3話ー⑧ 手のひらの上で踊る
静寂に包まれた魔王城バルルモラ。
玉座の間には、魔皇ヴァンキッシュと、その傍らに控える参謀ヴォランテだけがいた。
重苦しい空気の中、ヴォランテが一歩前へ進み、静かに頭を下げる。
『魔皇様。各戦線より報告が届いております。』
玉座へ深く腰掛けたヴァンキッシュは、肘を掛けたまま静かに答えた。
『申せ。』
『北方戦線は現在膠着状態です。』
『レヴァンテ魔将を総大将とし、第六席ヴェゼル、第七席コアードが合流。聖族国家連合との戦いは互角を保っております。』
ヴァンキッシュは目を閉じたまま小さく頷く。
『予定通りだ。』
『はい。敵は兵数で勝り、我らは兵の質で勝る。容易には均衡は崩れません。』
『ヴェゼルは。』
『見事に役目を果たしております。法術により敵へ大きな損害を与え、戦場そのものを書き換えました。』
『コアードは未だ本領を発揮しておりません。敵の主力へぶつける機を待っております。』
『焦る必要はない。』
ヴァンキッシュは静かに言葉を落とす。
『切り札とは、使うためにあるのではない。』
『勝つために使うものだ。』
『御意。』
ヴォランテは再び頭を下げた。
『西方戦線も予定どおり進行しております。センチュリー様、ヴィルフェイエ様が軍を率い、獣族を牽制しております。』
『東方方面は。』
ヴァンキッシュの問いに、ヴォランテはわずかに表情を引き締めた。
『妖族は依然として危険な動きを見せております。』
『しかし、大規模な軍事行動には至っておりません。』
『……例の件は。』
ヴォランテは小さく笑みを浮かべる。
『順調に進んでおります。』
『現在も我が密使が妖族幹部との接触を続けております。』
『表立って動くことはできませんが、少しずつこちらへ理解を示す者も現れ始めました。』
ヴァンキッシュは静かに玉座の背へ身を預ける。
『急ぐな。』
『外交とは剣より遅く、剣より強い。』
『一日で築ける信頼など存在しない。』
『時間を味方につけよ。』
『承知しております。』
ヴォランテは深く一礼した。
少しの沈黙。
やがてヴァンキッシュが再び口を開く。
『賢族はどうだ。』
その問いだけは、ヴォランテも即答しなかった。
『……聖族へ知略を授けております。』
『さらに、小人族も兵糧、武具をはじめとした物資支援を継続しております。』
『予想通りか。』
ヴァンキッシュの表情は変わらない。
『ですが賢族内部の詳細までは掴めておりません。』
『森に籠る種族ゆえ諜報が難しく、我らの密偵も深部までは潜入できておりません。』
ヴァンキッシュは静かに目を閉じた。
『賢族は慎重だ。』
『一度決断すれば揺るがぬ。』
『だが――決断するまでが長い。』
ヴォランテは頷く。
『それが唯一の救いにございます。』
『聖族もそれを理解している。』
『ゆえに外交を重ね、賢族を戦へ引き込もうとしているのでしょう。』
『……そうだ。』
ヴァンキッシュは静かに立ち上がる。
長い外套がゆっくりと揺れた。
玉座の間へ重い足音だけが響く。
『敵は盤面を広げようとしている。』
『ならば我らも盤面そのものを書き換える。』
ヴォランテはその言葉を聞き、わずかに口元を緩めた。
『すでに、その布石は打っております。』
『ふっ……。』
ヴァンキッシュは僅かに笑みを浮かべる。
『お前は期待を裏切らんな、ヴォランテ。』
『恐れ入ります。』
『私は、魔皇様のお考えを形にしているに過ぎません。』
ヴァンキッシュは窓の外へ視線を向けた。
広大な魔国アーストン。
その先では、今も幾万の兵が命を懸けて戦っている。
『戦とは、剣だけで勝つものではない。』
『知略、外交、謀略……そのすべてを制した者だけが世界を手にする。』
その黄金の瞳には、揺るぎない覇道への意志が宿っていた。
そして魔皇は静かに告げる。
『さて――次の盤を見せてもらおうか。』
最後までお読みいただき、ありがとうございました。もし「続きが気になる」「おもしろい」と思ってくださったら、ページ下部の【ブックマークに追加】や、評価の値【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると、毎日の執筆と更新の大きな励みになります!次回は、明日【21:00】に更新します。




