第3話 大怪鳥と金の力
ルーデンの街に戻ったアルドは、その足で解体所の扉を押し開けた。奥の作業台で刃物を研いでいたガルドが、顔を上げて目を細める。
「おう、アルドか。今日は何を持ってきた」
「ランポス五匹と、ドスランポスを一頭。台に出していいですか」
「……ドスランポス?」
ガルドの手が止まった。アルドが作業台の上に手を翳すと、青と黒の巨体が光とともに現れる。力強い後ろ脚、鋭い爪、そして頭の上に大きく広がる橙色のトサカ。ランポスが五匹、その隣にぴたりと並んだ。
「こいつは驚いた。初日にアプトノスを持ってきた新人が、二日目でドスを狩ってくるとはな。しかも傷の入り方が綺麗だ」
「一回やられましたけどね」
「一度負けて勝ったんなら、それが一番の経験値だ。待ってろ、仕事にかかる」
ガルドは腕まくりをして、巨大な刃物を握った。ドスランポスの体に刃が入ると、鱗、皮、爪、骨がするすると分かれていく。トサカの根元にも慎重に刃を通し、傷をつけずに外してみせた。
【ドスランポスの鱗(品質:上)×4】
【ドスランポスの皮(品質:上)×2】
【ドスランポスの爪(品質:上)×2】
【ドスランポスのトサカ(品質:上)×1】
【ランポスの鱗(品質:上)×7】
【ランポスの皮(品質:上)×5】
【ランポスの牙(品質:上)×6】
【竜骨【小】(品質:上)×2】
「ほらよ。解体料は、ウサギのときと同じくまとめて千五百zだ」
「ありがとうございます」
代金を払ってから、ギルドで依頼の報酬二千五百zも受け取った。それでも、補償でもらった資金は、まだ九十万zをはるかに超えて残っている。
「金の使い道に困る日が来るなんてな」
そう呟きながら、アルドは共同工房に向かった。作業台に素材を並べると、作れる装備が一覧で現れる。
【ランポスの鱗鎧】
必要素材:ランポスの鱗×5、ランポスの皮×3、竜骨【小】×1
効果:防御+14、敏捷+6
【ランポスの牙ガード】
必要素材:ランポスの牙×4、ランポスの皮×2
効果:防御+8、咆哮耐性+1
【蒼爪の大剣】
必要素材:鉄の大剣×1、ドスランポスの爪×2、ドスランポスの鱗×3、ドスランポスのトサカ×1
効果:攻撃力+22、会心率+5%
「大剣もあるのか。しかも、ドスの素材で」
迷う余地はなかった。防具二つと、大剣を一本。まとめて作成を選ぶと、作業台が淡い光を放ち、中央に素材が吸い込まれていく。しばらくすると、光の中から胸当てと籠手、そして一本の大剣が現れた。
蒼爪の大剣は、鉄の大剣の刃に青みがかった鋼が重ねられ、峰にはドスランポスの鋭い爪が二本、牙のように嵌め込まれていた。柄の末端には、橙色のトサカが飾りとして揺れている。握ってみると、元の大剣よりわずかに重いのに、手に吸いつくようだった。
【ランポスの鱗鎧を入手しました】
【ランポスの牙ガードを入手しました】
【蒼爪の大剣を入手しました】
【生産レベルが上がりました】
【生産Lv.3】
「すごいな。本当に、ドスの武器だ」
試しに軽く振ってみる。空気を切る音が、鉄の大剣のときより鋭く澄んでいた。鏡に映った自分は、青と黒の縞模様の鎧を着て、青い大剣を背負った戦士そのものだった。
「悪くないな」
満足してうなずいたところで、工房の窓から夕日が差し込んだ。腹がぐうと鳴る。アルドは近くの食堂に入り、メニューを眺めた。
【本日のおすすめ】
アプトノスの煮込みシチューと焼きたてパン
運ばれてきた皿からは、湯気とともに香ばしい匂いが立ちのぼっていた。ごろごろと大きく切られたアプトノスの肉は、スプーンを入れただけでほろりと崩れる。ひと口食べると、じっくり煮込んだ肉の旨味とデミグラスの深いコクが、舌の上にとろけた。
