第九話 謎の弁護士
「今は引くしかないだろ……チッ、あのガキも一緒に死んじまえばよかったのによ」
吐き捨てるようなセリフに、頭に血が上った。
近くのテーブルにあった線香の箱を掴み、勢いよく投げつける。
「ふざけるなよっ!」
箱が床に転がり、パラパラと乾いた音が響いた。
「っ、何しやがる!」
「よくもっ! よくも、死ねばいいなんて言ったな!?」
「なっ……デタラメ言うな!」
「デタラメじゃないっ! ちゃんと聞こえた!」
叫んだ俺に、叔父が怒りで顔を赤くした。
「聞こえるわけねぇだろうが! 嘘つくな!」
「ウソじゃない!」
俺は耳が良いんだ。絶対に、聞き間違いじゃない。
「クソガキがっ!」
叔父が罵声を上げた瞬間、ガシッと叔父の腕を掴む手があった。
「そこまでです」
よく通る低い声が、その場に響いた。
叔父のすぐ後ろに、黒いスーツの男が立っている。二条さんと同じ歳くらいに見えた。
あれ?
知らない顔なのに、どこかで見たような気がする。
涼しい眼をしたスーツの男は、淡々と告げた。
「今の発言は、刑法二百三十一条、侮辱罪に該当する可能性があります」
「くッ!」
腕を掴まれた叔父が、顔を歪める。
「通夜という公の場で、遺族に対して『死ねばよかった』と発言する。極めて悪質です。今この場で通報することもできますし、後日、法的措置を取ることも可能です」
その言葉に、叔母の顔色も変わった。
「な、何なのよ、アンタ!」
「弁護士です」
男は叔父の腕を離すと、冷ややかに告げる。
「これ以上、遺族を侮辱する発言を続けるなら、私が正式に対応します」
「っ!」
「今すぐ、お引き取りください」
静かな声なのに、有無を言わせない圧があった。
叔父は怯えた顔で、一歩後ずさる。叔母も青ざめた顔で、逃げるようにその場を去っていった。
「尚也くん! 大丈夫だった?」
「はい……」
駆けよった二条さんが、心配そうに顔を覗きこむ。
俺はうなずいて、それから出入り口の方を見る。
「えっ?」
そこには、誰もいなかった。弁護士と名乗ったスーツの男性は、どこにも姿が見あたらない。
「え……今の人は?」
「あれ? どこ行ったんだろう」
二条さんも、驚いたように辺りを見渡す。
そのあと、誰に聞いても、弁護士がいつ帰ったのか分からないと言われた。
通夜が終わって一時保護所に戻っても、あの弁護士のことが忘れられなかった。
「あの人、誰だったんだろう?」
知らない人だった。けど、見覚えがあるような気もする。
また、会えるかな?
あの人は、俺を助けてくれた。それだけは、はっきりと分かる。
こんど会えたら、お礼を言わないと。
あの人のことを考えている間は、少しだけ悲しみを忘れられた。
+ + +
翌日のお葬式は、通夜と同じ斎場で行われた。
今日で最後のお別れだから、俺は早くから斎場を訪れて、棺の中の家族に別れを告げる。みんなは、眠っているだけのように見えて、肩を揺すったら起きるんじゃないかって思った。
死んでしまったなんて、どうしても信じられない。
でも、いくら呼びかけても、目を開けてくれなかった。
葬式に参列した俺の親戚は、あの叔父夫婦と、伯母さん……母さんのお姉さんだけだった。伯母さんはすごく遠くに住んでるのに、飛行機で駆けつけてくれたのだ。伯母さんとは、俺が赤ちゃんの頃に会ったきりで、まったく覚えていない。
でも、葬式に来てくれたのが、あの叔父夫婦だけでなくて本当によかった。
「ナオちゃん……大変だったね」
伯母さんが、泣きながら俺を抱きしめる。顔も声も母さんに似てて、少し安心した。
叔父夫婦とは、挨拶もしなかった。俺の付き添いをしている職員もピリピリしているし、あっちも俺をにらむだけで近づいてこなかった。
受付が始まると、顔見知りの人が何人もやってきた。
うちの店は商店街の中にあったから、ほとんどが商店街の人たちだ。他にも、店の常連だった老夫婦やサラリーマン、OLの姿もあった。
みんな、型どおりの挨拶をして、悔しいとか無念だとか、悲しそうな顔で言った
「いいご両親だったよ。本当に」
「あんなに一生懸命やってたのに、悔しいよなぁ」
「尚也くんも、しっかりしなきゃな」
俺の小学校の担任だった先生も、ユイの保育園の先生も来てくれた。
「尚也……」
先生は、言葉を探すように目を伏せた。
「今は、何も考えなくていいから。先生も、いるからな」
「……」
「尚也くん……ユイちゃんね、お兄さんのことが大好きだったのよ」
保育園の先生は、涙を拭いながらそう言った。
「きっと、今も見てると思うよ」
みんなの言葉に、黙ってうなずくことしかできなかった。慰めの言葉を言われても、ちっとも心は軽くならない。
通っている中学校からは、担任と学年主任が来た。入学してまだ四ヶ月しか経ってなくて、担任とも関わりが少なかった。
「赤崎。無理しなくていいからな」
「何かあったら、いつでも相談しなさい」
上辺だけの言葉が、いっそ楽だった。耳を通り過ぎるだけで、何も感じなくて済んだから。
つらかったのは、小学校から仲良しだった友達と、その両親が来たときだ。
(続きは本編で/次ページは書き下ろし番外編です)




