5話ー③ 手始めに
東方要衝都市マーチ――。
司令部の一室では、今日も慌ただしく人の出入りが続いていた。
『ヴォランテ様、北方戦線より報告です!』
『机へ置いてください。次を。』
『西方戦線の戦況が届いております!』
『後ほど確認します。先に東方の報告を。』
『妖族国境付近、異常ありません!』
『警戒を継続。斥候の巡回間隔は変更なしです。』
次々と運び込まれる報告書。
部屋を出入りする伝令兵。
参謀室には、一瞬たりとも静寂が訪れなかった。
ヴォランテは報告書へ素早く目を通し、必要なものだけを頭の中で整理していく。
『北方は膠着……。』
『西方は橋頭堡の構築を継続。』
『東方は依然として静観。』
手元の地図へ駒を置きながら、小さく呟いた。
『……これだけ戦線が広がっても、我らにはまだ余力がある。』
その声には焦りはない。
むしろ、状況を冷静に分析する余裕すら感じられた。
そこへ一人の副官が部屋へ入る。
『お呼びでしょうか。』
ヴォランテは静かに頷いた。
『はい。』
『妖族との会談準備へ移ります。』
副官は表情を引き締める。
『承知いたしました。』
ヴォランテは机の上から一枚の書類を取り上げた。
そこには、一人の妖族高官の名が記されている。
『会談相手は、この方です。』
『妖族高官――天狗種、愛山太郎坊殿。』
副官は書類へ目を落とす。
『穏健派の中心人物……ですね。』
『その通りです。』
ヴォランテは静かに頷いた。
『愛山太郎坊殿は、以前より魔国に理解を示しておられます。』
『交戦派ほど過激ではなく、対話を重んじるお方です。』
『まずは、この方を起点として交渉を進めます。』
副官が尋ねる。
『目的は停戦でしょうか。』
ヴォランテは静かに首を横へ振った。
『停戦は入口に過ぎません。』
『最終目標は、妖族を我らの側へ引き入れること。』
『仮にそれが叶わずとも、中立を保たせるだけで戦況は大きく変わります。』
『魔皇様は、その先まで見据えておられます。』
副官は深く頭を下げた。
『承知いたしました。』
『すぐに使者を送り、愛山太郎坊殿との会談を調整いたします。』
『頼みます。』
副官が部屋を後にすると、ヴォランテは窓際へ歩み寄った。
城壁の向こうには、妖族領へと続く広大な山々が広がっている。
まだ戦火は上がらない。
だが、その静寂は永遠には続かないだろう。
『剣を交える前に、言葉を交える。』
『それが参謀の戦いです。』
小さくそう呟くと、ヴォランテは再び机へ戻り、新たな報告書へ手を伸ばした。
戦場では将たちが剣を振るう。
その一方で、東方では一人の参謀が、戦を終わらせるための一手を静かに打とうとしていた。
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