「うま……。ゲームの飯、どんだけ進化してるんだ」
ふわふわの白パンをちぎってシチューに浸し、夢中で平らげた。
翌朝、アルドは商店街の裏通りにある、小さな道具屋の扉を叩いた。看板には「ロッテ雑貨店」と手書きの字が躍っている。
「いらっしゃい。若いの、何を探してるんだい」
カウンターの奥から顔を出したのは、背中の曲がった小柄な老婆だった。眼鏡の奥の目が、鋭くアルドを見上げる。
「罠か、音の出る道具があれば。大型の鳥竜を狩りに行くので」
「ほう。何を狙ってるんだい」
「イャンクックです」
老婆は、にいっと笑って皺の寄った手を叩いた。
「いい目をしてるね。あの子は新人ハンターの先生さ。耳が大きくて耳が良いから、大きな音を嫌がるんだよ。音爆弾が一番効く。それと、動きを止めたいなら落とし穴だね」
老婆は棚から道具を次々と取り出して、カウンターに並べた。
【音爆弾】300z
【落とし穴】700z
【閃光玉】400z
【こやし玉】200z
「全部、五個ずつください」
「五個ずつ? 大きく出たね。お金は大丈夫かい」
「お詫び補償が、ありまして」
「ああ、新運営の気前の良さだね。この子は、ずいぶん太っ腹だ」
老婆は愉快そうに笑って、手際よく袋に詰めてくれた。支払いを済ませて店を出るとき、背中に声が飛んできた。
「若いの。道具に頼りすぎちゃだめだよ。最後に決めるのは、自分の腕だからね」
「はい。ありがとうございます」
ギルドの掲示板には、昨日よりさらに上の段に、気になる依頼が貼ってあった。
【大怪鳥イャンクックを倒せ!】
依頼内容:森丘に出没するイャンクックを一頭討伐
推奨Lv:10
報酬:8,000z
「推奨十か。今のレベルは七……」
少し迷ったが、昨日のドスランポス戦の手応えと、背中の新しい大剣の重みを思い出して、アルドは依頼書を剥がした。受付嬢が驚いて目を丸くする。
「イャンクックですか。ソロで受けられるのでしたら、十分ご注意くださいね」
「大丈夫です。観察から入ります」
「観察、ですか?」
「はい。まずは動きを見て、パターンをつかみます」
受付嬢はにっこり笑って、依頼書に判を押した。その様子を、掲示板の隅で見つめている人影があった。長い柄の武器を背負った、すらりとした女性だ。アルドと目が合うと、口の端を上げて軽く手を振り、そのまま奥へ消えていく。
「……誰だ?」
首をかしげたが、すぐに気を取り直して、森丘へ向かった。
森丘の奥は、昨日よりも静まり返っていた。木漏れ日の中を進んでいくと、湿った土の匂いに混じって、独特の獣臭が鼻をついた。
アルドは茂みの陰に身を沈めて、息を殺した。
開けた草地の中央に、一頭の巨大な鳥竜がいた。
ピンク色の甲殻に覆われた体は、体毛がほとんどなく、まるで皮膚が硬い鎧のようだった。顔の前面には、ずんぐりとした巨大なクチバシが突き出している。後頭部からは、エリマキトカゲのような大きな耳が左右に広がり、その下で、つぶらな瞳がきょろきょろと辺りを見回していた。
【イャンクック Lv.10】
「あれが、大怪鳥か」
思ったより、ずっと愛嬌のある顔をしている。けれど、その体は馬車を何台も並べたほどの大きさで、足元では長い爪が土を掻いていた。
アルドはすぐには飛び出さなかった。蒼爪の大剣を背中に戻したまま、茂みの中でじっと動きを観察する。
イャンクックは、時折、頭を上げて辺りの音に耳を澄ませていた。その耳が、風や葉擦れの音に反応してぴくぴくと動く。やがて、近くを飛んでいた虫を見つけたのか、首を伸ばして、勢いよくクチバシで突いた。
「耳がいいって話は、本当らしいな」
