第七話 残酷な現実
「君……もしかして、赤崎尚也くん?」
「……誰ですか?」
「あ、驚いたよね。ごめん」
その人はズボンのポケットから警察手帳を取り出して、俺に見せた。
「捜査一課の、二条です。君は、赤崎尚也くんだね?」
「はい……あの、何があったんですか?」
「詳しい話は、ここではできないんだ。申し訳ないけど、警察署へ来てもらう必要がある」
「なんで? 父さんと母さんは? ユイは? みんな、そこにいるの?」
「それも、後で話すよ」
二条と名乗った刑事は、何も答えてくれなかった。
嫌な予感がして、また心臓がドクンと跳ねる。ここで話せないということは、何か事件が起きたのだ。
「なあっ! みんな、無事なんだよな!?」
「尚也くん。ここでは話せないんだ。警察署へいこう」
二条さんは険しい顔をしていて、不安がどんどんふくらんでいく。でも、この場では何も答えてくれないんだと、理解した。
俺がうなずくと、二条さんはホッとしたように息を吐く。
不安を押し殺して、二条さんの後に続いた。表に出てパトカーに乗りこむと、近所の人たちが俺を見て、ひそひそと話すのが見える。
俺は、何も悪いことはしてないんだ。
うつむきそうになる顔を、グッと上げる。
しっかりしなきゃ。俺は長男なんだから。
そう自分に言い聞かせて、二条さんと共に警察署へ向かった。
初めて足を踏み入れた警察署は、慌ただしい様子だった。案内されたのは、想像していたような取調室じゃなく、小さな畳の部屋だ。クーラーが効いていて、扇風機も回っている。外の暑さが嘘みたいに涼しい。
二条さんと同じように、靴を脱いで上がった。
勧められた座布団にすわると、女性の警察官がお茶を運んできてくれた。目の前に湯飲みがおかれる。正面に座る二条さんが、先にひと口飲んだ。
「あちっ!」
「……」
「あ、ごめんね! オレ、猫舌で!」
「いえ」
「てか、ジュースの方がよかったよね? 買ってこようか!」
二条さんは慌てて立ち上がろうとして、ガンッと座卓に足を打ちつけた。
「いってぇ!」
「大丈夫ですか?」
「う、うん。ごめんねっ」
打ち所が悪かったのか、泣きそうな顔だ。
刑事なんて怖いイメージしかなかったけど、二条さんは、お兄さんって感じがする。新米刑事なのかな。
「尚也くん、熱いお茶はイヤだろ? やっぱりジュース買ってくるよ」
「いえ、おかまいなく」
「遠慮しなくていいよ?」
二条さんが足を擦りながら、ニコッと笑う。
間抜けな一面をみたせいか、緊張がすこし和らいだ。
けど、すぐに別の刑事がやってきた。父さんと同じ歳くらいの中年の刑事は、厳しい顔で二条さんの隣に座った。
「遅くなってすまない。捜査一課のカクタだ」
「カクタさんは、オレの先輩だよ。顔は怖いけど、良い人だから安心して」
二条さんがそう言った横で、カクタ刑事がムッとするのが見えた。
けど、二条さんを咎めることなく、本題に入る。
「赤崎君。急なことで混乱しているだろうが……今の時点で分かっていることを話す」
「はい」
「君のご両親と、妹さんは……本日、亡くなった」
「えっ?」
聞き間違いだと思った。
だって、朝はみんな元気に笑ってた。
「な、亡くなったって……なんで!?」
「何者かが住居に侵入した痕跡がある。現場で、凶器も見つかった」
「きょうき?」
何を言われたのか、よく分からなかった。
カクタ刑事は、声を落として続けた。
「君のご家族は……刃物で刺された跡が確認されている」
遠回しなカクタ刑事の言葉に、苛立ちと恐怖で、冷や汗が出る。
心臓の音が激しくなって、ドクンドクンとうるさく響いた。
「……っ、……こ、……殺された、の?」
問いかける声は、扇風機の音で消えてしまいそうだった。
二条さんが、くしゃりと顔を歪めるのが見える。
カクタ刑事が、歯を食いしばるのも見えた。
みんなが、殺された?
ウソだって思いたかった。
でも、店の前に張られた、立ち入り禁止のテープ。たくさんの警官たち。さっき見た光景が、現実だと告げている。
父さんも母さんもユイも……もう、二度と会えない。
残酷な現実だけは、なぜか、はっきりと分かってしまった。
目の前がグラグラと揺れる。
「な、なんでっ!? だれが!?」
「犯人は逃走中だ。現在、全力で行方を追っている」
「……っ」
犯人……俺の家族を殺した奴がいる?
体が震えて、冷たい汗が背中を伝う。さっきから、ドクンドクンと心臓の音がうるさい。
「なんで……なんで? なんで、なんでッ!?」
「尚也くんっ」
「なんでだよ! なんで、殺されなきゃいけないんだよ!!」
バンッと座卓を叩いた。




