3話ー③ 開戦
夜明けの北方戦線。
川を挟んで対峙する両軍は、法術の応酬によって大地を揺らしていた。
右翼では、第六席ヴェゼル麾下の軍勢を、副官ロクスナナが指揮している。
『右翼、前進は最小限に! 法術部隊との距離を維持しろ!』
『盾兵、前へ! 法術師を守れ!』
ロクスナナの的確な指示が次々と飛び、右翼は乱れることなく陣形を保っていた。
一方、左翼では、第七席コアード麾下の軍勢を副官ラカロが率いる。
『焦るな! 合図があるまで前へ出るな!』
『コアード様がお動きになる時こそ勝負だ!』
兵たちは固く槍を握り締め、その時を待ち続けていた。
中央では総大将レヴァンテが全軍を見渡している。
その少し後方。
ヴェゼルは静かに杖を掲げ、戦場を見つめていた。
『……頃合いですね。』
レヴァンテが横目で尋ねる。
『次の一手ですか。』
『ええ。敵も法術戦に慣れ始めています。ならば、少し刺激を与えましょう。』
ヴェゼルは優雅に微笑み、兵たちへ振り返る。
『皆さん、よくご覧ください。』
『これが私の最も得意とする雷撃法術です。』
その声は穏やかだった。
しかし次の瞬間、空気が一変する。
『――ライトニングレイン。』
黒雲が戦場の上空を覆う。
無数の稲妻が雨のように降り注ぎ、聖族軍の陣地を容赦なく撃ち抜いた。
轟音が響き渡る。
地面が裂け、兵たちが次々と吹き飛ばされる。
『ぐあああっ!』
『雷だ! 退避しろ!』
悲鳴が戦場を包む。
ヴェゼルは表情一つ変えない。
『まだ終わりではありません。』
杖を再び掲げる。
『――ドラゴニックボルト。』
龍が天を駆けるかのように、稲妻が大きく弧を描きながら敵陣へ走る。
着弾と同時に雷光が大地を這い、円を描くように四方へ広がった。
『なっ……! 足が!』
『動けん……!』
電撃を浴びた兵たちは身体を痺れさせ、その場へ崩れ落ちる。
レヴァンテも思わず目を見張った。
『これほどの威力とは……。』
ヴェゼルは小さく微笑む。
『敵の足を止めるだけでも十分です。』
『戦とは、力だけで勝つものではありませんから。』
戦場一帯は雷撃によって巻き上げられた土煙に覆われた。
視界は完全に閉ざされる。
兵たちは固唾を飲んだ。
『……決まったか。』
誰かがそう呟いた、その時だった。
ズシン――。
重い足音が響く。
土煙の奥から、一つの巨大な影がゆっくりと姿を現す。
巨大なハルバードを肩へ担ぎ、全身から凄まじい闘気を放つ男。
聖戦士――ラスゴーグ。
『……こんなものか。』
低く響く声とともに、ハルバードを一振りする。
猛烈な風圧が土煙を吹き飛ばし、その姿が戦場に現れた。
ヴェゼルの目が僅かに見開かれる。
『……あの法術を受けて、無傷ですか。』
ラスゴーグは不敵に笑う。
『八冥王と聞いていたが、この程度とはな。』
『次は俺が行くぞ。』
その巨体が地を蹴る。
一直線にヴェゼルへ向かって駆け出した。
しかし、その進路を遮るように一人の魔族が前へ出る。
『そこまでです。』
レヴァンテ配下の猛将――ジセンニティ。
静かに剣を抜き、ラスゴーグへ向けた。
『ここは私にお任せください。』
『レヴァンテ様の配下も、伊達ではないことをお見せしましょう。』
ラスゴーグは口元を歪める。
『面白い。』
『ならば、お前から叩き潰してやる。』
次の瞬間。
剣とハルバードが激しくぶつかり合い、戦場に甲高い金属音が響き渡った。
北方戦線最初の本格的な武人同士の激突が、今まさに幕を開けようとしていた。
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