第四話 ビーフシチューのレシピ
十三歳になったばかりの夏。
俺は中学生に上がって、新しい友達もできた。でもクラスの半分はスマホを持っているのに、父さんは「クリスマスに買ってやるから」って、入学のときには買ってくれなかった。みんながスマホのグループの話で盛り上がっているのに、俺だけ入れないのが悔しくて、スマホを持ってる友達のことが羨ましくて仕方なかった。
でも、夏休みには遊園地に行こうって誘ってくれたから、すごく楽しみだ。
うちは、両親が洋食屋「カフェクローバー」を営んでいるから、その手伝いもあったけど、夏休みには看板メニューのビーフシチューの作り方を教えてもらえることになった。
ふだんの営業中は厨房に入れてもらえないので、そこに入れるだけで嬉しい。
厨房には、大きなコンロが三つあって、そのうちの一つに寸胴鍋がおいてある。だけど、夏の厨房は暑い。大型の換気扇が回っているけど、窓を全開にしないと蒸し風呂みたいな暑さになる。
俺は今日も、淡いオレンジのTシャツに半ズボンで、父さんのお下がりのエプロンを着ける。父さんも、古い白のTシャツに黒のスラックスをはいて、紺色のエプロンを着けている。首には手ぬぐいを巻いて、しょっちゅう汗を拭っていた。
「いっそ坊主にするかな」
父さんは角刈りに近い短髪なのに、そんなことを言う。
「止めてよ。父さんが坊主にしたらヤクザみたいじゃん」
「ヤクザとはなんだ。こんなハンサムな男をつかまえて」
父さんが太い眉をしかめる。ハンサムなんて言葉、今どき父さんくらいしか使わない。骨ばった四角い顔のせいで、いかつく見えるんだ。坊主にしたらヤクザだよ。
「ナオ、お前こそ、髪を短くしたらどうだ? そんな伸ばしたら女の子みたいだぞ?」
「首にちょっと掛かるくらいじゃん。俺、髪がまっすぐだから、短いのは似合わないんだよ」
さらさらした髪は、このくらいの長さの方が似合う。女の子みたいに見えるのは、髪がやわらかく明るい色をしているのと、俺の目がぱっちりして大きいからだ。
「今の子供は軟弱になったもんだなぁ。俺の時代はな……」
「も~、いいから、続きやろ」
自慢話が始まりそうになって、父さんの背中を押す。
「ったく、暑くなったらすぐ言うんだぞ」
「はーい」
「じゃあ、まずはこれからだ」
父さんが俺に、野菜の入ったボウルを差し出した。タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、マッシュルーム。それから、トマト、パプリカ、ズッキーニ。
「えー、肉は?」
「最初は野菜からだ。肉の扱い方は、父さんのテクをよ~く見とけよ」
父さんはへらっと笑って、包丁を俺の前においた。年季の入った、刃の薄い包丁だ。
まな板にタマネギをおくと、コン、コン、と乾いた音が厨房に響く。俺の手つきを見ながら、時々指示を出してくる。
「ナオ、それはもうちょい、小さめな」
「これくらい?」
「おお、いい感じだぞ」
俺が切ったタマネギを見て、父さんがうなずく。
「そういや、ウスターはどこやったかな」
父さんは調味料の棚を探り、細長いガラス瓶を取り出してラベルを確認する。
瓶のラベルをじっと見てから、俺をふり返った。
「おい、ナオ。おまえいくつだ?」
「十三になったとこ」
「じゃあ、今年は二〇一三年か」
「も~、俺の歳で西暦確認するの、止めてよ」
包丁の手を止めて、父さんに抗議する。
「いいじゃねぇか。ミレニアムベビーだろ?」
「そんな言葉、もう使ってる人いないよ」
そう言い返すけど、父さんは笑っている。西暦が覚えにくいのか、いくら言っても、俺の年齢で確認してくるんだ。
「ほら、手止まってるぞ」
「もう切り終わるし」
父さんは俺の横に戻ってくると、牛肉をサッと下茹でした。湯が沸き、白い灰汁が浮いてくると、手早く掬って捨てる。
いちどザルにあげたあと、今度はフライパンで表面だけ軽く焼いた。
「脂はな、最初に落としとくんだ」
「それだと、味が薄くなるんじゃないの?」
「うちは軽めのビーフシチューが売りだからな。余計な脂は抜く。でも、焼き目だけはつけとくと、ちゃんとコクは出るぞ」
「へえ」
焼き上がった肉を鍋に戻しながら、父さんが続ける。
「玉ねぎはな、炒めて甘み引き出してから入れるんだ」
父さんが、鍋を軽く揺すりながら、俺の切った野菜を見て感心した。
「しかし、ナオの包丁さばきは、プロ並だなぁ」
「へへ。俺、いつも母さんの手伝いしてるから」
「そうよぉ。ナオちゃんは、もうとっくにプロだもんね」
カウンター席に座っていた母さんが、声を掛けてくる。母さんの隣で、ユイが大きな声を上げた。
「おにーちゃん、プロだもんね!」




