第4話 陽だまり亭の四人
「ガンランス使いの、セレナさん……」
アルドが名前を繰り返すと、女性は軽く肩をすくめて笑った。年は二十代半ばだろうか。長い金髪を後ろで一つに束ね、切れ長の目がまっすぐこちらを見ている。夕暮れの光を受けて、束ねた髪が淡く輝いていた。背はアルドより頭ひとつぶん低いが、それでも女性にしては高いほうで、すらりとした立ち姿に隙がなかった。背中の長い柄の先には、大きな盾と砲口が一体になった、重厚な武器が背負われている。
「そう警戒しなくていいよ。取って食おうってわけじゃない。あんたの狩りを、ちょっと見せてもらったんだ」
「見てたんですか」
「森丘の外れでね。ドスランポスとイャンクックを、ほとんど一人で倒したんだろう。立ち回りがずいぶん丁寧だった」
「ありがとうございます。まだ手探りですけど」
「謙遜しなくていい。ちょっと付き合いな。おごるよ」
セレナは返事も待たずに、すたすたと歩き出した。アルドは慌てて後を追う。夕暮れの街は灯りが点り始めていて、石畳の道に暖かい光が揺れていた。
連れてこられたのは、大通りから一本入った路地にある、古びた石造りの酒場だった。看板には「陽だまり亭」と丸い文字で書かれている。扉を押すと、木の軋む音とともに、焼けた肉と香辛料の匂いが流れ出してきた。
奥のテーブルには、すでに二人の先客がいた。
「お、来た来た。それがセレナの言ってたマッチョか」
陽気に手を振ったのは、短く刈り込んだ髪に、人懐っこい笑顔の男だった。年は三十前後だろうか。気さくな雰囲気で、腰には二本の短い刃が提げられている。
もう一人は、その隣に小さく座っていた。長い前髪が目元を隠しがちな、小柄な少女だ。猫背気味に身を縮めて、テーブルの上に置かれた果実水のグラスを両手で握っている。足元には、彼女の体と同じくらいの大きさの、重そうなボウガンが立てかけてあった。
「紹介するよ。こっちが双剣使いのジン。そっちの小さいのが、ヘビィボウガンのミナ」
「どうも。アルドです。大剣を使ってます」
アルドが軽く頭を下げると、ジンがぱっと立ち上がって握手を求めてきた。
「ジンだ。いやあ、近くで見ると本当にでかいな。リアルでも鍛えてるんだろ」
「はい。毎日、ジムに」
「やっぱりな。でも、先に言っとくぞ。現実の筋肉は、初期ステが高いだけだ。レベルが上がれば、すぐに追いつかれる」
「それは、昨日も知らない人に言われました」
「だよな。みんな最初は勘違いするんだ。でもあんたは、勘違いしてない顔をしてる」
ジンは笑いながら、アルドに椅子を勧めた。向かいの席に座ると、ミナがちらりとアルドを見上げ、すぐにグラスに目を戻した。
「……筋肉の人」
小さな声で、ぼそりと呟く。
「ミナ。初対面でその呼び方はないでしょ」
「だって、本当のことだし……」
セレナにたしなめられて、ミナは唇を尖らせた。アルドは苦笑いして、手を振った。
「いえ、大丈夫です。実際、筋肉は多いので」
ジンが吹き出す。ミナは耳を赤くして、グラスで顔を隠した。
しばらくして、店の主人が料理を運んできた。大きな木の皿に、ずらりと並んでいる。
【怪鳥の唐揚げ】
【アプトノスの厚切りステーキ】
【森のキノコのアヒージョ】
【焼きたてのバゲット】
【冷えたエール】×3
【ぶどう果実水】×1
「どれでも好きなだけ食べな。遠慮はいらないよ」
セレナの言葉に甘えて、アルドはまず唐揚げに手を伸ばした。衣はざくっと音を立て、噛むと熱い肉汁があふれる。イャンクックの肉は、鶏肉に似た味だが、もっと濃くて旨味が深い。
「うまい……!」
「だろ。ここの唐揚げは絶品なんだ」
ジンが得意げにエールを傾ける。続けてアルドは、アヒージョのキノコをバゲットにのせて頬張った。にんにくとオリーブオイルの香りが口いっぱいに広がり、キノコの食感が心地いい。
「このバゲットに染みるオイルが、もう反則ですね」
「分かる人だな、あんた」
セレナが満足そうに笑って、エールを一口飲んだ。しばらく食事の音だけが続いたあと、彼女はグラスを置いて、アルドをまっすぐ見た。酒場のランプの灯りが、金色の髪を柔らかく縁取っている。
「本題に入るよ。あたしたちは、四人パーティーなんだ。ガンランスのあたし、双剣のジン、ヘビィボウガンのミナ。そして、もう一人、大剣使いがいた」
「いた、ということは」
「先月、引っ越しで忙しくなって、ログインできなくなってね。それから、枠が一つ空いてる」
セレナの視線が、アルドの背中の蒼爪の大剣に向いた。
「あんたの戦い方を見て、思ったんだ。ドスランポスを相手に、咆哮の対処を学び直して、イャンクックには観察から入る。道具の使い方もうまい。ああいう慎重さを持った人間は、パーティーに必要なんだ」
