7話ー⑤ 策略
お話のストックが無くなりましたので少しあいだを空けます
申し訳ありません。
魔国アーストン。
首都ジェードズム、その最奥に築かれた居城バルルモラ。
玉座の間とは別に設けられた軍議室には、一枚の巨大な地図が広げられていた。
魔国を中心とした世界地図。
西方には獣族領。
東方には妖族領。
そして北方には――聖族国家連合。
そのさらに向こう側には、上位七カ国の名が記されている。
部屋には五人の姿があった。
魔皇ヴァンキッシュ。
参謀ヴォランテ。
側近ヴァンテージ。
ヴィラージュ。
そしてラピート。
誰も軽口を叩くことはなかった。
これまでとは違う。
戦争の規模が、明らかに一段階上がったのだ。
ヴォランテが地図へ視線を落としながら口を開く。
『……報告いたします』
『上位七カ国、すべてが聖族国家連合への協力を決定いたしました』
ヴァンテージが眉を寄せる。
『七カ国すべて……ですか』
『はい』
『最低一個軍団の派兵』
『そして派兵規模を抑える国家には、それに応じた後方支援が義務付けられたようです』
ヴィラージュが地図へ目を向ける。
『つまり、これまで戦争を傍観していた国も、完全な傍観者ではいられなくなったわけですね』
『その通りです』
ヴォランテは駒を一つ動かした。
『まず積極派の三カ国が、それぞれ一個軍団を編成』
『イーリギス王国へ向けて派兵を開始しております』
ラピートが腕を組む。
『三個軍団……』
『結構な数じゃないの』
『それだけじゃありませんよ』
ヴォランテはさらに別の駒を置いた。
『最低限の派兵に留める国家も、五個軍団を三年間維持できるだけの兵糧、武器、戦費を負担することになっています』
ラピートが目を丸くする。
『あらまあ』
『戦う人も増えるし、後ろから支えるお金も増える』
『随分と大掛かりになってきたわねぇ』
『ええ』
ヴォランテは静かに頷いた。
『聖族は、本気でございます』
その言葉を聞いても――。
玉座に座るヴァンキッシュは、表情を変えなかった。
ただ、地図を見つめている。
やがて静かに口を開いた。
『当然だ』
四人がヴァンキッシュを見る。
『ここまで戦線が広がり、なお我らが倒れぬのだ』
『敵も、ようやく理解したのであろう』
『魔族は、容易く屈する存在ではないとな』
ヴァンキッシュは北方へ視線を移す。
『西方はどうなっている』
『獣族との戦闘後、双方ともに国境付近まで後退』
ヴォランテが答える。
『現在は戦力の再編と補充に入っております』
『東方は?』
『妖族との停戦を維持しております』
『現在、戦闘の兆候はありません』
『そして北方――』
ヴォランテは一度言葉を切った。
『聖族国家連合は、そこへ戦力を集中させつつあります』
『上位七カ国の派兵も、最終的には北方戦線へ投入される可能性が高いでしょう』
ヴァンキッシュはしばらく黙っていた。
西。
東。
北。
三つの戦線。
そのうち二つは、今のところ大きな動きがない。
ならば――。
『次は北か』
『はい』
ヴォランテが頷く。
『北方は、これまでとは比較にならない戦力になるでしょう』
『聖族だけではない』
『上位七カ国の軍勢も加わる』
『総力戦になる可能性が高いかと』
ヴァンキッシュは静かに目を細めた。
『……総力戦』
その言葉を噛み締めるように呟く。
しかし――。
そこに恐れはなかった。
むしろ、どこか楽しんでいるようにも見えた。
『ならば、こちらも相応の準備をすればよい』
ヴァンテージが一歩前へ出る。
『北方への増援についてですが』
『はい』
『現在の戦力だけでも、当面は持ちこたえられるでしょう』
『ですが、敵の増援が続けば話は変わります』
ヴィラージュも続ける。
『特に、上位七カ国の軍勢が本格的に投入された場合』
『現在の北方戦線だけでは、長期戦になった際に厳しくなる可能性があります』
ラピートが珍しく真剣な顔で地図を見つめる。
『つまり、今すぐ負けるわけじゃないけど――』
『長引けば面倒ってことね』
『簡潔に言えば、その通りです』
ヴォランテが苦笑する。
そのやり取りを聞きながら、ヴァンキッシュは地図の北方へ指を置いた。
