35.藤咲あさひ:ガサツな私がASMR配信なんか無理ですよっ! え、悠木ゆめめとコラボですか!?
「ぴなちゃん、例の企画来てるから確認してください」
「はーい、ありがとうございます!」
私の名前は藤咲あさひ。
朝比奈ぴなという名前でVtuberとして活動している。
ぶいぱらプロジェクトに所属している4期生だ。
今日はスタジオに行くことがあったので、マネージャーさんから直接声をかけられた。
話題は急遽、来週に決まった企画配信についてだ。
もともとコラボしようとしていた他の事務所のVtuberさんが体調不良でお休みになってしまい、緊急で違う企画を作ったとのこと。
私は基本的にゲーム配信が多いし、今度もそっち方面かなと思っていた。
「……って、これですか!?」
マネージャーから渡された書類を見て絶句してしまう私。
だって、そこにはでかでかと次のような企画名が書かれていたのだ。
『朝比奈ぴなはASMRを学びたい! もうガサツ担当なんて言わせません!』
そう、ASMRである。
ささやきボイスでガチ恋勢を量産するという配信スタイル、選ばれし強者のみがモノにできるスタイル。
「ひぇえ、えーえすえむあーるっすかー。うは、そう来たかぁー!? め、珍しいですねぇ?」
『嫌です』という叫び声が喉から出かかったけど、なんとか押し込める。
マネージャーさんの目の付け所がユニークですねと、とりあえず褒めておく。
もしかしたら、何らかの意図があってASMRをお勧めしてるのかもしれないから。
「私、ぴなちゃんの声大好きなのでASMRにぴったりだと思うんですよ! 去年は何かと、その、えーと、難しいこともありましたけど、今回は大丈夫です! 私のぴなちゃんがASMRでも一番かわいいんだって証明したいんです!」
「おぉう……」
私のマネージャーさんはなんというかとことん熱い人である。
目をキラキラさせて私の魅力を伝えてくるのでたいそうこそばゆい。
でもね、でもね、ダメなんだよ、朝比奈ぴなはASMRに向いてない。
落ち着きもないし、ガサツだし、そういうキャラじゃないんだよ!?
頭の中に昨年の苦い記憶がよみがえる。
それは朝比奈ぴなの初めてのASMR配信にて起こった出来事。
私はうっかりマイクを倒してしまい、視聴者の鼓膜を破壊しかけた。
机に頭をぶつけて謝ったのだが、その時の「ごん」という音は未だに擦られている。
いわく、土下座ASMR。
だから私は心に決めたのだ、もうASMR配信なんてしないよ絶対って。
「い、いやぁ、ASMRは難しいですよ。私ってそういう柄じゃないというか、えへへ」
私はマネージャーにそれとなくダメだってことを伝える。
絶対に嫌って言っちゃうと、さすがに悪いからね。
ここまで私に期待してくれている人はなかなかいないだろうし。
「ふふーん。そう言うと思ってですね! 今回は講師をご用意しました! 二枚目を見てください!」
マネージャーはそう言うと企画書の二枚目を見るように言ってくる。
文字通りのドヤ顔である。
だが、私は知っている。
この人がドヤ顔をするとき、たいてい斜め上の事態が起こるということを。
「講師? ふほぉわっ!?」
そこに書かれていた文字を見て、文字通り飛び上がりそうになる私。
だって、そこには、こう記載されていたのだ。
『ASMR講師役:悠木ゆめめ(個人Vtuber)』
そう、悠木ゆめめ。
私の妹、藤咲ゆうなのアカウントである。
「ゆ、ゆ、ゆうきゆめめしゃん……ですかぁ」
「そうです! 先日、お騒がせ一周年記念配信をやらかしちゃったあの人です! 個人勢なのに14万人もいて乗りに乗ってるんですよっ! この人のASMRがすごいんですっ! 私もファンです!」
「な、なるほどぉ」
マネージャーはそういうと鼻息荒く悠木ゆめめの魅力を語りだす。
姉として嬉しいことこの上ないけど、待ってください。
非常事態宣言を出したい過ぎる。
「ぴなちゃんの声って、悠木さんの声の系統に似てると思うんですよっ! だから、絶対にASMRもできると思うんですよっ!」
「いやぁ、それはどうかなぁ、うむむ……」
声が似てるってそりゃそうかも。姉妹だし。体型はともかく顔も似てるし。
しかし、頬が引きつって痛い。
苦笑いにも限度がある状況だ。
どうしよう。
ここは穏便に断るのがいいかな。
そもそも、絶対にコラボしなきゃいけないってわけでもないだろうし。
「でも、もし、難しいならそれでOKです! その場合、他のぶいぱらメンバーが悠木さんとコラボしたいみたいな話にはなるんですけど」
