5話ー② 参謀、動く
東方要衝都市マーチ――。
ヴォランテが到着してから数日。
東方方面は依然として静かな時が流れていた。
妖族軍は国境付近の都市へ軍勢を集結させているものの、大規模な進軍は見られない。
互いに斥候を送り合い、索敵と警戒を続けるのみ。
緊張感こそ漂うが、戦端は開かれていなかった。
司令部では、八冥王第二席ゲクシー、第五席ラングエルド、そして参謀ヴォランテの三人が東方一帯の地図を囲んでいた。
ゲクシーは腕を組みながら笑う。
『我らがここへ着いてから、目立った動きはないな。』
『向こうも、こちらの動きを警戒しているだけだ。』
ラングエルドは地図に視線を落としたまま静かに頷く。
『以前は友好国だったからな。』
『そう簡単には動けまい。』
『しかし……一時は我らと友好的だった妖族と敵対する日が来るとは。』
その言葉に、ゲクシーは鼻で笑った。
『聖族の裏工作の賜物だ。』
『見事なものだな。』
ヴォランテは報告書を閉じ、穏やかに口を開く。
『正確には、妖族全体が敵になったわけではありません。』
『現在の妖族は、交戦派と穏健派に大きく分かれております。』
『魔国と近しい関係を築いていたのは穏健派です。』
ラングエルドが興味深そうに尋ねる。
『なるほど。』
『それでヴォランテ殿がここへ来られたのか。』
『穏健派を取り込み、妖族との停戦を目指すために。』
ヴォランテは静かに首を横へ振った。
『停戦は目的ではありません。』
『あくまで通過点です。』
二人の視線がヴォランテへ集まる。
『魔皇様は、その先をご覧になっております。』
『妖族を我らの側へ引き入れること。』
『それが難しいとしても、少なくとも中立の立場を取らせ、我らを支援する状況を築くこと。』
『それこそが、魔皇様のお考えです。』
しばしの沈黙が流れた。
ラングエルドは感嘆したように息を漏らす。
『……さすがは魔皇様。』
『停戦だけでは終わらぬか。』
『数手先まで見据えておられる。』
『警戒しながら、妖族を取り込む。』
『実に見事なお考えだ。』
ゲクシーは豪快に笑い、ヴォランテの肩を軽く叩いた。
『難しい話は任せる。』
『戦闘が始まれば、俺が前へ出る。』
『だからヴォランテ、お前は背中を心配せず好きに動け。』
『俺とラングエルドで、この東方は守ってやる。』
ラングエルドも静かに頷く。
『外交には時間が必要だ。』
『その時間は、我らが稼ごう。』
ヴォランテは二人を見渡し、小さく微笑んだ。
『頼もしいお言葉です。』
『では、お二人のお力を存分に頼りにさせていただきます。』
そう言って立ち上がると、一枚の書簡を手に取る。
『さて……。』
『そろそろ動くとしましょう。』
『穏健派との接触準備は整っています。』
『ここから先は、私の役目です。』
司令部の窓から見える東の空は、どこまでも静かだった。
まだ剣は交わらない。
まだ戦火も上がらない。
だが、水面下ではすでに、国の未来を左右する外交戦が幕を開けようとしていた。
そして、その最前線に立つのは、
一人の参謀――ヴォランテであった。
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