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6話ー➉ 乾坤一擲

西方戦線。

戦場は、すでに混迷を極めていた。

幾度となく繰り返された獣族軍の猛攻。

魔族軍は必死に橋頭堡を守り続けていたが、兵士たちの疲労は限界に達していた。

防柵は崩れ。

大地には無数の傷跡が刻まれている。

倒れた兵士たち。

折れた武器。

泥と血にまみれた魔族兵たち。

それでも彼らは、戦っていた。

『押し返せ!!』

『絶対に陣地を渡すな!!』

『まだだ!! まだ戦える!!』

だが――。

獣族軍の勢いは凄まじかった。

精鋭部隊を先頭に、次々と兵を投入する。

魔族軍は一人を倒しても、すぐに次の敵が現れる。

『くっ……!!』

『数が多すぎる!!』

『右翼が押されています!!』

ヴィルフェイエは、崩れかけた戦線を見つめていた。

その表情には、いつもの余裕がない。

だが――。

その瞳だけは、静かに戦場を見ていた。

『……まだです』

誰にも聞こえないほど小さな声。

『まだ、その時ではありません』

彼女は、ずっと待っていた。

戦場の混乱。

獣族軍の疲弊。

そして――。

自らが蒔いた種が芽吹く、その瞬間を。

その時だった。

獣族軍の後方。

突撃を終えた部隊が、次の攻撃へ移ろうとしていた。

『前へ出ろ!!』

『次の部隊も続け!!』

その瞬間――。

背後から、一人の獣人が味方兵の背中へ刃を突き立てた。

『ぐあっ!?』

『な、何をする!!』

倒れた仲間。

そのすぐ隣でも――。

『死ね!!』

別の獣人が味方へ襲いかかる。

『やめろ!! 味方だぞ!!』

『こいつらは敵だ!!』

『何を言っている!!』

次々と起こる異変。

敵軍から攻撃されたのではない。

――味方から攻撃された。

獣族軍の後方が、一瞬にして混乱へ包まれる。

『何が起きている!?』

『味方同士で争っているぞ!!』

『馬鹿な!!』

指揮官たちが必死に叫ぶ。

しかし、混乱は瞬く間に広がっていく。

以前から潜伏していた者たち。

ヴィルフェイエの精神操作を受け、獣族軍へ紛れ込んでいた者たち。

その者たちが――。

ここで一斉に動いた。

ヴィルフェイエは遠くから、その光景を見つめる。

そして――。

微笑んだ。

『……ようやく、咲きましたね』

隣にいたセンチュリーが振り返る。

『これが、あなたの仕込んだ策ですか』

『ええ』

『敵の中へ潜ませ、混乱の種を育てていた』

ヴィルフェイエは頷く。

『ただ敵を攻撃するだけではありません』

『彼らが最も混乱する瞬間を待っていたのです』

センチュリーは獣族軍の後方を見る。

『今か』

『はい』

ヴィルフェイエの目が鋭くなる。

『今を逃せば、次はありません』

その言葉を聞いた瞬間。

センチュリーが拳を握った。

『……トレイルエクス』

少し離れた場所にいたトレイルエクスが振り返る。

『聞こえている』

『ならば――』

センチュリーが前方を睨みつける。

『出るぞ』

トレイルエクスが静かに頷く。

『承知した』

二人は同時に前へ出た。

『全軍!!』

センチュリーの声が戦場へ響き渡る。

『今より反転攻勢に移る!!』

疲弊した魔族兵たちが顔を上げる。

『まだ戦える者は前へ!!』

『ここで決める!!』

その声に、兵士たちが立ち上がった。

傷を負った者。

疲労で膝を震わせる者。

それでも武器を握る。

『俺も行く!!』

『まだ終わっていない!!』

『魔皇様の領土を奪わせるな!!』

一人。

また一人。

残された力を振り絞り、魔族兵たちが前へ出る。

――乾坤一擲。

これが最後の攻撃になるかもしれない。

ここで失敗すれば。

魔族軍西方戦線の敗北は免れない。

だが――。

誰も迷わなかった。

『行けぇぇぇぇぇっ!!』

魔族軍が一斉に突撃する。

獣族軍は完全に虚を突かれていた。

前方から魔族軍。

後方では味方同士の混乱。

『敵が来るぞ!!』

『隊列を組み直せ!!』

『後ろを守れ!!』

『無理だ!! 後方が崩れている!!』

獣族軍の指揮系統が乱れる。

その隙を――。

センチュリーは逃さなかった。

『遅い』

目の前に迫った獣人を、一撃で吹き飛ばす。

『ぐおおっ!!』

さらに一人。

拳が唸る。

『邪魔だ』

また一人。

次々と獣族兵を薙ぎ倒していく。

トレイルエクスもまた、無言で敵陣へ踏み込んでいた。

一歩。

また一歩。

その進路に立ちはだかる獣族兵を、確実に倒していく。

『止めろ!!』

『あの男を止めるんだ!!』

だが――。

止まらない。

魔族軍の精鋭たちも、残された力をすべて振り絞って獣族軍へ食らいつく。

一人が倒せば、別の一人が前へ出る。

獣族兵が倒れる。

その隙間を魔族兵が埋める。

戦場が――。

少しずつ動き始めた。

そして。

センチュリーの視線の先に、一人の獣族将が見えた。

『……あれか』

獣族軍の指揮を執っていた将。

センチュリーは迷わず駆ける。

『させるか!!』

獣族兵が立ちはだかる。

拳。

一撃。

また一撃。

そのまま将の目前まで迫る。

『なっ……!?』

獣族将が武器を構える。

だが――。

遅い。

『終わりです』

センチュリーの拳が放たれる。

――ドンッ!!

