4話ー② 八冥王第1席
獣族軍本陣。
広大な平原を埋め尽くす六万の軍勢は、魔皇軍五千を前にして士気に満ち溢れていた。
『魔族は五千だ!』
『数で押し潰せ!』
『一気に踏み潰せぇ!!』
獣族兵たちの咆哮が戦場を震わせる。
その様子を本陣から見つめる一人の将がいた。
獣族軍総大将――カシマシ。
歴戦の名将として数多の戦場を勝ち抜いてきた男である。
隣に控える副将が笑みを浮かべた。
『総大将、この戦は勝ったも同然ですな。』
しかし、カシマシは首を横に振る。
『……いや。』
『五千で攻め込んでくる軍など、まともではない。』
『何かある。』
副将は怪訝そうな表情を浮かべる。
『ですが、兵力差は十二倍です。』
『だからこそだ。』
ガルドは魔族軍の先頭を見据える。
『あの将……微動だにしておらぬ。』
『六万を前にしてなお、恐れも焦りも見えん。』
『あれが指揮官か……。』
その視線の先。
崖の上ではセンチュリーが静かに獣族軍を見下ろしていた。
風が漆黒の外套を揺らす。
その隣にはヴィルフェイエ。
『随分と元気ですねぇ。』
彼女は楽しげに微笑んだ。
『ええ。』
『実に結構です。』
センチュリーは淡々と答える。
『戦意が高い軍ほど、崩れた時の動揺は大きい。』
ヴィルフェイエは口元を隠し、小さく笑う。
『ふふっ……相変わらず容赦がありませんね。』
その時だった。
獣族軍から一斉に角笛が鳴り響く。
ブォォォォォッ――!!
『総攻撃!!』
『敵を押し潰せぇぇぇ!!』
六万の獣族軍が大地を蹴る。
その巨体が一斉に駆け出すと、大地そのものが揺れ始めた。
木々が震え、鳥たちが一斉に飛び立つ。
砂煙が舞い上がり、まるで土砂崩れのような勢いで獣族軍が迫る。
それでも魔皇軍は動かない。
五千の兵が、静かにその場に立ち続けていた。
一人の若い兵士が思わず息を呑む。
『センチュリー様……。』
『まだでしょうか……。』
センチュリーはゆっくりと前へ歩き出す。
『まだだ。』
ただ、その一言だけ。
歩みは変わらない。
焦りもない。
恐れもない。
やがてヴィルフェイエが微笑みながら問いかける。
『私も前へ出ましょうか?』
『必要ない。』
『今回は私一人で十分だ。』
その言葉に周囲の兵たちは誰一人驚かなかった。
第一席がそう言うなら、それが事実だからだ。
センチュリーは崖の先端へ立つ。
眼下では獣族軍が怒号を上げながら迫ってくる。
距離、およそ数百メートル。
彼は静かに右拳を握った。
『見せて差し上げましょう。』
ヴィルフェイエが妖艶な笑みを浮かべる。
『第一席の武を。』
センチュリーは腰をわずかに落とす。
そして――
拳を、空間へ叩きつけた。
『――ブロークンインパクト。』
バキィィィンッ!!
まるで世界そのものに亀裂が走ったかのような音が響く。
拳の前方の空間が砕け散り、目には見えぬ衝撃が一直線に獣族軍へ襲いかかった。
轟音。
爆風。
大地がめくれ上がり、先頭を走っていた獣族兵たちが宙へと吹き飛ぶ。
衝撃は止まらない。
一直線に進みながら地面を抉り、巨大な裂け目を刻んでいく。
土煙が天高く舞い上がり、獣族軍の先鋒は跡形もなく吹き飛ばされていた。
『なっ……!?』
『何だ今のは!?』
『法術じゃない!!』
『拳だけで、こんな威力だと……!?』
獣族軍に動揺が走る。
本陣から見ていたカシマシも、初めて目を見開いた。
『……馬鹿な。』
『拳圧だけで軍を吹き飛ばしたというのか。』
戦場が静まり返る。
センチュリーは何事もなかったかのように拳を下ろした。
『さて。』
静かな声が風に乗る。
『始めようか。』
その一言を合図に、五千の魔皇軍が一斉に前進を開始した。
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