『アレディフェを送る』
三人の側近が顔を上げる。
『北方戦線へ?』
ヴァンキッシュは頷いた。
『ああ』
『現在の戦力にアレディフェを加えれば、敵の増援に対しても十分に対応できよう』
ヴォランテが頭を下げる。
『承知いたしました』
『直ちに準備を進めます』
だが――。
ヴァンキッシュは、そのまま北方を見つめ続けていた。
『……ただし』
ヴォランテが顔を上げる。
『はい』
『アレディフェを送ったところで、戦争そのものが終わるわけではない』
『敵はさらに兵を送ってくる』
『我らも、それに応じる必要がある』
ヴァンテージが尋ねる。
『では、さらに八冥王を?』
『いや』
ヴァンキッシュは即座に否定した。
『まだ、その必要はない』
その言葉に、全員が黙る。
ヴァンキッシュは椅子から立ち上がった。
『戦力を一度に投入するのは愚策だ』
『敵が増援を送るたびに、こちらも同じように戦力を投入していては、戦争の主導権を敵へ渡すことになる』
『敵が兵を増やすなら――』
『我らは、その兵を迎え撃つ』
『そして敵が疲弊したところで、次の一手を打つ』
ヴォランテが静かに頷いた。
『魔皇様は、長期戦も視野に入れておられるのですね』
『当然だ』
ヴァンキッシュは答える。
『戦争とは、一戦の勝敗で決まるものではない』
『最後に立っている者が勝者だ』
その言葉に、誰も異論を挟まなかった。
しかし――。
ヴォランテがふと口を開く。
『一つ、申し上げてもよろしいでしょうか』
『申せ』
『敵がさらに増援を送り、北方戦線が長期化した場合』
『あるいはこちらが大きく押し込まれた場合――』
『その時に、魔皇様ご自身が戦場へ赴かれる可能性を示すのはいかがでしょう』
部屋に静寂が落ちる。
ヴァンテージが目を見開く。
『魔皇様ご自身が……』
ヴィラージュも黙ってヴァンキッシュを見る。
ラピートだけが小さく息を呑んだ。
ヴァンキッシュはしばらく答えなかった。
やがて――。
『……構わぬ』
『ですが、実際に出陣する必要はありません』
ヴォランテが続ける。
『噂として敵へ流すのです』
『魔皇ヴァンキッシュが北方戦線へ出陣する可能性がある、と』
『敵は必ず警戒するでしょう』
『そして――』
ヴォランテは地図を指差した。
『それだけで、敵はさらに戦力を北方へ集中させる可能性があります』
『ならば、敵はより多くの兵を北へ送る』
ヴァンキッシュが言う。
『はい』
『そして、他の戦線が薄くなる』
『その通りです』
ヴァンキッシュは僅かに口元を上げた。
『面白い』
ラピートが思わず笑う。
『さすが参謀様ねぇ』
『戦わずして敵を動かすんだから』
『ありがとうございます』
ヴォランテは軽く頭を下げる。
『ただし――』
ヴァンキッシュの声が低くなる。
『それをブラフだけで終わらせるつもりはない』
全員の表情が変わる。
『戦況が長引き』
『我らが大きく劣勢となった時』
ヴァンキッシュは北方の地図へ手を置いた。
『その時は――』
『私が出る』
空気が凍りつく。
誰も言葉を発しない。
魔皇自らが戦場へ赴く。
それが意味するものを、全員が理解していた。
しかしヴァンキッシュは、すぐに言葉を続ける。
『だが――』
『今ではない』
『まだ、私が動く時ではない』
その瞳には、揺るぎない自信が宿っていた。
『アレディフェを北方へ送れ』
『まずは、それで十分だ』
ヴォランテが深く頭を下げる。
『御意』
ヴァンテージ。
ヴィラージュ。
ラピート。
三人も続いて頭を垂れた。
そして――。
この日、魔国アーストンから一つの命令が下された。
アレディフェ、北方戦線へ。
そしてもう一つ。
魔皇ヴァンキッシュ出陣の可能性を――。
意図的に、敵へ流せ。
聖族国家連合が知らぬところで。
戦争は、剣と兵だけではなく。
情報と策略によっても動き始めていた。
北方戦線。
そこへ集まり始める、数え切れぬほどの軍勢。
そして、その戦場にはまだ――。
魔皇ヴァンキッシュ本人の姿はなかった
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