獣族将の身体が吹き飛んだ。

同じ頃。

別の場所でも、トレイルエクスが獣族軍の将へ迫っていた。

『貴様……何者だ!!』

トレイルエクスは答えない。

ただ静かに距離を詰める。

そして――。

一撃。

獣族将が倒れる。

その瞬間だった。

『将が討たれた!!』

『指揮官が倒れたぞ!!』

『撤退だ!!』

獣族軍の中に、明確な動揺が走った。

前後から挟まれた獣族軍。

もはや戦線を維持することは不可能だった。

獣族軍司令官は、戦場を見渡す。

味方はまだ残っている。

しかし――。

このまま戦えば全滅する。

『……撤退する』

側近が目を見開く。

『しかし!!』

『これ以上は無駄死にだ』

司令官は苦渋の表情を浮かべる。

『残存部隊をまとめろ』

『撤退する』

『殿を残せ』

『一人でも多く生きて帰す』

命令が伝わる。

獣族軍が徐々に後退していく。

魔族軍は追撃する。

だが――。

センチュリーが手を上げた。

『追うな!!』

兵士たちが止まる。

『我らの目的は、敵を滅ぼすことではない』

『この橋頭堡を守り抜くことだ』

ヴィルフェイエも頷く。

『追撃は不要です』

『我々も限界に近い』

やがて獣族軍は戦場から姿を消していった。

静寂。

誰もすぐには声を上げなかった。

魔族軍は――。

勝った。

だが。

その勝利は、あまりにも重かった。

戦場に残された魔族兵の数は、開戦時とは比べものにならないほど減っている。

センチュリーは周囲を見渡す。

『……勝った、か』

トレイルエクスが答える。

『ああ』

ヴィルフェイエも静かに呟いた。

『紙一重……でしたね』

誰も否定しなかった。

まさに、僅かな差だった。

あと少し。

あと一歩。

ヴィルフェイエの策が遅れていれば。

センチュリーとトレイルエクスの反転攻勢が失敗していれば。

魔族軍は敗れていた。

だが――。

勝った。

それでも。

『……このままでは次の攻撃に耐えられません』

ヴィルフェイエの言葉に、センチュリーが頷く。

『同感です』

トレイルエクスも橋頭堡を見渡す。

『ならば、戻る』

『魔族領へ』

決断は早かった。

魔族軍は橋頭堡を放棄するわけではない。

しかし、これ以上獣族領へ留まることは危険だった。

残存兵力を魔族領へ後退させ、部隊を再編する。

そして――。

次なる戦いに備える。

それが今できる最善だった。

――数日後。

魔皇城バルルモラ。

ヴァンキッシュのもとへ、西方戦線からの報告が届けられていた。

ヴァンテージが静かに読み上げる。

『西方戦線、獣族軍による大規模攻勢は終結』

『魔族軍は橋頭堡を防衛することに成功しました』

ヴァンキッシュは黙って聞いていた。

『しかし、損害も大きく――』

そこまで聞いたところで、ヴァンキッシュが口を開く。

『……よくやった』

短い言葉だった。

だが、その声には確かな労いが込められていた。

『伝令を』

『はい』

『西方戦線の全兵士へ、私から言葉を送る』

ヴァンテージが姿勢を正す。

ヴァンキッシュは静かに告げた。

『諸君は、よく戦った』

『敵の大軍を前に一歩も退かず、最後まで魔族の誇りを守り抜いた』

『今は傷を癒やせ』

『戦える身体を取り戻せ』

『そして、次なる戦いへ備えよ』

『必要な物資は惜しみなく送る』

『食料、武具、医薬品――』

『兵士たちが望む嗜好品も用意させよ』

ヴァンテージが微笑む。

『承知いたしました』

ヴァンキッシュは窓の外へ視線を向ける。

西方。

遠く離れた戦場。

『……我が兵たちよ』

『今は休め』

『次に戦う時まで――』

魔皇の瞳に、静かな光が宿る。

『その命を、大切にせよ』

その命令を受け――。

魔国各地から大量の物資が西方戦線へ送られることとなった。

戦いは終わった。

しかし――。

世界を巻き込んだ戦争は、まだ始まったばかりだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。もし「続きが気になる」「おもしろい」と思ってくださったら、ページ下部の【ブックマークに追加】や、評価の値【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると、毎日の執筆と更新の大きな励みになります!次回は、明日【21:00】に更新します。

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