5話ー⑨ 魔皇、謁見
魔国アーストン――。
魔皇城バルルモラ。
玉座の間には、静かな緊張が漂っていた。
漆黒の玉座には、魔皇ヴァンキッシュが悠然と腰を掛けている。
その左右には八冥王のうち、アレディフェとトレイルエクスが控え、玉座を守っていた。
やがて、大扉が静かに開かれる。
『参謀ヴォランテ様、ご到着。』
ゆっくりと歩みを進めたヴォランテは、玉座の前で片膝をついた。
『魔皇様。ただいま東方要衝都市マーチより帰還いたしました。』
ヴァンキッシュは静かに頷く。
『面を上げよ。』
『はっ。』
ヴォランテは姿勢を正した。
『ご報告申し上げます。』
『妖族高官・天狗種、愛山太郎坊殿との会談は、滞りなく終了いたしました。』
『停戦、中立姿勢の公表、双方の軍勢の後退、交易の再開、相互利益の確保——。』
『双方が受け入れ可能な折衷案をまとめることができました。』
玉座の間は静まり返る。
ヴァンキッシュは目を閉じたまま問い掛ける。
『妖族側の反応は。』
『穏健派は概ね賛同しております。』
『交戦派の反発は依然として強いものの、利益を示すことで一定の理解は得られる見込みです。』
『現在は愛山太郎坊殿が妖王へ上申しております。』
ヴァンキッシュはゆっくりと目を開いた。
『そうか。』
短い一言だった。
しかし、その声音には確かな満足が滲んでいた。
ヴォランテは続ける。
『停戦が成立すれば、東方戦線は大きく安定いたします。』
『妖族との不要な戦は避けられましょう。』
『兵も物資も他戦線へ振り向けることが可能となります。』
ヴァンキッシュは小さく首を横へ振った。
『違う。』
その一言に、玉座の間の空気が張り詰める。
『ヴォランテ。』
『停戦とは、戦を止めることではない。』
『敵を一人減らすことでもない。』
『世界の盤上から、一枚の駒を動かすことだ。』
ヴォランテは静かに耳を傾ける。
ヴァンキッシュは壁に掛けられた世界地図へ視線を向けた。
『妖族が中立となれば、聖族は兵を割かねばならぬ。』
『賢族もまた、自ら動く時機を慎重に見極めるだろう。』
『小人族も交易を重んじる以上、東方の安定は無視できぬ。』
『世界は、一つの決断で連鎖する。』
『我らが求めるのは、その連鎖だ。』
ヴォランテは深く頭を垂れた。
『さすが魔皇様。』
『私の見えているものは、まだ一局面に過ぎませんでした。』
ヴァンキッシュは静かに立ち上がる。
『だからこそ、お前がいる。』
『私は世界を見る。』
『お前は、その世界を動かせ。』
ヴォランテの表情が引き締まる。
『御意。』
『必ずや、ご期待に応えてみせます。』
ヴァンキッシュは玉座の前まで歩み出る。
その瞳は、東方ではなく世界全体を見据えていた。
『あとは妖王の決断を待つのみ。』
『決断次第で、世界は大きく動く。』
『そして、その流れすらも——』
一瞬の静寂。
ヴァンキッシュは不敵な笑みを浮かべた。
『覇道の礎としよう。』
『はっ!』
ヴォランテは深く一礼した。
参謀は交渉という戦場で勝利を収めた。
だが、魔皇ヴァンキッシュにとって、それはまだ覇道の第一歩に過ぎない。
東方の答えは、間もなく妖王よりもたらされる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。もし「続きが気になる」「おもしろい」と思ってくださったら、ページ下部の【ブックマークに追加】や、評価の値【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると、毎日の執筆と更新の大きな励みになります!次回は、明日【21:00】に更新します。




