2話ー⑤ 北方戦線
川を隔てた対岸――。
聖族国家連合本陣。
白き軍旗が北風にはためき、幾重にも張られた天幕の中央では、一つの軍議が開かれていた。
長机を囲むのは、魔国と国境を接するイーリギス王国をはじめ、援軍として駆け付けた三国の将たち。
しかし、その場に漂う空気は重かった。
『左翼へ兵を厚く配置すべきです。』
『いや、魔族は中央突破を狙ってくる。中央へ集めるべきだ。』
『補給線を優先しなければ長期戦は――』
それぞれが己の正論を口にする。
誰の意見も間違ってはいない。
だが、それぞれが自国の事情を背負っている以上、容易に結論は出なかった。
連合軍――。
それは強大な軍勢であると同時に、多くの思惑を抱える寄り合い所帯でもあった。
議論は堂々巡りを続ける。
まるで時だけが過ぎていくかのようだった。
その時だった。
『――もう十分だ。』
低く、よく通る声が軍議の間に響いた。
一人の男が静かに立ち上がる。
イーリギス王国戦士団長――ロンダン。
幾多の戦場を潜り抜けた歴戦の将。
屈強な体躯には無数の古傷が刻まれ、その鋭い眼光だけで場の空気が張り詰める。
誰もが口を閉ざした。
ロンダンは卓上の地図へ視線を落とす。
『諸君。』
静かな声だった。
しかし、その一言には将としての重みがあった。
『意見を交わすことは大切だ。だが、敵は我らが結論を出すのを待ってはくれん。』
誰も反論しない。
『連合軍とはいえ、戦場では一つの軍である。』
その瞳が各国の将を見渡す。
『ならば、この戦は私が指揮を執る。異論はあるか。』
沈黙。
やがて、トニエスア軍団長タンリが静かに頷いた。
『……ありません。』
続いてビアラト軍団長リーガ。
『イーリギスの戦士団長殿の指揮に従います。』
アニリトア軍団長リイヴスニユも口を開く。
『貴殿の武名は我が国にも届いております。お任せしましょう。』
ロンダンは短く頷く。
『感謝する。』
そして地図の中央へ手を置いた。
『兵力は総勢五万。』
『中央に我がイーリギス軍二万を配置する。』
『左翼一万、右翼一万は各国混成軍。』
『さらに本陣には一万を遊撃として残す。』
タンリが尋ねる。
『遊撃を一万も残されるのですか。』
『ああ。』
ロンダンは迷わない。
『敵だけが脅威ではない。』
その一言で全員が理解した。
連合軍である以上、万が一の混乱や戦線崩壊にも即応しなければならない。
そのための一万だった。
『今回は幸いにも、諸君は我が国と友好関係にある。』
『だからこそ、この布陣が可能なのだ。』
リーガが静かに笑う。
『信用されているということですかな。』
『信用とは戦場で築くものだ。』
ロンダンは即座に返した。
『諸君の働きに期待している。』
その言葉に、各国の将は力強く頷く。
やがて、本陣の幕が開く。
四人の男女が姿を現した。
聖戦士バガーミンム。
聖戦士ラスゴーグ。
聖法術士ヴァプルーリ。
聖法術士リーズ。
いずれも一騎当千と謳われる、イーリギス最強の精鋭である。
『ロンダン様。』
バガーミンムが一礼する。
『いつでも出陣できます。』
『中央戦線に集結せよ。』
『魔族最強格の将が現れようとも、突破する。』
『はっ!』
四人は力強く応えた。
ロンダンは天幕の外へ歩み出る。
その先には、大河を挟んで静かに布陣する魔族軍。
無数の黒き軍旗が風になびいていた。
『魔族か……。』
ロンダンは静かに剣の柄へ手を添える。
『歴戦の将であるこのロンダンがいる限り、この戦線は破らせん。』
北風が強く吹き抜ける。
その視線の先では、魔族軍もまた静かに開戦の時を待っていた。
両軍五万と三万。
互いの誇りと命運を懸けた戦いは、まさに始まろうとしていた。
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