6話ー⑥ 物量の猛攻
――角笛が鳴り響いた。
獣族軍の最前列が、一斉に動き出す。
地面を踏み鳴らす無数の足音。
その振動が大地を伝わり、魔族軍の足元まで響いてくる。
『来るぞ!!』
魔族兵の一人が叫ぶ。
次の瞬間――。
『突撃ィィィッ!!』
獣族軍の雄叫びが戦場を震わせた。
数千、数万にも及ぶ獣族兵が、一斉に魔族軍へ向かって押し寄せる。
まるで巨大な波だった。
一人。
また一人。
そんな単位ではない。
目の前に迫ってくるのは、無数の戦士たち。
魔族軍の兵士たちは盾を構え、迎撃態勢を整える。
『構えろ!!』
『敵を橋頭堡へ入れるな!!』
『迎え撃て!!』
魔族兵たちが一斉に武器を構える。
そして――。
激突。
『うおおおおおっ!!』
『押し返せ!!』
剣と斧がぶつかり、槍と盾が激突する。
金属音が戦場を埋め尽くした。
魔族兵は一人ひとりが精鋭だった。
獣族兵の攻撃を受け止め、反撃する。
一人を倒す。
二人を倒す。
だが――。
その後ろから、さらに獣族兵が押し寄せてくる。
『次が来るぞ!!』
『構え直せ!!』
『まだ終わっていない!!』
魔族兵が敵を倒した瞬間。
その隙間を埋めるように、別の獣族兵が飛び込んでくる。
倒しても。
倒しても。
また来る。
『くっ……!!』
魔族兵の一人が歯を食いしばる。
その数は、あまりにも多かった。
しかし――。
戦場の一角だけは、異様な静けさを保っていた。
獣族兵たちが殺到する中。
その中心を、一人の男が歩いている。
八冥王第一席――センチュリー。
彼の前へ、巨大な獣人が斧を振り下ろした。
『死ねぇぇぇ!!』
センチュリーは避けない。
ただ右拳を握る。
『――遅い』
ドンッ!!
拳が獣人の胸部へ突き刺さる。
巨体が宙へ浮き、そのまま後方の兵士たちを巻き込んで吹き飛んだ。
『次』
センチュリーは淡々と呟く。
左右から二人の獣族兵が襲いかかる。
一人の斧を左手で受け流し、もう一人の槍を身体を僅かに傾けてかわす。
そして――。
拳。
蹴り。
肘。
一撃一撃が、確実に敵を沈めていく。
『なんだ……こいつは!?』
『近づくな!!』
『あいつは化け物だ!!』
獣族兵たちの間に恐怖が走る。
だが、恐怖に怯んでいる暇すらない。
後方から次の兵士たちが押し寄せてくる。
センチュリーはそれを見て、僅かに目を細めた。
『……なるほど』
『数で押し潰すつもりですか』
その直後。
遠くから巨大な斧を持った獣族兵が突進してくる。
センチュリーは腰を落とす。
拳を握る。
『――ブロークン・インパクト』
拳が空間を打ち抜く。
――バキィィィン!!
空間そのものが砕けた。
衝撃波が一直線に走り、獣族兵たちをまとめて吹き飛ばしていく。
土煙が舞う。
獣族兵が次々と倒れていく。
だが――。
その後方から、また新たな兵士が姿を現した。
センチュリーは無言でそれを見つめる。
『……まだ来ますか』
その表情に、僅かな苛立ちが浮かんだ。
一方――。
別の戦場では、ヴィルフェイエが指揮を執っていた。
『右翼、少し下がってください』
『敵を誘い込みます』
『左翼はそのまま』
彼女の声は穏やかだった。
戦場の怒号が響いているというのに、その声音には一切の乱れがない。
『敵の数に惑わされてはいけません』
『目の前の敵だけを見て』
魔族兵たちはヴィルフェイエの指示に従い、隊列を維持する。
獣族軍が突破しようとすれば、別の部隊が横から挟み込む。
一部が押されれば、後方から援軍を送り込む。
ヴィルフェイエは戦場全体を見渡しながら、兵を動かしていく。
『……ふふ』
その唇に微かな笑みが浮かぶ。
『随分と頑張りますね』
彼女の視線の先。
一団の獣族兵が、魔族軍の側面へ回り込もうとしていた。
『あそこを』
『少しだけ崩しましょう』
ヴィルフェイエが手をかざす。
淡い魔力が指先に集まる。
次の瞬間。
獣族兵の一人が突然足を止めた。
『……あれ?』
隣の兵士が振り返る。
『どうした?』
『いや……なんでもない』
だが、その男の意識には既にヴィルフェイエの魔力が入り込んでいた。
ほんの僅かな精神干渉。
それだけで十分だった。
『今です』
ヴィルフェイエが呟く。
魔族兵が一斉に動く。
獣族軍の側面へ突撃。
隊列が崩れる。
『押し返せ!!』
『今だ!!』
魔族兵が一気に前進する。
ヴィルフェイエはその様子を見ながら、静かに微笑んだ。
『一つずつ……』
『丁寧に崩していきましょう』
だが。
戦場全体を見れば――。
魔族軍は少しずつ押されていた。
一つの場所で押し返しても。
別の場所では獣族軍が前進してくる。
また別の場所では魔族兵が包囲されかけている。
そして、それを補うために別の部隊が動く。
戦場全体が、巨大なうねりとなっていた。
『右翼、後退!!』
『中央を維持しろ!!』
『予備隊を回せ!!』
魔族軍の指揮系統が激しく動く。
センチュリーは敵を倒し続けている。
ヴィルフェイエも軍全体を巧みに操っている。
二人の力によって、魔族軍は何とか戦線を維持していた。
しかし――。
獣族軍は止まらない。
一万が倒れれば、二万が前へ出る。
一部隊が崩れれば、後方から別の部隊が押し寄せる。
それはまさに――。
物量。
個々の強さでは魔族が上回っている。
指揮能力でも、魔族が劣っているわけではない。
それでも。
数の差は、確実に戦場へ影響を与え始めていた。
ヴィルフェイエが遠くの戦場を見つめる。
『……少しずつ、押されていますね』
センチュリーも同じ方向を見る。
『ええ』
『ですが、まだ崩れてはいません』
『その通りです』
センチュリーは拳についた血を振り払う。
その眼前では、また新たな獣族兵が武器を構えている。
『ならば――』
『来る者を、倒すまでです』
センチュリーが一歩前へ出る。
ヴィルフェイエも静かに杖を掲げた。
『ふふっ』
『まだまだ、楽しませていただきましょう』
再び獣族軍の雄叫びが響き渡る。
魔族軍もそれに応えるように武器を構える。
両軍の激突は、さらに激しさを増していく。
そして――。
魔族軍が築いた橋頭堡を巡る戦いは、長く激しい消耗戦へと変わり始めていた。
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