42.春野先生の演奏はすごく素敵で、思わず感動してしまう
「ふ、藤咲さん、あ、あのぉ、ちょっとお願いがあるんですけども」
「はい、大丈夫ですよ! えっと、何かを運ぶとかですか?」
放課後のことだ。
靴箱のところで春野先生に声をかけられる。
私から声をかけて荷物を持ったことはあったけど、声をかけられたのは初めてだ。
「あ、いえ、そのぉ、ちょっと、お、音楽室でのお願いなのですが……」
「音楽室ですか!」
「えぇ、教育実習の課題曲を練習しているので聞いてもらいたくて」
「いいですよ。お力になれるかわからないですけど」
春野先生はもじもじしながら、用件を教えてくれる。
思い返せば春野先生が学校に来てからもうすぐで2週間だ。
そろそろ、教育実習も終わるタイミングなので試験があるのかもしれない。
先生はコミュニケーションはアレだけど、ピアノは抜群に上手い。
少しだけ楽しみにしてしまう私なのであった。
◇
「じゃ、じゃあ、ええと、適当に座ってください……えへへ」
うちの学校の音楽室にはしっかりしたグランドピアノがある。
上手い人が弾くとそれだけで惚れ惚れする音を味わうことができる。
音大に在席している春野先生のピアノの腕は見事なものだった……はずなのだが。
「あ、あれ!? ゆ、指が……!?」
自分の指を見つめて困惑の声を上げる春野先生。
聴衆が私だけにもかかわらず、緊張して指がこわばってしまっているらしい。
いや、もしも、私が先生の立場だったら、相手が一人でも緊張するに違いない。
ううむ、このまま課題曲が弾けないとなると、先生は落ち込んじゃうだろうなぁ。
悪く行けば、そのまま落胆して本番で失敗してしまうかもしれない。
どうにか緊張をほぐすことはできないだろうか。
……よし。
ちょっと恥ずかしいけど、私は勇気を出すことにした。
「先生、あの、私、マッサージが得意なんです。ええと、お姉ちゃんにもしょっちゅうやってあげてるし、だから、肩とかマッサージしますよ」
「マッサージ!? 私に!? あのぉ、こ、これ夢ですか!?」
「たぶん、現実だと思うんですが……。そのぉ、指も動きやすくなるかなと」
私が申し出ると、先生はびっくりした表情だ。
なぜか今の会話が夢かどうかを疑い始める始末である。
「それじゃお願いします。実は昨日、ちゃんと眠れてなくて。いいのかな? こんなこと、教師と生徒の関係なのに」
「了解です! 痛かったら言ってくださいね」
「は、はいっ! 優しめでお願いします……」
先生からOKももらったので、肩のマッサージに入ることにした。
会話がちょっと成立していない気もしたけど。
「結構、凝ってますね、うぬぬ……」
先生は思った通り華奢な体つきだった。
それでも肩も背中もバキバキに硬くこわばっていた。
やっぱり学校の先生って大変なんだろうなって思う。
うーむ、こうなったら。
「先生、手をマッサージしてもいいですか?」
「て!? 手って、この手ですか!?」
「はい! 手をマッサージしたほうが効率よかったりするので」
「あ、私、今日、死ぬのかもしれませんね……えへへ、本望だったりして」
「じゃ、始めますね!」
先生の手と腕をぎゅぎゅっとマッサージする。
ピアノをやっているからか、先生の指は細長くて、すごくきれいだ。
ピンク色をした形のいい爪も羨ましい。
「あ、それっ、気持ち……いい……です」
先生の口から声が漏れ始める。
実際、肩まわりも少しずつ柔らかくなってきた。
心の中が少しだけ達成感で満たされていく。
誰もいない音楽室で何やってるんだろうって思われるかもだけど、誰もいないし、いいよね?
「そ、それじゃ、もう一度、やりますね! ありがとうございました! 今日の日のことを、一生の思い出にします!」
肩が十分に柔らかくなったのでマッサージ完了だ。
たかだか10分もマッサージしてないのに、先生の顔は上気していた。
健康そうな先生の顔はすごく素敵で、人を癒すっていいなぁって思ってしまう。
もし、配信者をしていなかったら、そういう仕事につくのも悪くないのかも。
「えへへ、じゃあ、行きますね……」
静かに、すごく静かに、春野先生は鍵盤に指を置いた。
ピンと張った糸のような静寂に音楽室が包まれる。
一呼吸おいて、空気の中にピアノの音が溢れ始める。
「……すごい」
どこかで聞いたことがあるような、でも思い出せない旋律。
教科書の曲じゃない。
たぶん、誰かの気持ちをそのまま音にしたような曲。
胸に秘めた思いをずっと抱えているような、少しだけ苦しい曲。
私は思わず、感嘆のため息をついてしまうのだった。
「……ど、どうでしょうか?」
「すごい! すごくいい演奏ですよっ! それに、今の誰の曲ですか、感動しましたっ!」
思わず拍手をしてしまう。
これが本番でできたら課題はクリアしたも同然だと思った。
しかし、春野先生のリアクションはまたしても予想と違っていた。
「ありがとう……ございましゅ、もう、もう今世で思い残すことはありません」
「今世!? せ、先生、ど、どうしたんですか!?」
先生はなぜか泣いていた。
泣きたくなるぐらいいい演奏だったのは確かだけど、その場合、泣くのは私だと思う。
春野先生はメガネを外してハンカチで目元を抑える。
「い、いえ、何でも! 藤咲さん、本当にありがとう!」
「は、はぁ、どういたしまして……」
そのまま手をがしっと握られてしまう。
メガネを外した春野先生は美人さんだった。
すごく肌もキレイで、白い陶器のようだ。
「私、何をやってもダメで、誰からも認められなくて、ずっと自信がなくて……。だけど、藤咲さんに聞いて、褒めてもらえて、それだけで嬉しくて」
「ひゃ!?」
気づいた時には、先生は私にハグをしていた。
演奏を完了できたことに感激しているらしい。
マッサージを頑張った甲斐があるというものなのだ。
いや、それでもちょっと恥ずかしいかな。
私と先生の身長差は10センチくらいだろうか。
ちょうど先生の胸の中に埋もれるというか。
エリカさんでハグにはだいぶ慣れたとはいえ、やっぱり恥ずかしい。
「ひ、ひぃいい、ごめんなさいっ! 私、なんてことを! じ、自首します! 死にます」
先生は無意識でハグしたことに気づいたのか、椅子から飛び降りて土下座してくる。
自首なんてオーバー過ぎる。
警察沙汰になんてされたくないし、死んでも欲しくない。
「えぇええ、大丈夫ですよ、落ち着いてくださいっ!」
と言いつつ、私も顔が熱い。
ハグなんて、エリカさん以外さることなかったし。
「て、天使です。……あ、あのぉ、シャバにいるうちに、最後にもう一つだけお願いがあるんですけどもいいですか……」
「なんですか? 他にも曲があったりとかですか?」
「い、いえ、そのぉ、非常に申し上げにくいのですが、これを……でも、いいのかなぁ、いや、当たって砕けろだよ」
春野先生が足元に置いてあったバッグを開こうとした、その瞬間だった。
音楽室の扉が勢いよく開けられる。
「春野先生、そこまでですよ!」
そこにいたのは、透子さんたちだった。
まるで泥棒でも見つけた刑事さんのような顔をして、こちらを睨みつけていた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるんじゃっ……!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。




