第五話 家族の時間
ユイは三つ編みにした髪を揺らして、ニコニコと笑う。もう五歳になったユイは、兄の俺が言うのもなんだけど、すごく可愛い。俺と同じ、ぱっちりした大きな瞳だし、ぷるっとした唇は母さんに似てる。
大きくなったら、きっと美少女になるだろうな。
「ナオちゃんは、舌もいいのよねぇ。私に似たのね」
母さんが得意気な顔で、俺を見た。母さんは童顔で大人しそうに見えるけど、テキパキした性格で、ちょっと気が強い。そのギャップがいいんだって、父さんは酔っ払うたびに熱く語る。
そんな母さんは、俺やユイのことを、大げさなくらいに褒めてくれるんだ。
「ナオちゃん、ちょっと教えただけで、すぐ覚えちゃうんだもの。天才よね」
「母さんが作ってるのを、いつも見てるからだって」
店で出す料理は父さんが作るけど、俺たち家族のご飯は、母さんが作る。俺はいつも、母さんの手伝いをしているから、包丁には慣れているのだ。
「いつも助かってるわ。ナオちゃんには、お菓子作りも覚えて欲しいくらいよ」
「母ちゃんのデザートは、絶品だからな!」
父さんが胸を張って、誇らしげに言う。
本当に、母さんのこと好きだよな。
「二人とも、一休みしたらどう?」
母さんが冷蔵庫から麦茶を出して、グラスに注いでくれる。
「ありがと、母さん!」
「母ちゃんの麦茶はうめぇな!」
「ただの麦茶よ」
大げさに喜ぶ父さんに、母さんは呆れた声で返す。
俺と父さんが厨房で一休みしていると、ユイの歓声が聞こえた。
「おいしーっ!」
「え、ユイ? なに食べてるの?」
「モモゼリーだよ。ママのてづくり~」
透きとおったゼリーの中に、淡いピンクの桃がごろっと入っている。
「あ、いいなぁ。母さん、俺にもちょうだい!」
「ダメよ。ゼリーは店に出す分だから。余ったらね」
「えーっ! 母さんのデザート、すぐ売り切れるじゃん」
「母ちゃんのは大人気だからなぁ。午前中でなくなるぞ?」
父さんも、焦ったように言う。
店のメニューにあるデザートは、業務用のものを仕入れて出すけど、ときどき、母さんの手作りデザートが並ぶ。母さんはパティシエとして働いてたこともあって、どのデザートも本当においしいのだ。
「ユイだけずるいよ。俺も食べたいっ」
「しょうがないわねぇ。父さんとナオちゃんの分も、一つずつ取っておいてあげるわよ」
母さんはそう言いながらも、嬉しそうな顔をしている。
うちは洋食屋をやってるから、いつもバタバタしてる。
でも今日は、七月下旬の日曜日で、俺は夏休みに入ったところだ。ユイは保育園がお休みだから家にいる。朝の仕込みの途中だけど、こんなふうに家族がみんな集まって過ごす時間は、久しぶりなんだ。
「ナオ、野菜炒めるぞ~」
「あ、うんっ」
別の鍋では、刻んだタマネギが油の中でじわじわ色を変えている。父さんが、焦がさないように木べらで混ぜる動きは、職人って感じだ。
じゅわ、という湿った音が軽くなる。
「この音、分かるか?」
父さんに言われて、俺はジッと耳を澄ませる。
大量のタマネギはしんなりして、匂いが甘く変わっていく。
「ん~、なんとなく?」
「お、何となくでも分かるのか! すごいぞ!」
父さんが笑いながら、鍋に肉を戻して水を注ぐ。
火を弱め、蓋をすると、こんなことを言った。
「コイツはな、急ぐと拗ねるんだぞ」
「すねる? ビーフシチューなのに?」
「料理ってのは、ただの肉や野菜の塊じゃねぇんだよなぁ」
「え~、そうなの?」
「そうだって。拗ねたり、そっぽ向いたりするんだぞ?」
「うそだ~」
父さんは、よく冗談を言う。だから、適当に言ってるんだと思ったけど、自信満々な顔で、胸を叩いた。
「本当だぞ? オレの師匠も、そう言ってたからな!」
「師匠って、フランス人の?」
「そうだ。ドナルド・キャバクラっていうオッサンでな」
「ちょっと。ドミニク・ギヤール先生でしょう?」
そこに、母さんのツッコミが入った。
父さんと母さんは、同じ調理師専門学校に通っていたのだ。
「お、それそれ。ドミニクな」
「いい加減に、先生の名前くらいちゃんと覚えたら?」
母さんの呆れ顔にも、父さんはヘラヘラ笑っている。
「いや~、カタカナの名前は、覚えにくいからな~」
「それに、キャバクラってなに。また行ったの?」
「い、行くわけないだろ? オレは母ちゃん一筋だぞ?」
「昨日出したズボンから、キャバクラのティッシュが出てきたけど?」
「えっ? そ、それは、ほら~、あれだよ! 常連さんからもらってさ」
父さんがアタフタしながら答えている。
行ってないって言ったけど、たぶんウソだ。母さんにはすぐバレるのに、キャバクラ通いは止められないみたい。




