04
屋根の上を駆け抜け、隙間を飛び越え、王城の近くの裏通りに男は飛び降りた。華やかな表通りと違って、荒廃した裏通りには空き家が目立つ。そのうちの一つに彼は入ると、残されていたボロボロのクローゼットに隠していた黒いロングコートを手に取り袖を通した。それからコートについているフードを深く被る。フードは彼の顔を隠し、口元だけを見せた。
「…………行くか」
酷く沈んだ声がガランとした部屋に落ちる。彼は空き家から出て再び屋根の上を走り出した。王城の門に続く坂道の前で家は途切れ、彼は屋根から飛び降りる。坂を上った彼が門番の憲兵たちに手を上げると、憲兵たちは彼に向かって姿勢を正しびしりと敬礼をした。
そのまま門の先へ進むと美しく整えられた庭が広がっている。水堀にかけられた橋の先に佇む城。彼はその中へ入ると小走りで目的地へ進んでいく。四角く建てられた城に囲まれた中庭を突っ切って、城の入口とは真反対にある部屋へ向かった。
他の部屋の扉と違う、両開きの大きな扉。彼が扉を開けると部屋の真ん中に置かれていた向かい合わせの広いソファに座る二人がそれぞれ彼を見た。
「悪ィ、遅くなった」
「ご無事で何よりです、ハートさん」
長く淡い金の髪を頭の高いところで二つ結んだ彼女はそう言って安心したように笑った。彼女はこちらへどうぞ、と男――ハートを自分の隣へ座らせると自身は立ち上がり紅茶を用意し始める。
深く息を吐いてソファに座ったハートを向かいのソファに座った金髪碧眼の男が無表情のままジッと見つめていた。
「ダイヤも紅茶のお代わり要ります?」
「そうだな」
「カブ蜜もたっぷりですよね」
ハートに向かい合う男――ダイヤは彼女の問いかけに頷く。カブ蜜はカブという昆虫が花から集めた蜜を凝縮した物だ。彼女はダイヤが頷いたのを確認するとカブ蜜の瓶からこれでもかというほどカップに流し入れ、その上から紅茶を注いだ。それから何も入れていない二つのカップにも紅茶を注ぎ、お盆に乗せてハートとダイヤの間のテーブルまで運ぶ。
「ありがとな、クローバー」
「全然。自分のついでですから」
ハートが礼を言って受け取ると彼女――クローバーはにっこりと笑って首を振る。それから彼女はハートの隣に座り、自身が用意した紅茶に口をつけた。全て一級品が用意されたこの部屋の茶葉も勿論一級品で、香りが良く深い味がする紅茶だ。今日はアンジェという紫で果肉がぶつぶつとした果物を蜜漬けしてから乾燥させたものを茶葉に混ぜた物を選んでいた。
この味の紅茶が一番好きな人物は、今日はいない。
「スペードも居れば良かったのに。AITH皆で集まれる機会って少ないですし」
Ace In The Hole-通称AITHと呼ばれ魔王サテルの切り札と言われている憲兵隊の中でも特に優れた四人の人形。
最強の戦士と謳われる第一位『ダイヤ』
素性が謎の大剣使いである第二位『ハート』
気性の荒い国一の魔女である第三位『スペード』
美しく慈愛に満ちた銃使いである第四位『クローバー』
ここは彼らの共有部屋であり、その名にちなみホールと呼ばれていた。
クローバーが零した言葉にダイヤは無言で紙を机に差し出す。そこには魔王サテル即位十二年記念の舞踏会について書かれていた。
「なるほど。私たちで陛下の警備ですね」
「あぁ」
「ドレスと髪飾りの用意しなきゃ。流石に舞踏会の日に陛下の隣で普段着ってわけにもいきませんもんね」
ふんふん、と頷きながら呟くクローバーは嬉しそうな顔をしている。彼女は元から美容に関することが好きなので楽しみなようだ。
「当日のスペードの用意もユナと二人でしてくれ」
「了解です! スペードの髪型どうしようかな~~! ダイヤはどんな髪型が好きですか?」
ダイヤの言葉にクローバーは満面の笑みで引き受けた。ユナというのは彼女の補佐官である。AITHにはそれぞれ補佐官と呼ばれる憲兵がいるのだ。
どんな髪型が好きかというクローバーの問いかけが聞こえていないのかダイヤは答えなかった。
「スペードのドレスはどうするんです?」
「サテル様が用意すると言っていた。心配ない」
「そうですか。陛下は趣味も良いのでそれなら安心ですね」
呑気にニコニコと笑っているクローバーに、ハートは苦笑いを浮かべた。恐らく彼女は何故今舞踏会の話が出たのか理解していないのだろう。
わざわざスペードがいない時期にこの話をしたのは、逃げられないようにする為に違いない。語気が強く気性が荒いと思われがちのスペードだが、それは照れているからだ。人見知りで目立つことも嫌う彼女が、素直に舞踏会に出るとハートには思えない。前もって伝えれば何かしらの理由をつけて遠方へ逃げるだろう。それを見越してサテルやダイヤは今になってAITHを集めこの話をしたに違いない、とハートは紅茶を飲みながらスペードに同情した。
「……ところで別件だが、今日街で食い逃げをした男がいたらしい」
ダイヤの言葉にハートは紅茶を飲む手が一瞬止まる。間違いなくそれはハートのことだ。何も悟られまいと彼はカップを再び傾けた。
「それがどうしたんです?」
「見回りの憲兵が言うにはかなり体格も良い、憲兵にうってつけの男だったらしい」
「…………そうですか」
憲兵にうってつけの男だった、という言葉の意味をクローバーは知っていた。彼女は静かにそう言ってから紅茶の入ったを覗き込む。
憲兵隊はサテルの創った人形の集まり、人形というのはサテルが殺し魔法で生き返らせた人間だ。不老不死の身体を持つ強い兵士たちはその実一度死んでいる存在だった。
この国では魂は転生を繰り返すと考えられている。死んだ者の魂はまた違う器に移り再び生を得る、というものだ。しかし、移ると言っても死んでから少しの間はまだ死んだ器の近くにいる。そのことを利用し、死んだ者を生き返らせる呪文があるという。魂を無理矢理元の器へ戻すのだ。
エルライードになる前のハタナやナタラよりもっと昔、かつてこの国がエレメンテリアと呼ばれていた頃は禁忌魔法とされていたという話はクローバーもスペードから聞いたことがある。世界の理に反しているその魔法は成功率も低く、術者にも大きな代償が必要となるらしい。現代において禁忌魔法とされていないのは、使える人間がいないからだとスペードは説明していた。昔は今よりもずっと魔法が発達していたのだという。
つまり憲兵にうってつけだ、ということは殺して人形にするという意味なのだ。
「家に忘れたという財布を取りに行かせず理由をつけて連行しようとしたらしいが、何故か男は突然金を払ったから連行できなかったと言っていた」
「そうですか」
「黒髪で長身のとてつもなく顔の良い男だったと報告を受けている。もし街で見かけたら注視してくれ。何かしらの理由が見つかれば即連行するように」
「……分かりました」
クローバーはチラリと隣に座るハートを見上げた。会議中ずっと黙っていた彼は、話をちゃんと聞いているのかどうなのかも分からない様子で紅茶を飲んでいる。
その時、ホールの扉が乱暴に叩かれた。クローバーがどうぞ、と返事をすると両開きの扉が開きダイヤの持つ部隊に所属する憲兵が敬礼をしながら報告をする。
「ルクサイトの外れの不穏分子の処分を完了いたしました!」




