3話ー⑦ 暗躍する
互いに軍を引き、戦線は再び静寂に包まれていた。
ヴェゼル、レヴァンテ、コアードの三人は前線へ立ち、眼前に広がる戦場を静かに見渡す。
開戦前には悠々と流れていた河川は、その姿を大きく変えていた。
雷撃が大地を抉り、爆炎が岸を砕き、幾千もの法術がぶつかり合ったことで、川幅は広がり、流れは変わり、至る所に巨大な窪地が生まれている。
本来は河川であった場所は濁流となって穴へ流れ込み、新たな水路すら形成していた。
さらに、聖戦士と魔族の将が激突した場所には、剣戟だけでは生まれ得ないほどの深い裂け目や砕け散った岩肌が残されている。
その光景は、この戦いがいかに激しかったかを雄弁に物語っていた。
『……まるで別の場所ですね。』
ヴェゼルは静かに呟いた。
レヴァンテも深く頷く。
『戦場を見慣れた私ですら、この変わり様には驚きを隠せません。』
コアードは崩れた河岸を見つめたまま短く言う。
『次は戦いやすい。』
ヴェゼルは小さく微笑んだ。
『そうとも限りません。』
『戦場が変われば、策も変わります。昨日まで安全だった場所が、今日は死地になることもある。』
『地形とは、最も雄弁な敵であり味方でもありますから。』
レヴァンテは腕を組み、ゆっくり息を吐く。
『援軍を得た聖族は兵力で勝り、こちらは兵の質で対抗している。』
『互いに決め手を欠き、戦況は膠着しておりますな。』
『ええ。』
ヴェゼルは対岸へ視線を向けた。
『しかし、この膠着は均衡ではありません。』
『いつ崩れてもおかしくない、不安定な均衡です。』
『次に動いた者が、この戦線の主導権を握るでしょう。』
三人は言葉を交わすことなく、静かに敵陣を見つめ続けた。
その静寂の裏で――世界はなお動き続けていた。
◇ ◇ ◇
場面は変わる。
聖族国家連合評議会。
三十を超える聖族諸国が加盟する、連合最大の意思決定機関である。
軍事、外交、経済。
連合の重要事項は、すべてこの評議会で決定されると言っても過言ではない。
その中でも、特に国力と発言権を持つ七カ国は『上位七カ国』と呼ばれ、他の二十三カ国を大きく上回る影響力を有していた。
魔国最前線を担うイーリギスも、その一国である。
重厚な扉が閉ざされた会議室。
そこには七カ国の代表のみが集められていた。
『北方戦線は依然として膠着しております。』
一人の代表が口火を切る。
『兵数では我らが優勢。しかし魔族の兵は質が高く、八冥王の存在も無視できません。』
別の代表も続けた。
『小人族からの物資支援は順調です。兵糧や武具の不足は当面心配ありません。』
『補給面は問題なし、ということですな。』
『はい。しかし、それだけでは決定打にはなりません。』
部屋に沈黙が流れる。
やがて、イーリギス代表がゆっくりと口を開いた。
『ならば、盤面そのものを変えましょう。』
全員の視線が集まる。
『賢族です。』
その一言に、空気がわずかに張り詰めた。
『賢族……。』
『彼らをこちら側へ本格的に引き込めれば、魔族はさらに苦境へ立たされるでしょう。』
『外交使節からの報告では、賢族の反応は決して悪くありません。』
『あとは決断だけ、ということか。』
『ええ。』
イーリギス代表は静かに頷いた。
『だからこそ、交渉を続ける価値があります。』
『賢族が兵を動かした時、反魔族戦線は大きく前進する。』
一人の代表が低く呟く。
『魔国はすでに複数方面へ兵力を割いている。』
『そこへ新たな圧力が加われば、いずれ綻びは生まれるでしょう。』
誰一人として異論を唱える者はいなかった。
世界は、戦場だけで動いているのではない。
外交もまた、一つの戦いである。
一つの言葉が、一つの決断が、数万の兵の命運を左右する。
そして、この密議が――
やがて世界を大きく広げていくことになる。
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