さらに数分、アルドは動かずに見守った。次の瞬間、イャンクックが大きく息を吸い込んで、口から赤い液体を吐いた。液体は地面に落ちると、ぱっと火を上げて燃え広がった。
「火の玉か。可燃性の液体だな」
続けて、イャンクックは首を低くして、猛然と走り出した。木々の間を駆け抜けて、そのまま勢いよく地面に倒れ込む。ずしん、と重い音が響いて、土煙が舞った。
「走って倒れ込むのか。その瞬間が隙だな」
最後に、体をぐるりと回転させて、尻尾を横薙ぎに振った。風を切る音が、遠くまで響く。
火の玉、突進からの倒れ込み、回転尻尾。観察を終えたアルドは、ゆっくりと立ち上がった。
「よし。行くか」
ポーチから音爆弾を取り出し、狙いをつけて投げる。
爆弾が空中で弾けた瞬間、耳をつんざくような音が草地に響き渡った。イャンクックの全身が硬直し、大きな耳を押さえるようにして、ふらふらと頭を振る。
【イャンクックが放心状態になりました】
「今だ」
アルドは茂みを飛び出して、一気に距離を詰めた。狙うのは、無防備になった片方の翼。蒼爪の大剣を後ろに引いて、溜め斬りの構えに入る。
「うおおおっ!」
渾身の一撃が、翼の付け根に叩き込まれた。
【溜め斬り:イャンクックに268ダメージ】
肉と骨を断つ鈍い手応えとともに、イャンクックが悲鳴を上げた。もう一撃、追撃を入れたところで、放心状態が解ける。
【イャンクックが怒り状態になりました】
クチバシが赤く染まり、体が一回り大きく膨らんだように見えた。次の瞬間、イャンクックは大きく息を吸い込み、立て続けに火の玉を吐いてくる。
「さっき見たやつだ」
アルドは横に転がって、火の玉を避けた。地面に落ちた炎が燃え広がり、周りの草が一気に焼け焦げる。熱気が肌を撫でたが、動きは完璧に読めていた。
間を置かず、今度は突進からの倒れ込み攻撃。アルドは半身をずらして避け、イャンクックが地面に倒れ込んだ瞬間に、胴体の側面へ大剣を叩きつけた。
【イャンクックに186ダメージ】
【イャンクックに193ダメージ】
「いける。パターンは見切った」
そう思った矢先、イャンクックが体を回転させた。尻尾が風を切って迫る。
「しまっ……」
反射的に大剣で受けたが、衝撃で体ごと吹き飛ばされた。背中が太い木の幹に叩きつけられ、息が詰まる。
【イャンクックから96ダメージ】
「ぐ……、さすがに重いな」
痛みをこらえて立ち上がる。HPは三割ほど減っていた。ポーチから上級回復薬を取り出し、一気に飲み干す。
【HPが回復しました】
大剣の刃を見ると、わずかに切れ味が落ちている。アルドは万能砥石を取り出して、刃を素早く滑らせた。シャッ、シャッ、と澄んだ音とともに、青い刃が輝きを取り戻す。
イャンクックは、傷口を庇うように翼を丸めながら、距離を取ろうとしていた。逃げるつもりはなく、体勢を立て直して反撃に備えている。
「このまま長引かせるのは、危ない」
アルドは落とし穴を取り出した。イャンクックの進行方向に回り込み、地面に素早く仕掛ける。
罠を設置したあと、あえて正面に立って、わざと大きな声を上げた。
「こっちだ!」
イャンクックの目が、アルドを捉える。再び突進の予備動作に入る。その足元に、仕掛けた落とし穴があった。
ズボッ、という音とともに、巨体が地面の穴にはまり込んだ。
【イャンクックが落とし穴にはまりました】
「ここだ!」
動けなくなったイャンクックの脇に回り込み、アルドは全身の力を込めて、再び溜め斬りを放った。翼の付け根、首元、背中。三連続で大剣が閃く。
【溜め斬り:イャンクックに301ダメージ】
【イャンクックに226ダメージ】
【イャンクックに219ダメージ】
