3話ー② 開戦
夜明けとともに、戦場が静かに動き始めた。
両軍は川を挟んだまま睨み合いを続けている。
先に動いたのは斥候部隊だった。
『敵軍、中央に動きなし!』
『左翼、右翼ともに布陣を維持しております!』
『敵斥候部隊、接近!』
報告が次々と本陣へ届けられる。
レヴァンテは腕を組み、ヴェゼルへ視線を向けた。
『敵は動きませんな。』
ヴェゼルは静かに頷く。
『ええ。当然です。』
『こちらが不用意に川を渡れば、渡河中を狙われます。逆に敵も同じことを考えているでしょう。』
『名将同士の戦いとは、まず相手の一手を待つことから始まります。』
レヴァンテは小さく笑う。
『まさしく読み合いですな。』
ヴェゼルは地図へ目を落とした。
『読み合いは正面だけではありません。』
細い指が川の上流をなぞる。
『もし私が敵将なら、上流から迂回させる部隊を用意します。』
続いて下流を指す。
『あるいは下流です。戦場は、目の前だけとは限りません。』
レヴァンテはすぐさま副官へ命じる。
『上流、下流へ斥候隊を追加。騎兵も配置しろ。』
『はっ!』
命令を受けた兵が駆け出していく。
ヴェゼルは満足そうに微笑んだ。
『これで敵も動きにくくなります。』
『動けば見つかる。』
『動かなければ均衡が続く。』
『だからこそ、敵もこちらの出方を窺っているのです。』
その頃、対岸の聖族国家連合本陣。
ロンダンもまた同じ結論へ辿り着いていた。
『上流にも兵を送れ。』
『下流も監視を怠るな。』
『魔族にも知将がいる。正面だけを見ていると思うな。』
伝令が一斉に駆け出していく。
川沿いには次々と斥候が送り込まれ、小競り合いが各地で始まっていた。
短剣が交わり、矢が飛ぶ。
しかし、どちらも深追いはしない。
互いに欲しいのは敵兵の首ではない。
情報だった。
ヴェゼルはその報告を静かに聞いていた。
『やはり……。』
『敵も同じ考えですね。』
『さすがは連合軍を率いる名将。』
『容易く罠へ飛び込む相手ではありません。』
レヴァンテが尋ねる。
『このまま様子を見るべきでしょうか。』
ヴェゼルは少しだけ考え、小さく笑みを浮かべた。
『いいえ。』
『均衡とは、先に崩した者が主導権を握ります。』
『ですが、本隊を動かすにはまだ早い。』
『ならば――少しだけ戦場へ挨拶をするとしましょう。』
レヴァンテが微笑む。
『ヴェゼル様らしい。』
ヴェゼルは軍勢をレヴァンテへ任せると、一歩前へ出た。
その姿に兵たちの視線が集まる。
彼女は静かに杖を掲げ、ゆっくりと息を吸った。
『私も八冥王。』
『武の心得がないわけではありません。』
『ですが……。』
『私は剣を振るうより、法術で戦場そのものを支配する方が性に合っています。』
その瞳が敵軍を捉える。
『前へ出れば危険でしょう。』
『ならば後方から敵を崩せばいいだけの話です。』
口元に妖艶な笑みが浮かぶ。
『では――始めましょう。』
『サンダーボルト。』
轟音が戦場へ響き渡った。
青白い雷が天を裂き、一条の稲妻となって敵陣へ落ちる。
大地が震え、土煙が舞い上がる。
たった一撃。
それだけで敵陣には悲鳴が上がった。
『八冥王の法術だ……!』
『距離が届くのか!?』
聖族兵が動揺する。
ヴェゼルは静かに杖を下ろした。
『続きなさい。』
その一言を合図に、魔国軍法術部隊が一斉に詠唱を開始する。
無数の火球。
風刃。
氷槍。
雷撃。
数百もの法術が空を埋め尽くし、戦場は一瞬にして光と轟音に包まれた。
それを見た聖族国家連合軍の法術士たちも詠唱を始める。
『迎え撃て!』
『法術部隊、応戦開始!』
次の瞬間。
両軍の法術が空中で激突し、北方戦線最初の戦いが幕を開けた。
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