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6話ー② 聖族と獣族

聖族領――。

王都から遠く離れた山間の一室。

窓の外には、白い雲が流れていた。

その部屋には、大きな円卓が置かれている。

向かい合うように座っているのは、聖族の高官と獣族の高官。

互いの背後には、それぞれ数名の側近が控えていた。

表向きには、ただの外交会談。

しかし――。

この場で交わされる言葉の一つ一つが、西方戦線の行方を左右する。

聖族側の高官が静かに口を開いた。

『このたびは、遠路はるばるお越しいただき感謝いたします。』

獣族側の高官は、椅子へ深く腰掛けたまま答える。

『こちらこそ、我らに話があるとのことで応じたまでです。』

『率直に申し上げましょう。』

聖族高官は、机の上へ一枚の地図を広げた。

そこには魔族と獣族の国境付近。

そして――魔族が築いた橋頭堡が記されている。

『我々は、あの橋頭堡を看過できないと考えております。』

獣族高官の目が細くなる。

『……同感ですな。』

『しかし、現状では獣族だけであれを排除するには、相応の犠牲を覚悟せねばならない。』

『ええ。』

獣族高官は地図へ目を落とした。

『魔族は、我々が想定していた以上に強い。』

『特に――八冥王。』

その言葉に、聖族側の側近たちの表情がわずかに変わる。

獣族高官は続けた。

『先の戦いで、我らは象人カシマシを失いました。』

『あれほどの猛者が、たった一人の魔族に敗れた。』

『正面からぶつかれば、我らとて無傷では済みますまい。』

聖族高官は静かに頷いた。

『だからこそ、我々は協力を申し出ているのです。』

『協力……ですか。』

『はい。』

聖族高官が指を立てる。

『第一に、戦費の支援。』

『第二に、武器および防具の供給。』

『第三に、食料を含む軍需物資の補給。』

獣族側の側近が顔を見合わせる。

さらに聖族高官は続けた。

『そして、戦線が長期化した場合には、追加の補給も検討いたします。』

獣族高官はしばらく黙っていた。

やがて口元に薄い笑みを浮かべる。

『……随分と気前がよろしい。』

『何か裏があるとお考えですかな?』

『当然でしょう。』

獣族高官は即答した。

『これほどの支援を、何の見返りもなく差し出す者などおりますまい。』

聖族高官も微笑む。

『ごもっともです。』

そして、地図上の橋頭堡を指差した。

『我々が望むのは一つ。』

『魔族軍への大規模な攻勢です。』

部屋の空気が変わった。

獣族側の側近が身を乗り出す。

『大規模攻勢……。』

『はい。』

聖族高官の声は静かだった。

『現在、魔族は西方に五千ほどの戦力を置き、橋頭堡を確保しております。』

『このまま放置すれば、さらに獣族領へ侵攻するでしょう。』

『ですが、今ならまだ押し返せる。』

獣族高官は腕を組んだ。

『我らに戦わせ、その費用を聖族が負担する。』

『そういうことですな。』

『その通りです。』

しばしの沈黙。

やがて獣族高官が問いかけた。

『なぜ、そこまで魔族を西方へ釘付けにしたいのですかな?』

聖族高官は一瞬だけ目を細める。

『魔族の勢力を分散させたい。』

『それだけですか?』

『……それだけではありません。』

聖族高官は、あえて言葉を濁した。

『魔族は現在、我々にとって最大の脅威となっております。』

『一つでも多くの戦線を開かせれば、魔族の動きを制限できる。』

獣族高官はその言葉を聞き、ゆっくりと頷いた。

『なるほど。』

『我らが魔族と戦えば、我らだけではなく、聖族にも利益がある。』

『その通りです。』

獣族高官は背後の側近へ視線を送る。

側近の一人が小さく頷いた。

しかし、獣族高官はすぐには答えなかった。

『……条件があります。』

聖族高官が静かに尋ねる。

『お聞かせください。』

『まず、我らが大規模攻勢を行うには相当な戦費が必要となる。』

『それについては、先ほど申し上げた通り支援いたします。』

『それだけでは足りませぬ。』

獣族高官は地図を指で叩いた。

『魔族は橋頭堡を築いている。』

『我らが攻める以上、失敗すれば、その橋頭堡はさらに強固になるでしょう。』

『ゆえに、武器と物資だけではなく、長期戦を想定した補給体制を整えていただきたい。』

聖族高官は少し考えた。

『……承知しました。』

『さらに――。』

獣族高官は続ける。

『我らが勝利した場合、奪還した土地について聖族から口を挟まぬこと。』

聖族側の側近が僅かに眉を動かした。

しかし、高官は冷静だった。

『もちろんです。』

『獣族領のことですからな。』

『当然でしょう。』

獣族高官は満足そうに頷いた。

『そして、最後に一つ。』

『まだありますか。』

『ええ。』

獣族高官は笑った。

『我らに勝てと言うのであれば、勝てるだけの力を寄越していただきたい。』

『つまり?』

『武器です。』

『我ら獣族は身体能力において他種族に劣らぬ。』

『しかし、魔族は強い。』

『ならば、我らが魔族を倒すための武器を提供していただきたい。』

聖族高官はしばらく黙っていた。

そして――。

『分かりました。』

静かに答えた。

『可能な限り、質の高い武器を提供いたしましょう。』

獣族高官は満足げに笑う。

『これはありがたい。』

しかし、その笑顔は消えた。

『ですが――。』

『まだ何か?』

『我らが大規模攻勢を行えば、当然ながら死者も出る。』

『その責任を、我らだけに負わせるつもりはないでしょうな?』

聖族高官は真っ直ぐに獣族高官を見つめた。

『もちろんです。』

『今回の戦いは、我々にとっても重要な戦いです。』

『獣族が魔族と戦うことで、聖族もまた時間と戦力を得る。』

『我々は、それに見合うだけの支援をいたします。』

獣族高官はしばらく相手の目を見つめた。

やがて――。

『……よろしい。』

その一言で、部屋の空気が変わった。

『我ら獣族は、魔族の橋頭堡へ大規模攻勢を仕掛ける。』

側近たちが一斉に姿勢を正す。

聖族高官も静かに頷いた。

『ありがとうございます。』

『礼には及びません。』

獣族高官は立ち上がる。

『我らには我らの事情がある。』

『魔族に領土を奪われたまま、黙っているわけにもいきませんからな。』

そして、地図に描かれた橋頭堡を見る。

『……あの砦を取り戻す。』

『そのために、我らは動きましょう。』

聖族高官も立ち上がった。

『では、支援の準備に入ります。』

二人は互いに一礼する。

握手はしなかった。

あくまで、それぞれの利益のために結ばれた取引。

それでも――。

この日。

聖族と獣族の間で、一つの大きな合意が成立した。

聖族は物資と資金を提供する。

獣族は魔族の橋頭堡へ大規模攻勢を仕掛ける。

その裏で、聖族は魔族の戦力を西方へ拘束する。

獣族は失った領土を取り戻す。

双方にとって利益のある取引だった。

だが――。

この合意によって、獣族領の戦場は大きく動き始めることになる。

そして魔族軍は、まだ知らない。

森の奥で始まった準備が――。

やがて、これまでとは比べものにならない規模の戦いへ繋がっていくことを

最後までお読みいただき、ありがとうございました。もし「続きが気になる」「おもしろい」と思ってくださったら、ページ下部の【ブックマークに追加】や、評価の値【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると、毎日の執筆と更新の大きな励みになります!次回は、明日【21:00】に更新します。

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