幕間 穏やかな執務室
魔皇城バルルモラ――。
今日も執務室には、紙をめくる音だけが静かに響いていた。
机の上には書類の山。
それでも以前のように天井まで積み上がることはない。
ヴァンテージは羽根ペンを置くと、大きく息を吐いた。
『ふぅ……今日は順調ですね。』
向かいではヴィラージュが書類を整えながら微笑む。
『北方、西方、東方……三方面とも大きな報告はありませんからね。』
『戦場が静かだと、こちらも少し落ち着きます。』
『このままずっと静かならいいんですけどねぇ。』
ヴァンテージが苦笑した。
『そう都合よくはいきませんよ。』
その時だった。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
重々しい足音が廊下から近付いてくる。
ヴァンテージは苦笑しながら顔を上げた。
『……来ましたね。』
ヴィラージュも笑みを浮かべる。
『今日も元気そうです。』
勢いよく扉が開く。
『おっはようございまぁす!!』
大きな声とともに現れたのはラピートだった。
二メートルを超える巨体。
鍛え抜かれた腕。
それに似つかわしくない満面の笑み。
『二人とも真面目に働いてるじゃなぁい♪』
『ラピートさんも仕事ですよ。』
『分かってるわよぉ。アタシだって真面目なんだから♪』
そう言いながら椅子へ腰を下ろす。
ギシッ。
椅子が悲鳴を上げた。
ヴァンテージは思わず顔をしかめる。
『お願いですから、今日は壊さないでくださいね。』
『失礼ねぇ。前回は椅子が弱かっただけよぉ♪』
ヴィラージュが思わず吹き出した。
『ふふっ。』
『笑ったわねぇ?』
『いえ、少しだけ。』
三人の笑い声が執務室へ広がる。
ラピートは山積みの書類を見つめた。
『それにしても、戦争中とは思えないくらい静かねぇ。』
ヴァンテージは一枚の書類を閉じる。
『戦場で皆さんが頑張ってくださっているからですよ。』
『私たちは、その方々が安心して戦えるよう支えるのが仕事です。』
『いいこと言うじゃなぁい。』
ラピートは嬉しそうに笑った。
『でもねぇ、ずっと机ばかり見てると身体が鈍っちゃうのよ。』
『たまには暴れたいわぁ♪』
『そのたびに修理費が増えるんですけどね。』
ヴァンテージが即座に突っ込む。
『細かいことは気にしないの♪』
『気にしてください。』
ヴィラージュは笑いながら紅茶を三人分用意した。
『どうぞ。少し休憩しましょう。』
『待ってましたぁ♪』
ラピートは嬉しそうにカップを持ち上げる。
『やっぱりヴィラージュの紅茶が一番ねぇ。』
『ありがとうございます。』
穏やかな時間が流れる。
戦場では命を懸けた戦いが続いている。
それでも、この執務室だけは束の間の日常が残されていた。
――その時。
バンッ!!
執務室の扉が勢いよく開かれる。
一人の伝令兵が息を切らせながら飛び込んできた。
『失礼いたします!!』
三人の表情が一瞬で引き締まる。
『どうしました?』
ヴァンテージが立ち上がる。
伝令兵は敬礼し、大きく報告した。
『首都アーストンと国境都市の中間に位置する都市において、聖族による小規模な襲撃が発生しました!!』
『現在、守備隊が応戦しておりますが、市民にも被害が出始めています!!』
執務室の空気が一変する。
ラピートの笑みも消えた。
『……民が襲われてるのね。』
ヴィラージュも静かに頷く。
『急がなければなりません。』
ヴァンテージはすぐさま書類をまとめた。
『魔皇様へご報告を。』
場面は変わる。
玉座の間――。
ヴァンキッシュは玉座に腰掛け、静かに報告を聞いていた。
ヴァンテージが片膝をつく。
『魔皇様。首都と国境都市の中間に位置する都市において、聖族の小規模襲撃が発生いたしました。』
『守備隊が応戦しておりますが、市民への被害も確認されております。』
しばしの沈黙。
ヴァンキッシュは静かに目を開いた。
『ヴァンテージ。』
『はっ。』
『ヴィラージュ。』
『はい。』
『ラピート。』
『はぁい♪』
ヴァンキッシュは三人を見渡し、短く命じた。
『三名で向かえ。』
『住民の保護を最優先とし、襲撃部隊を速やかに制圧せよ。』
『はっ!!』
三人の声が重なる。
ラピートはニヤリと笑った。
『それじゃあ行ってくるわぁ。』
『悪い子たちには、お仕置きしなくちゃねぇ♪』
こうして、魔皇の側近三人は、新たな任務へと向かうのだった。
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