構えろ!!』
『撃てぇぇぇ!!』
無数の矢が空へ放たれる。
魔法が飛び交う。
大地を揺らしながら、聖族軍が押し寄せてくる。
ドドドドドドドド――!!
魔族軍も魔法攻撃を放つ。
爆発が起こる。
土煙が舞う。
しかし――。
聖族軍は止まらない。
一人。
また一人。
倒れながらも、その後ろから別の兵士が前へ出てくる。
圧倒的な物量。
それだけではない。
各国から集められた精鋭たちは、統率も取れていた。
魔族軍の防衛線へ、正面から突撃してくる。
『迎え撃て!!』
魔族兵たちが雄叫びを上げる。
剣と剣がぶつかる。
槍が交差する。
魔法が炸裂する。
北方の大地が、一瞬にして戦場へ変わった。
ヴェゼルも前線へ出る。
扇子を振るうと、迫り来る敵兵の動きが乱れる。
『左翼、三十歩後退!!』
『右翼はそのまま!!』
『敵の中央を引きつけてください!!』
冷静な指示が飛ぶ。
その隣では――。
コアードが敵陣へ踏み込んでいた。
一閃。
敵兵が倒れる。
さらに一閃。
二人目。
三人目。
コアードの剣が振るわれるたび、目の前の敵が崩れていく。
だが――。
敵は減らない。
前から来る。
横から来る。
後ろからも新たな兵士が押し寄せる。
コアードが一人を倒せば、その向こうから二人が現れる。
『……多い』
コアードが呟く。
ヴェゼルもそれを見ていた。
『ええ』
その表情から、初めて僅かな緊張が消えた。
『これは……想定以上ですね』
魔族軍の第一防衛線が、徐々に押され始めていた。
一歩。
また一歩。
聖族軍が前へ進む。
魔族軍も必死に踏みとどまる。
しかし、敵の勢いは止まらない。
そしてその後方には――。
さらに巨大な軍勢が控えている。
今日の戦いは、まだ始まったばかりだった。
聖族国家連合。
そして上位七カ国。
世界でも類を見ない連合軍が、魔族へ牙を剥いた。
北方戦線。
その初日――。
戦場の主導権を握ったのは、聖族側だった
最後までお読みいただき、ありがとうございました。もし「続きが気になる」「おもしろい」と思ってくださったら、ページ下部の【ブックマークに追加】や、評価の値【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると、毎日の執筆と更新の大きな励みになります!次回は、明日【21:00】に更新します。




