第六話 最後の夏休み
人の店で酒飲みながら話すのが好きなんだって、前にそう言ってた。まあ、うちの常連さんが、キャバクラのママだから、付き合いもあるんだろうけど。
「ユイちゃん。お父さんはゼリーいらないんだって。あとでまた食べようね」
「やった~! おとーさん、ありがとう!」
「あっ、オレのゼリーが!」
父さんは悲しそうな顔をしたけど、ゼリー一つで許してもらえるなんて、母さんは父さんに甘いよね。
そんな他愛ない話をしながら、父さんと仕込みを続ける。
母さんとユイがカウンターから厨房を眺めて、あれこれと話しかけてくる。
「ナオちゃん。お盆休みは、空いてるわよね?」
「うん。あ、でも最後の日は、友達から遊園地にいこうって誘われたんだ」
「お、遊園地か! 行ってこい!」
「ゆーえんち! 行きたい~!」
「あ、ごめん、ユイ。その日は友達と行くから、ユイは連れて行けないんだよ」
「えーっ!」
ユイが不満そうな顔で、にらんでくる。
怒ってるんだろうけど、ぷくっと頬を膨らませてる姿が、リスみたいで可愛かった。
「ユイもいく~!」
大声を上げるユイを、母さんがなだめる。
「じゃあ、ユイちゃん。お盆休みはみんなで、動物園に行こうか?」
「やだ~。このまえ、いったもん!」
ユイは大きく首を横に振った。
すると、母さんが思い出したように言う。
「あら。そういえば、保育園の遠足で行ったのよね」
「うん。えんそく! キリンさん、おおきかったよ!」
ユイは両手を広げて、キリンの首が長かったと話してくれる。
三つ編みを揺らしながら、ゾウやトラもいたのだと、楽しそうにしゃべるので、動物園が気に入ったみたいだ。
だけど、お出かけは、新しい場所に行きたいらしい。
「他の場所ねぇ」
「母さん、水族館は?」
「すいぞくかん?」
俺の提案に、ユイが興味を示す。
母さんも、名案だとばかりに手を打った。
「そうね。水族館には、お魚がたくさんいるのよ。イルカも見れるんだって」
「そうそう。シロクマもいるぞ~」
「ちょっと! シロクマはいないでしょ!」
父さんがまた適当なことを言って、母さんに怒られてる。
けどユイは、水族館に心惹かれた様子で「行く!」と手を挙げた。
「ユイちゃん。みんなで水族館に行こうね」
「うん!」
ユイの機嫌が直って、母さんはホッとしたようだ。
「おにーちゃん、すいぞくかん、いこーね!」
「うん。お盆休みにいこうな」
ニコニコと嬉しそうなユイに、そう約束した。
それから、朝の仕込みをしながら、みんなでいろんな話をした。
お調子者の父さんと、しっかり者の母さん。小さくて可愛いユイ。
俺の大好きな家族。
みんなと過ごした最後の夏休みは、今でも忘れられない、大切な思い出だ。
+ + +
お盆休みに入ると、約束通り、家族で水族館へ行った。
ユイは、イルカのショーを気に入って、ぬいぐるみまで買ってもらっていた。父さんは熱帯魚を眺めながら、「こいつら、うまいのかなぁ」なんて言って、母さんに怒られてた。
そして、カフェクローバーのお盆休み最終日。俺は、友達と約束していた遊園地に、遊びに出かけた。
バッグは、いつものお気に入りの、茶色のスエードで切り替えが入った、赤いナイロンショルダーだ。飲みかけのペットボトルと財布、ハンカチ。いちおうゲーム機も滑りこませた。道中で聴くための、手のひらサイズの音楽プレーヤーも放りこむ。
一緒に行くのは、小学校からの友達と、中学校で仲良くなった友達を合わせた、数人の仲良しグループ。夏休みに入る前に、皆で計画を立ててたから、すごく楽しみだった。
家を出る前は、ユイが駆けよってきて「ユイも行きたい~」と駄々をこね始めて大変だった。母さんがユイをなだめている間に、急いで家を出る。
駅前で友達と待ち合わせして、電車で遊園地へ向かう。
ふだんは、幼いユイの相手ばかりしているから、同い年の男子と遊ぶのは楽しかった。人気のジェットコースターに何回も乗って、思いきりはしゃいだ。
帰りも、最寄り駅で友達と別れて、夕方には家に帰りついた。
だけど、なぜか店の前にはパトカーが止まっていた。立ち入り禁止の黄色いテープが貼ってある。警察の人が何人も、険しい顔で出入りしている。歩道には野次馬も集まっていて、スマホで写真を撮ったり、動画を撮ったり、ざわざわと騒がしい。
「ぇ……なに?」
物々しい雰囲気に、心臓がドクンと大きく跳ねた。
店で何かあったのだと思ったけど、今日は休業日だ。急いで路地裏へ回って、裏の勝手口へ向かった。
「あっ」
勝手口の前にも、短髪の若い男性が立っていた。半袖のワイシャツにネクタイを締めている。暑いのか、ハンカチで汗を拭っていた。
俺を見て、驚いた顔になる。