「あ、あのぉ、他のぶいメンって誰ですか、ちなみに」
「美影ミレイさんですね! たぶん、ASMR対談とか、ASMR対決になると思います!」
「ミレイさんかぁ……」
美影ミレイ、泣く子も黙るASMR番長だ。
ぶいぱらの二期生で登録者は150万人を超えている人気配信者。
大人っぽい声でASMRをしており、たくさんのガチ恋を抱えている。
そもそも、でかい。何かとは言わないが。
うぅ、バーチャルの世界なのに結局、物理なのかよぉ。
「ど、どうしました!? やっぱりやめときますか!? そうですよね、ぴなちゃんにASMRはまだ早いですよね!?」
感情が顔に出てしまったのだろう、マネージャーは完全に曲解して企画をやめようかと言ってくる。
うぅ、どうしよう。
ゆうな、ミレイさんとの仕事を受けるかなぁ。
あの子、コミュ障だし、ミレイさんとまともに話せるとは思えない。
だけど、ゆうなはミレイさんのファンだし、ワンチャンあるかもしれない。
私の頭の中に浮かぶのは、ミレイ先輩にかどわかされて、あわあわと混乱しまくる妹の姿。
当然、配信はろくなものにならず、アーカイブに残らない可能性もあり得る。
その結果、妹が叩かれる可能性は大いにあり得る。
なんせミレイさんのリスナーはガチが多いから。
「……う、受けます! 私、ASMR、上手くなりたいって思ってたんですよぉ! いやぁ、楽しみっ!」
半ばやけくそで仕事を受けることにする。
妹を守りたいっていう気持ちがやっぱり出てきたのだ。
私の下手くそなASMRに期待している人はいないだろうし。
炎上することもないだろうから。
それに。
私の知っている限り、妹は誰ともコラボ配信をしたことがないはず。
初めてのコラボをミレイさんみたいな完璧なお姉さんにとられちゃうのはやっぱり癪だ。
リアルお姉さんである私がリードしてあげたい。
「そうですかぁ! 嬉しいですっ! ぴなちゃんの魅力、全世界に伝えていきましょうね! きっと、その御威光に世界がひれ伏すはずです」
「ご、御威光!?」
マネージャーは私の手をぎゅっと握ってくる。
この人、私のことを聖人かなにかと勘違いしてるんじゃないだろうか。
「あ、それとですね! 今回はもう一人、生徒役を用意しました! 1対1だと間が持たないかもなので、最後のページをどうぞっ!」
「うたうも一緒かぁ……」
そこに載っていたのは、音葉うたう。
ちょっとハスキーボイスな後輩Vtuberだ。
ゲーム配信も得意だけど、やっぱり一番は歌ってみたとかの音楽系動画だろう。
今年の3月に一周年記念配信をしたけど、オリジナル曲をもう3曲リリースしている。
彼女は愛嬌はあるのだがクールめだし、これまたASMRのイメージはないよなぁ。
「えへへー。うたうちゃんもうちの事務所のガサツ枠ですからねぇ! この間もジュースを盛大に倒してキーボード壊してましたし! スマホの画面もがびがびです!」
マネージャーは嬉しそうに、うたうのガサツエピソードを語る。
うーん、まぁ、いいかもしれない。
彼女とはこれまで何度となく配信で一緒になってきたし、ライブも一緒にしたこともある。
気心は知れている間柄だ。
「あ、そう言えば、悠木さんのアポイントを取るの忘れてました! 上手く空いてくれればいいんですけど……」
マネージャーはそう言って、スマホをぽちぽちし始める。
ここで断られたら、今までの私の葛藤は一体……って感じである。
もっとも、ゆうなのことだから、8対2の確率で受けないと思う。
つまり、無問題ってことである。
だって、初コラボで初対面の人にASMRを教えるなんてありえないはず。
よかった、ただの杞憂だったじゃん。
私はふぅと胸をなでおろして、夕方のダンスレッスンに参加するのだった。
「悠木さんのOK出ましたっ! ただし、自宅からの参加にしたいそうですっ!」
「ま、まじですか!?」
レッスンの後、私の予想は完全に外れることになる。
妹が、悠木ゆめめは、今回のコラボを受けてしまったのだ。
予想だにしていない展開である。
っていうか、私、朝比奈ぴなはコラボで妹をうまく守ることができるのだろうか?
うたうと打合せしといた方がいいかもしれない。
///////////作者より///////////
いよいよ、お姉ちゃんとの物語も動きます。
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