6話ー③ 防衛しているが…
西方戦線――魔族軍橋頭堡。
獣族領へ進出した魔族軍は、築き上げた砦を拠点として防衛体制を整えていた。
砦の周囲には幾重にも防柵が設けられ、見張り台には絶えず兵士が立っている。
周辺の森には斥候が放たれ、獣族の動きを警戒していた。
しかし――。
『……またですか。』
司令部に届いた報告書へ目を落とし、ヴィルフェイエが小さく呟いた。
『はい。』
副官が頷く。
『昨夜、東側の見張り台へ小規模な襲撃がありました。死者はありません。軽傷者が数名です。』
『他には?』
『補給部隊が一隊、森の中から攻撃を受けました』
『被害は?』
『荷車一台が損傷。食料の一部を失いました』
ヴィルフェイエは報告書を机へ置いた。
『……これで何度目でしょうね。』
『今回で九度目になります』
その言葉を聞いても、部屋の中央に立つセンチュリーは微動だにしなかった。
『敵の規模は?』
『いずれも小規模です。多くても数十。大半は十名から二十名程度と思われます』
『目的は?』
副官は言葉に詰まった。
『……それが、分かりません』
センチュリーはゆっくりと視線を上げた。
『分からない?』
『はい』
『橋頭堡への侵攻を試みたわけでもない』
『はい』
『補給線を完全に断つほどの攻撃でもない』
『その通りです』
『ならば、何のために来る?』
誰も答えられなかった。
その時だった。
――カンッ!!
外から金属音が響いた。
続いて――。
『敵襲!!』
兵士の叫び声。
司令部の空気が一変する。
センチュリーとヴィルフェイエが外へ出る。
砦の東側。
森の木々の隙間から、獣族の影がいくつも走っていた。
『来たぞ!!』
『弓を構えろ!!』
魔族兵が一斉に迎撃態勢へ入る。
しかし獣族は正面から突撃してこない。
森を駆け抜けながら、矢を放つ。
一撃。
そして離脱。
魔族兵が反撃すると、すぐさま木々の向こうへ姿を消す。
『追うな!!』
隊長が叫ぶ。
『森へ入れば奴らの思う壺だ!!』
魔族兵たちは踏みとどまる。
すると――。
別の方向から雄叫びが響いた。
『南側です!!』
『敵が回り込んでいます!!』
魔族兵が南側へ移動する。
しかし、そこでも同じだった。
獣族は姿を見せては攻撃し、すぐに森へ消える。
倒せない。
追えない。
そして――。
殺されもしない。
まるで、魔族兵の神経を少しずつ削るような戦いだった。
『……まただ』
一人の兵士が呟く。
『何なんだ、こいつら……』
隣の兵士が答える。
『俺たちを倒したいんじゃないのか?』
『だったら、もっと大勢で来ればいいだろ』
『分からん……』
やがて獣族の影が森の奥へ消えていく。
戦闘は、それだけで終わった。
魔族軍に大きな被害はない。
しかし、兵士たちの顔には疲労が浮かんでいた。
夜が明ける。
その日の朝。
司令部には、また報告が集まっていた。
『東側、異常なし』
『南側、敵影なし』
『西側も問題ありません』
『北側は?』
『今のところ異常ありません』
ヴィルフェイエは腕を組み、地図を眺めていた。
『……変ですね』
センチュリーが彼女を見る。
『何がです?』
『これだけ攻撃を繰り返しているのに、敵は一向に本気で攻めてきません』
『ええ』
『カシマシを失ったことで、正面衝突を避けているのでしょうか?』
センチュリーはしばらく沈黙した。
『それだけではないでしょう』
『……と、言いますと?』
センチュリーは地図の上に指を置く。
橋頭堡。
その周囲。
そして森。
『奴らの攻撃には、一貫している部分がある』
『我々を橋頭堡から追い出すことではない』
ヴィルフェイエが目を細める。
『……では?』
『我々を疲れさせている』
『兵を眠らせず、補給を削り、警戒を続けさせる』
『小さな損害を積み重ね、こちらの戦力を少しずつ消耗させている』
ヴィルフェイエは静かに頷いた。
『確かに』
『ですが、それならば――』
センチュリーが言葉を続ける。
『その先に目的があるはずです』
部屋が静まり返った。
『目的……』
『獣族が欲しいのは、我々の損害ではない』
センチュリーは地図を見つめる。
『我々の状態だ』
ヴィルフェイエの表情から笑みが消える。
『……魔族軍が疲弊した状態を作りたい?』
『恐らく』
『そのために、わざと決定的な戦いを避けている』
『ええ』
センチュリーは静かに頷いた。
その瞳には、わずかな警戒が宿っていた。
『ならば、獣族は何を待っている?』
誰も答えられない。
橋頭堡を奪うためなら、すでに大軍を動かしているはずだった。
魔族軍を殲滅するつもりなら、夜襲を繰り返す必要もない。
ただ疲弊させる。
ただ警戒させる。
ただ時間を使わせる。
それは――。
何か別の戦いのために、魔族軍を拘束しているようにも見えた。
ヴィルフェイエが静かに口を開く。
『……まるで、誰かが後ろで糸を引いているようですね』
センチュリーは答えなかった。
ただ森の向こうを見つめていた。
やがて――。
『警戒を一段階上げます』
『兵士たちには、獣族の小規模攻撃に過剰反応しないよう伝えてください』
『追撃も禁止です』
ヴィルフェイエが頷く。
『承知しました』
センチュリーは最後に、森の奥へ視線を向けた。
『敵が何を狙っているのかは、まだ分からない』
『ですが――』
拳を静かに握る。
『何もないはずがない』
『この程度の攻撃を、何度も繰り返す理由が必ずある』
森は静まり返っていた。
獣族の姿はない。
だが、その静けさの向こう側では――。
魔族軍の知らない何かが、少しずつ動き始めていた。
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