6話ー④ 集結
獣族領――。
魔族軍橋頭堡から遠く離れた場所。
深い森に囲まれた一つの平地に、獣族軍の前線集積所が設けられていた。
そこは、普段ならばほとんど人の寄りつかない場所だった。
しかし今――。
森の中を、数え切れないほどの獣族が行き交っている。
『こちらへ運べ!!』
『食料は第三倉庫へ!!』
『武器は傷がないか一本ずつ確認しろ!!』
『矢が足りんぞ! 次の荷車を急がせろ!!』
怒号が飛び交う。
巨大な荷車が何台も連なり、森の中を進んでいく。
その荷台に積まれているのは、食料だけではない。
大量の武器。
防具。
矢。
盾。
薬品。
そして――。
戦場で使うための様々な兵器だった。
荷車が集積所へ到着するたび、獣族兵たちが一斉に駆け寄る。
『次だ!!』
『まだ来るぞ!!』
『置き場所を空けろ!!』
集積所は、瞬く間に物資で埋め尽くされていった。
これまでの小規模な襲撃とは明らかに違う。
ただ戦うためではない。
長期間にわたって戦い続けるための準備だった。
集積所の一角では、武器を扱う獣族たちが作業を続けている。
巨大な斧。
分厚い盾。
長槍。
弓。
そして、獣族の身体能力を活かすために作られた大型の戦具。
『これで全部か?』
『まだだ』
『まだ来るのか?』
『聖族からの支援物資が、あと数便届く』
その言葉に、周囲の獣族たちが顔を見合わせる。
『……これほどとはな』
『武器だけじゃない』
『食料も薬も大量に届いている』
『これなら長く戦える』
一人の獣族兵が、積み上げられた物資を見上げる。
その表情には、これまでとは違うものが浮かんでいた。
自信。
そして――。
戦意。
一方、集積所の奥。
そこには軍議のための天幕が張られていた。
中では、獣族軍の高官たちが地図を囲んでいる。
『現在までに集まった兵力は?』
『およそ三万』
報告役が答える。
『さらに各地から部隊が向かっております』
『最終的には?』
『十万を超える見込みです』
その言葉に、天幕の中が静かになる。
十万。
魔族軍が橋頭堡へ配置している兵力を大きく上回る。
しかも――。
まだ全てが集まったわけではない。
『補給は?』
『問題ありません』
『聖族からの支援によって、食料、武器、薬品、矢など十分な量を確保しております』
『戦費についても、当面の作戦には問題ありません』
『兵器の準備は?』
『大型戦具についても、順次搬入が完了しております』
獣族高官は地図へ目を落とした。
そこには、魔族軍が築いた橋頭堡が記されている。
『……ここだな』
『はい』
『ここを落とせば、魔族軍の西方における足場を奪える』
『その通りです』
一人の高官が腕を組む。
『だが、忘れるな』
『魔族には八冥王がいる』
天幕の空気が少しだけ重くなる。
誰も、その名を軽く扱うことはできなかった。
カシマシ。
獣族が誇る猛将。
その男を、魔族軍八冥王第一席――センチュリーは一撃で葬った。
その事実は、獣族軍の中で今も生々しく残っている。
『センチュリーをどうする?』
一人が尋ねる。
すると、別の高官が答えた。
『正面から一人で相手をする必要はない』
『我らは数で戦う』
『そして、今回はこれまでとは違う』
地図の上に置かれた駒が、一つずつ増えていく。
『これだけの兵力』
『十分な物資』
『武器』
『そして補給』
『全てを揃えた』
『今度こそ、魔族を押し返す』
その言葉に、天幕の中の者たちは静かに頷いた。
だが――。
まだ攻撃命令は出ない。
必要な兵力が、まだ全て揃っていないからだ。
森の中では、その間にも続々と部隊が到着していた。
『第三軍団、到着!!』
『続いて第五軍団も到着しました!!』
『騎兵部隊も合流します!!』
『弓兵隊、配置完了!!』
報告が次々と入る。
そのたびに集積所の空気が変わっていく。
兵士が増える。
武器が増える。
物資が増える。
そして――。
戦場へ向かうための準備が整っていく。
夕刻。
集積所を見下ろせる小高い丘。
そこに、一人の獣族高官が立っていた。
眼下には、無数の兵士。
焚き火。
天幕。
積み上げられた物資。
そして、森の中を行き交う兵たち。
まるで巨大な生き物が、ゆっくりと目を覚まそうとしているかのようだった。
隣に立つ部下が尋ねる。
『あと、どれほどでしょうか?』
高官は遠くを見つめた。
『もう少しだ』
『全軍が揃えば――』
一拍。
『我らは動く』
部下は力強く頷いた。
『魔族の橋頭堡を?』
『そうだ』
高官は拳を握る。
『奪い返す』
『今度こそ、奴らを獣族領から叩き出す
そして逆に我が魔族領侵攻する為の足がかりを得る』
その頃。
魔族軍橋頭堡。
センチュリーは、いつものように森を見つめていた。
獣族の攻撃は、ここ数日さらに減っている。
それが、逆に不気味だった。
『……静かですね』
ヴィルフェイエが隣で呟く。
『ええ』
『あれほど頻繁に攻撃してきたというのに』
『今は何もしてこない』
センチュリーは森を見つめたまま、静かに答えた。
『……動いているのでしょう』
『何かが?』
『ええ』
彼の目には、戦場を見据える者特有の鋭さが宿っていた。
『獣族が何をしているのかは、まだ分からない』
『ですが――』
センチュリーは拳を握る。
『この静けさは、終わりではない』
『始まりです』
ヴィルフェイエは小さく微笑んだ。
『大きな戦いが、来ると?』
『恐らく』
その頃。
獣族領の前線集積所では――。
最後の部隊が到着しようとしていた。
『全軍集結まで、あと僅か!!』
その声が森へ響き渡る。
獣族兵たちが一斉に空を見上げる。
夕日が沈み始めていた。
赤く染まった空の下。
無数の兵士。
積み上げられた物資。
並べられた武器。
そして、これから始まる戦いを待つ獣族軍。
誰もが理解していた。
もうすぐだ。
これまでの小競り合いとは違う。
次に動く時――。
それは、獣族軍による大規模攻勢の始まりだった。
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