34.(陰キャの私には)コラボ依頼を受けるのか、受けないのか、それが大問題だ
「どうしよ……」
帰宅すると、お姉ちゃんは家にいなかった。
私の頭の中は今回のDMの件でいっぱいいっぱいである。
差出人は「ぶいぱら運営公式」。
過去のポストを調べてみたけど、ちゃんと公式だった。
つまり、詐欺とか釣りじゃないのである。
内容を要約すると、『ぶいぱら所属の二人のVtuberにASMRを教える企画に講師役で参加しませんか』というもの。
「わ、私が講師役!? ひぇぇええ」
誰かに何かを教えるなんて未経験だ。
正直、講師役って聞いただけで緊張してしまう。
いや、そもそも、私は極度のコミュ障である。
初対面のVtuberさんと、それも企業所属のキラキラした人たちと会話ができると思えない。
挙動不審なムーブをかまして、あちら様のファンをドン引きさせるかもしれない。
「そもそも、私、コラボ自体、したことがないんだよぉ」
一番の問題はコラボの経験がないことだ。
今まで何度かオファーは受けてきたのだが、受験のタイミングと重なってしまいお断りしてきたのだ。
それに、現実世界でさえ友だちのいない私が顔の見えないVtuberさんと面白く会話できる自信がなかった。
「どうしよ! どうしよ……!」
制服のままで部屋の中をぐるぐる歩き回る私。
断った方が身のためだろうか。
積極的に人目にさらされるわけで正直言って怖い。
ここで私は今日の春野先生を思い出す。
春野先生はたぶん、私と同じで人付き合いが得意なわけじゃないと思う。
それでも、先生になりたいって思いで頑張っていた。
ちょっと挙動不審だったけど、挑戦することは偉いと思う。
それじゃ、私はどうするべきだろうか?
誰かとのコラボをこれからも一切しないでVtuberを続けていくだろうか?
受けてみたい。
Vtuberをしている知り合いも欲しい。
そんな気持ちもふつふつと湧いてくる。
企業所属のVtuberさんがどんな機材を使っているのかすごく気になるし。
それに、自分の世界がもっと広がる気もする。
「だけど、だけど、なんだよなぁー」
迷いすぎて、ベッドの上でごろごろと転がってしまう。
制服のままでこんなことしたら、シワがついてしまうのに。
「うぅー、今回もせめて、Vtuberさんの情報が分かればいいんだけど……、って、え!?」
DMをよく読むと、ぶいぱらさんからのメッセージには続きがあった。
『現在、参加予定の弊社配信者:朝比奈ぴな・音葉うたう』
「朝比奈ぴなって、お姉ちゃんじゃん! うわ、まじか」
思わず大きな声を出してしまう。
だって、先方さんが示してくれた一人はお姉ちゃんだったからだ。
なんたる偶然!
「どうしよ、お姉ちゃんかぁ、迷うなぁ」
お姉ちゃんはピンク髪のかわいい系のキャラクターである。
ぶいぱら所属の4期生で、今年で三年目なのだがかなりポンコツなイメージがある。
これまでに配信事故を起こしたのは数知れず。
配信事故をかわいさで乗り越える女である。
でも、話しやすいのは確かだ。私がミスをしてもカバーしてくれるかも。
ちなみに朝比奈ぴなっていう名前は、お姉ちゃんの本名である、藤咲あさひから来ている。
自分のことを「あさひ」って呼んでしまっても、身バレないようにするためらしい。
お姉ちゃん、大分抜けているところがあるから運営さんも苦労してそう。
一方の音葉さんについては、存じ上げていなかった。
名前からして、いかにも歌が上手いんだろうなってことがわかる。
「おおぅ、すごいハイスペックな人だ」
さっそくスマホをチェックしてどんな人か確認する私。
音楽の世界からやってきた旅人で世界中の歌を集めているらしい。
「うわ、胸、大きい……」
アバターはちょっと切れ長の瞳でクールそうな雰囲気。
胸がどどんと出ているデザインである。
こういうアバターにするのは自信の表れだと思う。
私には無理だよ、昔、露出の大きいアバターも考えたけど、なんていうか、うわぁあってなる。
今年の3月に一周年記念配信をしたらしい。
つまり、私と同じぐらいの時期に活動を開始したのだろう。
それでも企業所属の人はそれまでに個人で活動している人も多い。
私よりも全然キャリアがあるって思った方がいいかもしれない。
「配信はどんな感じかな? うひゃあ、こ、声がかっこいい……!」
念のため、配信もチェックさせていただくと、ゲーム配信にも関わらず声がすごく素敵な人だった。
私とかお姉ちゃんの「ぽやぽや声」とは別の次元だ。
きちんとお腹から出ていそうな、いかにも歌が上手い人の声だ。
イヤホンに切り替えた瞬間、背中がぞわっとする。
耳が「ありがとう」って言ってくる感じ。
「……って、私、この人にASMR教えるの!?」
お姉ちゃんに教えるのも恥ずかしいけど、こんなできる女の代表みたいな人に教えられるんだろうか?
蛇に睨まれた蛙よろしく恐怖で固まってしまいそうな気がする。
どうしよ、やっぱりやめようか。
恥をかくのは自分だし、場合によっては炎上するかもしれない。
歌姫様に粗相をしたってことで。
それに、お姉ちゃんのファンも案外怖いのだ。
夜な夜なゲーム配信に付き合ってくれている人たちである。
私なんかよりよっぽどコアなひとがついているはず。
何と言っても、ASMRは誤解されやすいジャンルだ。
この間の皆岡さんもそうだったけど、偏見を持っている人が一定数いる。
ASMRってだけで、怪しいって思われるかもしれない。
『自分の推しにそんな怪しいことを教えるな!』
『この陰キャASMR配信者!』
『ASMRなんて、一人でやってろよ!』
そんな風に怒られるのを想像するだけで血の気が引いていく。
「うぅ、考えれば考えるほど、コラボを受けるのが怖い……」
成功すれば自分の成長につながるとは思う。
だけど、成功しなければ先日以上の炎上にさらされることになる。
「お姉ちゃんに相談してみよっかな?」
頭の中によぎるのはお姉ちゃんの顔である。
私の姉はいろいろ抜けているところがあるけど、しっかり人の相談に乗ってくれる人物だ。
きっと、いい答えをくれるんじゃないだろうか。
さっそくスマホに相談事を入力をし始めるが、ふと手が止まる。
「……これでいいのかな?」
自分の指が止まった。
思ってしまったのだ。
判断をゆだねてしまいそうな自分がいるんじゃないかって。
自分の意見を整理しないままで相談するのはよくないんじゃないだろうかって。
頭の中で交差する二つの感情。
失敗への恐怖と、未知の世界への期待。
「ファンのみんなはどう思うかな?」
頭の中にいるチャンネルのファンのみんなを想像してみる。
彼ら、彼女らはどう思うだろう?
『ゆめめ様がどんなことをされても、私たちは一生ついていきます!』
そんな風にスパチャを飛ばしてくれた人がいたのを思い出す。
一生はオーバーかもだけど、私を全力で応援してくれているのだ。
そうだよね、私も変わってみよう。
一歩だけ足を踏み出してみよう。
だって私はASMRをもっと広めたいって、みんなの前で宣言したんだから。
「よし……やってみよう……!!」
私はベッドから勢いよく立ち上がる。
そして、ぶいぱらさんに返信するのだった。
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