4話ー⑦ 動揺と士気高揚
カシマシの巨体が、大地を揺らしながら崩れ落ちた。
轟音が戦場に響く。
その音を境に、獣族軍から一切の声が消えた。
『……。』
誰も動けない。
誰も目の前の光景を理解できなかった。
総大将カシマシ。
幾多の戦場を勝ち抜き、獣族最強とまで謳われた猛将。
その男が――。
『……一撃で?』
一人の兵士が震える声を漏らす。
『嘘だ……。』
『カシマシ様が……負けた……?』
『しかも……たった一撃で……。』
恐怖は瞬く間に広がっていく。
誰かが一歩後ずさる。
その一歩が、やがて十歩、百歩となり、獣族軍全体へ動揺が伝染した。
一方、魔族軍では静かな空気が流れていた。
歓声を上げる者はいない。
驚く者もいない。
ただ、一人の兵士が剣を掲げる。
『さすがは第一席……。』
その呟きを皮切りに、兵たちは次々と武器を掲げた。
『八冥王第一席、センチュリー様に続け!』
『進め!!』
『敵は崩れたぞ!!』
静かだった軍勢は、一気に闘志を燃え上がらせる。
その様子を見たヴィルフェイエは、妖艶な笑みを浮かべた。
『ふふ……。』
『勝負は決まりましたね。』
センチュリーは倒れたカシマシへ静かに一礼すると、戦場全体へ視線を向ける。
獣族軍の陣形は、もはや見る影もない。
総大将を失い、各部隊は連携を失っていた。
『ヴィルフェイエ。』
『はい。』
『今こそ好機です。』
ヴィルフェイエは優雅に頷く。
『では、兵たちの背中を押して差し上げましょう。』
彼女は前へ出ると、高らかに命じた。
『魔皇軍!!』
『敵は恐怖に飲まれています!』
『陣形を崩した敵を押し返しなさい!』
『ですが、決して隊列は乱してはなりません!』
その命令に合わせ、魔族軍は整然と前進を開始する。
逃げ惑う獣族兵を押し返し、着実に戦線を押し上げていく。
各部隊の指揮官たちも次々と命令を飛ばした。
『前進!』
『右翼、そのまま押し込め!』
『左翼、敵を包囲するな! 正面を維持しろ!』
獣族軍は次々と後退を始める。
『退け!!』
『総大将をお守りしろ!』
『これ以上は持ち堪えられん!』
しかし、その混乱を見てもセンチュリーは追撃を命じなかった。
彼はゆっくりと拳を下ろし、全軍へ静かに告げる。
『全軍、聞け。』
その低く響く声に、魔族軍は一斉に動きを止めた。
『我らの目的は、獣族軍を滅ぼすことではない。』
『獣族領内に橋頭堡を築くこと。』
『そして、その地を守り抜くことにある。』
一瞬の静寂。
続いて、センチュリーは力強く命じた。
『追撃は禁ずる。』
『深追いもまた禁ずる。』
『逃げる敵に惑わされるな。』
『各隊は予定地点まで前進し、防衛線を構築せよ。』
ヴィルフェイエも続けて命令を下す。
『工兵部隊を前へ。』
『周辺の警戒を厳重に。』
『斥候は森へ入り、敵の動きを逐一報告しなさい。』
『捕虜は生かして確保を。』
『彼らには、まだ役目がありますから。』
妖艶な笑みに、兵たちは静かに頷いた。
魔族軍は追撃を行うことなく、秩序を保ったまま進軍する。
周囲の森へ警戒部隊を配置し、見張り台を築き、木材を集め始める。
『柵を築け!』
『資材を運べ!』
『防壁を急げ!』
戦場だった平原は、次第に魔族軍の前線拠点へと姿を変え始めていた。
橋頭堡。
それは、獣族領攻略のための第一歩。
そして、この報せは間もなく獣族王国の首脳部へ届けられることになる。
西方戦線は、新たな局面へと動き始めていた。
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