「ありがとうございます。でも……」
アルドは、言葉を選びながら続けた。
「正直、嬉しいです。一緒に狩りができたら、楽しいと思います。ただ、もう少しだけ、一人で強くなりたいんです」
「ほう」
「昨日、ドスランポスに一度負けました。今日のイャンクックだって、運が良かっただけかもしれない。まだ、自分の大剣を、きちんと分かってないんです。もう少し、一人でいろんなモンスターと戦って、自分の戦い方を作りたい」
「……」
セレナは黙ってアルドを見つめた。その視線は鋭いが、不思議と嫌な感じはしなかった。やがて、ふっと口元を緩める。
「いい答えだね。そう言うと思ったよ」
「え」
「あんたみたいなタイプは、誘われてすぐに乗るより、自分で納得してから来たほうが強い。待つのは苦手じゃないんだ」
ジンが肩をすくめて笑った。
「俺はもう少しゴリ押ししたかったけどな。まあ、セレナがそう言うなら、仕方ない」
「その代わり」
セレナは、テーブルの上に身を乗り出した。ぐっと距離が縮まって、金色の髪の先がアルドの腕に触れそうになる。ほんのり甘い、花のような香りがした。
「フレンド登録はしておいて。困ったことがあったら、いつでも呼びなよ。あんたのレベルが追いついたら、声をかけてくれる約束で」
「は、はい。もちろんです」
「それと」
セレナは、指先でアルドの二の腕を、つんとつついた。
「……硬いね、本当に。リアルでも、相当鍛えてるんでしょ」
「え、あ、いや、その」
「ふふ。顔、赤くなってる」
耳元で囁くような声に、アルドは息を詰まらせた。ジンが大笑いして、テーブルを叩く。
「おいおい、セレナ。新人をからかうなよ」
「いいじゃないか。うちの男どもは、誰もこんな反応をしてくれないんだ」
「俺は反応してるぞ。毎回ツッコんでる」
「あれは反応って言わない」
二人の軽口を聞きながら、アルドは赤くなった顔を隠すように、エールをあおった。冷たい苦みが喉を通り抜けて、少しだけ落ち着く。
そのとき、小さな声が割り込んだ。
「……音爆弾の使い方、悪くなかった」
ミナだった。いつの間にか、前髪の隙間からこちらを見ている。
「え?」
「イャンクックに。放心させる位置取り、うまかった。……あれ、結構難しいから」
「見てたのか」
「たまたま。丘の上から」
ミナは、ぷいと顔をそらして、果実水をすすった。耳が赤い。ジンがにやにやしながら、アルドに耳打ちした。
「あいつ、ゲームの中だとよく喋るんだけどな。初対面の相手には、最初はあんな感じだ。気に入られたら、そのうち遠慮なくしゃべり出すぞ」
「聞こえてる」
「ほら、聞こえてる」
ジンが笑い、ミナがむっと頬を膨らませる。その様子が妙におかしくて、アルドも思わず声を出して笑った。
酒場の灯りが、四人の笑い声を優しく包んでいた。
しばらくして、料理がすっかり片付いた頃、セレナがグラスを置いた。
「そろそろお開きだね。今日は付き合ってくれてありがとう、アルド」
「こちらこそ。ごちそうさまでした」
「明日からも、一人で狩りに行くんだろう。無理はしすぎないで。まずい相手に出くわしたら、逃げるのも技のうちだよ」
「分かりました」
四人で酒場を出ると、夜空には星が瞬いていた。街灯がぽつぽつと並ぶ石畳の道に、冷たい夜風が吹いている。街灯の下に立つセレナの金髪が、風に揺れて淡く光った。
アルドはメニューを開いて、三人のフレンド登録を済ませた。画面の隅に、新しい名前が三つ並ぶ。
【セレナ】
【ジン】
【ミナ】
「また会おうな、アルド」
ジンが手を振って、夜道へ歩き出す。ミナもその後ろについていったが、数歩進んだところで、ふと足を止めて振り返った。
「……次は、ちゃんと名前で呼ぶ」
「え?」
「筋肉の人、じゃなくて。……アルド、って」
それだけ言って、ミナは小走りでジンを追いかけていった。残されたアルドは、呆然とその背中を見送る。
隣で、セレナが静かに笑った。
「あの子にしては、上出来の挨拶だよ」
「そうなんですか」
「そうだよ。待ってるからね、アルド」
セレナは軽く手を振って、長い槍を背負い直し、夜の街へ消えていった。
アルドはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて大きく息を吐いて、空を見上げた。
「パーティー、か」
背中の蒼爪の大剣が、星明かりに青く光っている。もっと強くなって、胸を張って彼らの隣に立ちたい。そのための準備を、これから積み重ねていけばいい。
「よし。明日は、もう少し奥まで行ってみるか」
アルドは宿へ向かって、ゆっくりと歩き出した。




