6話ー⑨ 徹底防衛
一時の膠着。
それは、長くは続かなかった。
両軍が互いに睨み合う中、獣族軍の後方で新たな動きが起こる。
一際大きな旗が掲げられた。
それを合図に、獣族軍の一角が大きく開く。
『……何か来ますね』
ヴィルフェイエが目を細める。
センチュリーも、その動きを静かに見つめていた。
やがて――。
そこから姿を現したのは、これまでの獣族兵とは明らかに違う者たちだった。
巨大な身体。
傷だらけの武具。
それぞれが異なる武器を携え、周囲の兵士たちとは比べものにならないほどの威圧感を放っている。
『あれは……』
魔族兵の一人が息を呑む。
『獣族の精鋭部隊だ!!』
一人ではない。
数百。
いや、それ以上。
獣族軍が誇る屈強な戦士たちが、一斉に前線へ投入される。
その姿を見て、センチュリーが小さく息を吐いた。
『なるほど』
『まだ切り札を残していましたか』
ヴィルフェイエは微笑む。
『どうやら、あちらも本気になったようですね』
トレイルエクスが前方を見据える。
『来る』
その直後。
獣族精鋭部隊が、一斉に走り出した。
『突撃ィィィッ!!』
大地が震える。
先頭の獣人が巨大な戦斧を振り上げる。
『うおおおおおおっ!!』
魔族兵が盾を構える。
『受け止めろ!!』
――ドォン!!
激突。
盾が大きくへこむ。
魔族兵が数人まとめて吹き飛ばされた。
『ぐあっ!!』
『何という力だ……!!』
別の場所では、大剣を持った獣人が魔族兵の隊列へ突っ込んでいく。
一振り。
二振り。
そのたびに魔族兵が押し込まれる。
『隊列を崩すな!!』
『後ろへ下がるな!!』
だが、獣族精鋭の攻撃は止まらない。
これまでの獣族兵とは明らかに違う。
一人ひとりの身体能力が高く、さらに身体強化まで重ねている。
魔族兵が一人を倒している間に、別の精鋭が横から飛び込んでくる。
『くっ……!!』
『右が持たない!!』
『援軍を回せ!!』
『もう予備隊は少ないぞ!!』
戦場のあちこちで叫び声が上がる。
そして――。
魔族軍の戦線が、再び後退し始めた。
センチュリーがその様子を見つめる。
『……また押され始めましたね』
『ええ』
ヴィルフェイエが答える。
『しかも今回は、先ほどまでとは違います』
『敵の一人ひとりが強い』
トレイルエクスも頷く。
『精鋭を先頭に立て、我らの防衛線を食い破るつもりだ』
『このまま正面から押し返すのは難しい』
センチュリーはしばし戦場を見渡す。
そして――。
『……ならば、方針を変えましょう』
ヴィルフェイエが振り返る。
『方針を?』
『ええ』
センチュリーは橋頭堡の奥へ視線を向ける。
『これ以上、前へ出る必要はありません』
『ここを守る』
トレイルエクスが静かに尋ねる。
『徹底防衛か』
『その通りです』
センチュリーは即答した。
『我らの目的は、敵を殲滅することではない』
『この橋頭堡を維持すること』
『ならば、ここから先は一歩も退かない』
ヴィルフェイエが微笑む。
『なるほど』
『攻める戦いから、守る戦いへ』
『ええ』
センチュリーは軍全体へ向けて声を張り上げた。
『全軍へ通達!!』
その声が戦場へ響き渡る。
『これより我らは徹底防衛へ移行する!!』
『敵を追う必要はない!!』
『敵を深追いするな!!』
『橋頭堡を守れ!!』
魔族兵たちが一斉に動き始める。
前線を下げる。
防柵を再構築する。
負傷兵を後方へ運ぶ。
弓兵を高所へ配置する。
予備隊を要所へ集める。
それまで広く展開していた魔族軍が、橋頭堡を中心に密度を高めていく。
獣族軍は、それを見逃さない。
『魔族が守りに入ったぞ!!』
『今だ!!』
『一気に叩き潰せ!!』
獣族精鋭が再び突撃する。
『来ます!!』
ヴィルフェイエが叫ぶ。
『第一防衛線、構え!!』
魔族兵が盾を並べる。
『押し返せ!!』
――激突。
獣族精鋭の猛攻が防衛線へ叩き込まれる。
『ぐっ……!!』
『踏ん張れ!!』
『後ろには橋頭堡があるぞ!!』
一人が吹き飛ばされる。
その穴へ別の兵士が入り込む。
また一人が倒れる。
その場所を別の兵士が埋める。
一歩。
また一歩。
獣族軍が押し込んでくる。
だが――。
魔族軍は退かなかった。
センチュリーが最前線へ出る。
『――ここは通しません』
迫り来る獣人の拳を受け止める。
そのまま腕を掴み、地面へ叩きつける。
『ぐおっ!!』
別の敵が斧を振り下ろす。
センチュリーは身体を僅かに逸らす。
斧が地面を砕く。
その懐へ入り込み――。
拳。
『――退け』
ドンッ!!
獣人が吹き飛ぶ。
だが、その直後には別の敵が迫っていた。
『……まだ来るか』
センチュリーは拳を構える。
その横ではトレイルエクスが戦っていた。
無言。
ただ淡々と敵を倒していく。
一人。
二人。
三人。
敵が増えるたびに、トレイルエクスも一歩ずつ前へ出る。
『……この場所は』
『渡さぬ』
その言葉とともに、迫る敵を打ち倒す。
一方、後方ではヴィルフェイエが全体を見渡していた。
『右翼、あと五十歩下がってください』
『中央はそのまま』
『左翼に予備隊を』
次々と指示が飛ぶ。
『焦らないでください』
『敵の勢いを受け止めるだけでいいのです』
彼女の言葉が兵士たちを落ち着かせる。
戦線が崩れそうになれば、別の部隊が支える。
防柵が破壊されれば、すぐに補修兵が駆けつける。
負傷者が出れば後方へ運ぶ。
魔族軍は、必死に守った。
何度も。
何度も。
獣族軍が突撃してくる。
そのたびに魔族軍は受け止める。
『押し返せ!!』
『まだだ!!』
『ここを守れ!!』
戦場は混乱を極めていた。
夕刻が近づいても、戦いは終わらない。
魔族軍の兵士たちは泥と血にまみれながら、それでも持ち場を離れなかった。
そして――。
獣族軍の攻勢が、僅かに弱まった。
ヴィルフェイエが遠くを見つめる。
『……止まりましたね』
センチュリーが答える。
『ええ』
トレイルエクスも周囲を見渡す。
防柵は至る所で破壊されている。
兵士たちも疲弊している。
決して余裕のある戦況ではない。
それでも――。
橋頭堡は残っていた。
『……よく耐えました』
ヴィルフェイエが静かに呟く。
センチュリーは前方の獣族軍を見据えた。
『まだ終わってはいません』
『ですが――』
拳を握る。
『今日のところは、守り切った』
三人の視線の先。
夕暮れの戦場に、無数の獣族軍が残っている。
魔族軍もまた、橋頭堡を守るように陣を固めている。
双方とも、決定的な勝敗には至っていない。
しかし――。
魔族軍は、確実に消耗していた。
そして獣族軍もまた。
この戦いの先に待つものが、決して容易なものではないことを理解し始めていた
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