穴から抜け出したイャンクックが、最後の力を振り絞るように立ち上がった。大きな耳が力なく垂れている。それでも、鋭いクチバシを振りかざしてきた。
アルドは、その攻撃を大剣の腹で受け止めた。ガキン、と重い火花が散る。
「悪いな。ここまでだ」
下段から斜めに斬り上げる。蒼い刃がイャンクックの喉元を切り裂いた。
巨体がゆっくりと傾き、地面に崩れ落ちた。草地に大きな音が響いて、静寂が戻る。
【イャンクックを討伐しました】
【経験値を980獲得しました】
【レベルが上がりました】
【Lv.8】
【レベルが上がりました】
【Lv.9】
【レベルが上がりました】
【Lv.10】
「はあ……はあ……。倒した……」
膝に手をついて、アルドは長く息を吐いた。全身が汗でびっしょりだった。それでも、胸の奥は静かに熱かった。ほとんどの時間、頭を使って戦っていた。パターンを覚えて、道具を使って、隙を作って、大剣を叩き込む。それは、昨日のドスランポス戦よりも、はるかに「狩りをした」という実感があった。
イャンクックの巨体に手を翳すと、ピンク色の体が光に包まれて、ポーチへと吸い込まれていく。
【イャンクック×1を収納しました】
「大型でも丸ごと入るのか。便利すぎるな」
アルドは大剣を背負い直して、森丘のベースキャンプに戻った。焚き火の前で腰を下ろしたところで、ふとあることを思いついた。ポーチからイャンクックの死体を台の上に出して、剥ぎ取りナイフを抜く。
「ちょっとだけ、もらうか」
首の付け根から、手のひらほどの肉の塊を切り取る。ほかにも、細長い内臓のような部位が取れた。
【イャンクックのもも肉(品質:良)×1】
【イャンクックのスナズリ(品質:良)×1】
肉に香草塩を振って、スナズリは串に刺す。焚き火の上でじっくり炙ると、脂が滴って炎が揺れた。
【怪鳥のもも肉の炭火焼き】
【スナズリの塩串】
「いただきます」
もも肉にかぶりつくと、外はぱりっと焼けていて、中からたっぷりの肉汁があふれた。鶏肉に似た味だが、それよりもずっと濃くて、コクがある。続けて、スナズリの串を口に運ぶ。こりこりとした歯ごたえに、塩の旨味が染みていく。
「うま……。これは、酒が欲しくなるやつだな」
HPとスタミナが、ゆっくりと回復していくのを感じた。夕暮れの空の下、焚き火の音を聞きながら、アルドは静かに肉を味わった。
街へ戻ると、日はすっかり暮れていた。ギルドの受付で依頼の完了を報告すると、受付嬢が驚きのあまり、口をぽかんと開けた。
「イャンクックを、ソロで……? しかも、レベル七で?」
「いえ、討伐中にレベルが上がって、今は十になりました」
「そ、そういう問題ではありません!」
受付嬢は慌てて報酬の八千zを用意してくれた。その間にも、ギルドの中がざわつき始めている。
「おい、あれ、リアル体型のマッチョじゃないか」
「イャンクックをソロ討伐って、本当か」
「昨日はドスランポスも狩ったらしいぞ」
ひそひそ声があちこちから聞こえてくる。居心地が悪くなって、アルドは報酬を受け取ると、足早に出口へ向かった。
扉を開けたとき、ギルドの外の壁に寄りかかっていた女性が、顔を上げてアルドを見た。昼間、掲示板の隅にいた人影だ。長い柄の武器を背負っている。
「やっと出てきたね、アルド・ヴォルドレン」
低くて落ち着いた声だった。アルドは目を瞬かせた。
「……どなたですか」
「セレナ。ガンランス使いだよ。昨日、丘の向こうで大型を相手にしてたパーティーの一人、と言えば分かるかな」
そう言って、女性はにやりと笑った。夕焼けに染まる街の通りで、背中の長い槍が、鈍く光っていた。




