表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/12

第五話 家族の時間




 ユイは三つ編みにした髪を揺らして、ニコニコと笑う。もう五歳になったユイは、兄の俺が言うのもなんだけど、すごく可愛い。俺と同じ、ぱっちりした大きな瞳だし、ぷるっとした唇は母さんに似てる。

 大きくなったら、きっと美少女になるだろうな。

「ナオちゃんは、舌もいいのよねぇ。私に似たのね」

 母さんが得意気な顔で、俺を見た。母さんは童顔で大人しそうに見えるけど、テキパキした性格で、ちょっと気が強い。そのギャップがいいんだって、父さんは酔っ払うたびに熱く語る。

 そんな母さんは、俺やユイのことを、大げさなくらいに褒めてくれるんだ。

「ナオちゃん、ちょっと教えただけで、すぐ覚えちゃうんだもの。天才よね」

「母さんが作ってるのを、いつも見てるからだって」

 店で出す料理は父さんが作るけど、俺たち家族のご飯は、母さんが作る。俺はいつも、母さんの手伝いをしているから、包丁には慣れているのだ。

「いつも助かってるわ。ナオちゃんには、お菓子作りも覚えて欲しいくらいよ」

「母ちゃんのデザートは、絶品だからな!」

 父さんが胸を張って、誇らしげに言う。

 本当に、母さんのこと好きだよな。

「二人とも、一休みしたらどう?」

 母さんが冷蔵庫から麦茶を出して、グラスに注いでくれる。

「ありがと、母さん!」

「母ちゃんの麦茶はうめぇな!」

「ただの麦茶よ」

 大げさに喜ぶ父さんに、母さんは呆れた声で返す。

 俺と父さんが厨房で一休みしていると、ユイの歓声が聞こえた。

「おいしーっ!」

「え、ユイ? なに食べてるの?」

「モモゼリーだよ。ママのてづくり~」

 透きとおったゼリーの中に、淡いピンクの桃がごろっと入っている。

「あ、いいなぁ。母さん、俺にもちょうだい!」

「ダメよ。ゼリーは店に出す分だから。余ったらね」

「えーっ! 母さんのデザート、すぐ売り切れるじゃん」

「母ちゃんのは大人気だからなぁ。午前中でなくなるぞ?」

 父さんも、焦ったように言う。

 店のメニューにあるデザートは、業務用のものを仕入れて出すけど、ときどき、母さんの手作りデザートが並ぶ。母さんはパティシエとして働いてたこともあって、どのデザートも本当においしいのだ。

「ユイだけずるいよ。俺も食べたいっ」

「しょうがないわねぇ。父さんとナオちゃんの分も、一つずつ取っておいてあげるわよ」

 母さんはそう言いながらも、嬉しそうな顔をしている。

 うちは洋食屋をやってるから、いつもバタバタしてる。

 でも今日は、七月下旬の日曜日で、俺は夏休みに入ったところだ。ユイは保育園がお休みだから家にいる。朝の仕込みの途中だけど、こんなふうに家族がみんな集まって過ごす時間は、久しぶりなんだ。

「ナオ、野菜炒めるぞ~」

「あ、うんっ」

 別の鍋では、刻んだタマネギが油の中でじわじわ色を変えている。父さんが、焦がさないように木べらで混ぜる動きは、職人って感じだ。

 じゅわ、という湿った音が軽くなる。

「この音、分かるか?」

 父さんに言われて、俺はジッと耳を澄ませる。

 大量のタマネギはしんなりして、匂いが甘く変わっていく。

「ん~、なんとなく?」

「お、何となくでも分かるのか! すごいぞ!」

 父さんが笑いながら、鍋に肉を戻して水を注ぐ。

 火を弱め、蓋をすると、こんなことを言った。

「コイツはな、急ぐと拗ねるんだぞ」

「すねる? ビーフシチューなのに?」

「料理ってのは、ただの肉や野菜の塊じゃねぇんだよなぁ」

「え~、そうなの?」

「そうだって。拗ねたり、そっぽ向いたりするんだぞ?」

「うそだ~」

 父さんは、よく冗談を言う。だから、適当に言ってるんだと思ったけど、自信満々な顔で、胸を叩いた。

「本当だぞ? オレの師匠も、そう言ってたからな!」

「師匠って、フランス人の?」

「そうだ。ドナルド・キャバクラっていうオッサンでな」

「ちょっと。ドミニク・ギヤール先生でしょう?」

 そこに、母さんのツッコミが入った。

 父さんと母さんは、同じ調理師専門学校に通っていたのだ。

「お、それそれ。ドミニクな」

「いい加減に、先生の名前くらいちゃんと覚えたら?」

 母さんの呆れ顔にも、父さんはヘラヘラ笑っている。

「いや~、カタカナの名前は、覚えにくいからな~」

「それに、キャバクラってなに。また行ったの?」

「い、行くわけないだろ? オレは母ちゃん一筋だぞ?」

「昨日出したズボンから、キャバクラのティッシュが出てきたけど?」

「えっ? そ、それは、ほら~、あれだよ! 常連さんからもらってさ」

 父さんがアタフタしながら答えている。

 行ってないって言ったけど、たぶんウソだ。母さんにはすぐバレるのに、キャバクラ通いは止められないみたい。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