03
賑やかな大通り、市場には見たことがない色とりどりの野菜や魚が並んでいる。一時間半近くかけ王都の乗合ティミンの停留所に着いたテトは目を輝かせ周りをぐるりと見回した。父からのメモにあるのは日用品の類で、全て商店で買える物だ。久しぶりの王都を見て回りたい気持ちはあるが、まずはおつかいを済ませようとテトは昔父と歩いた時のことを思い出しながら王都で一番大きな商店に向かって歩く。ルクサイトとは比べ物にならない街に迷いながらも何とか大きな商店に辿り着き、父からのおつかいを済ませた。
財布には10BCの札が二枚残っている、これが大目に入れておいてくれたお金なのだろう。大衆食堂で一食満足に食べられるほどの金額だ、テトは父の気遣いに改めて感謝した。何かを買うか、それとも何かを食べるか、とりあえず歩きながら決めようと彼は袋を抱え商店を出る。
「うわっ⁉」
その瞬間、彼は強い力で押されその場に転げた。持っていた袋は地面に落ち、買った物が散らばっている。一体何が起こったのか一瞬理解できなかった。
「悪ィ! 大丈夫か⁉」
謝る男の声に、自分は今彼にぶつかられたのだということをテトは理解する。しかし、状況を理解したはずの頭は声の主を見上げると再び停止した。
金髪や薄い茶髪が一般的なこの国では珍しい黒い艶のある髪は後ろに撫でつけるようにセットされていて、額から顎にかけての美しいラインがよく分かる。確かに王都には都会らしい洗練された人々は多いが、彼は別格だとしか言えない。恐らく普段はキリっとしているだろう眉はテトを心配するように少し下がっていて、これまた珍しい若葉色の目は甘く優し気に垂れている。
これまでの人生テトは人に見惚れたことはなかったが、まさか初めて見惚れる人間が同性になるだなんてどうして予想できようか。男はテトが落としてしまった物を慌てて袋に詰め直し、未だ倒れたままの彼に向かって手を差し伸べた。
「怪我はねぇか? ちょっと急いでたんだ。本当悪かったな」
「あ、いや……えっと、大丈夫だよ」
男の手を取りテトは立ち上がった。テトの様子に男は安心したような顔で笑う。
一瞬、テトの頭にキーンという高い音が響いた。耳鳴りだろうか、と少し顔を顰めると目の前の男はどういうわけか驚いた顔でテトを見つめている。午後の眩しい光を受けて輝く若葉色の瞳に射貫かれテトはぎょっとした。
「食い逃げ犯め、見つけたぞ! 貴様に死刑を下す!」
「げ! マジで勘弁してくれって!」
突如後ろから聞こえてきた声にテトが振り返るとそこには憲兵が立っていた。どうやらテトにぶつかった男は食い逃げをしたらしい。確かに食い逃げは良くない、しかしながらそれで死刑はやりすぎではないだろうかとテトは少し引き気味に憲兵を見る。
「ならば今すぐ金を払えと言っている。20BCを今! すぐ! 払え!」
「だから払う気はあるんだって! 財布を家に忘れたから取りに帰らせてくれって言ってんのに話聞かねぇのはそっちだろ⁉」
こんな人間離れした美しさを持つ男でも財布を家に忘れるなんて人間らしいうっかりなところがあるものなのだな、とテトは吞気に感心した。それにしても財布を家に取りに帰らせてもくれない、今すぐ金を払わなければ殺す、とは本当に理不尽だ。財布を忘れて飲食をしたのは間違いなく男が悪いが、払う意志を見せているにも関わらず死刑とは憲兵隊には血も涙もないという話は本当だった。テトが父から聞いた話ではサテルが統治する前はもっと国民に優しい国だったという。ルクサイトにも一人だけ駐在している憲兵がいるが、彼はテトたちのことをよく気にかけてくれて村に何かあればすぐに対応してくれていた。
しかしこの憲兵はそうではないようだ、とテトは自身の持つ財布を見る。そこには男が請求されている20BCちょうど入っていた。見ず知らずの人間とはいえ、目の前の救える命を救わないのはテトの倫理に反する。彼は財布から取り出した二枚の10BC札を男に握らせた。
男は驚いた顔でテトを見る。
「アンタ、これ」
「とりあえず憲兵に払いなよ。君だって死にたくないだろ」
「悪ィ、助かる」
金を握った男は少しずつ憲兵に近づいていく。憲兵が剣に手をかけている為、間合いを取っているのだろう。
「死ぬ覚悟はできているか」
「いや……ここに20BCある。ポケットに入ってたの忘れてたんだ」
「チッ……人騒がせなやつだ」
男から金を受け取り確認した憲兵は悔しそうに顔を歪ませる。金は回収できたというのに何故悔しそうな顔をするのか、テトには分からない。
憲兵が大きな溜め息をついてから来た道を戻っていくのを確認すると男はテトに振り返った。困ったように笑う彼は、周りを歩く人々よりも頭が一つ抜けて高い。先ほどは気がつかなかったが体格もがっしりとしている。顔だけでなく存在全てが周りを惹きつける男だ。
「助かった。本当にありがとな」
「いや、まぁ……目の前で死なれても目覚め悪いし」
「悪ィけどこれから家に帰って金取ってくるから……」
待っててくれ、という男の言葉は街に十五時を知らせる鐘の音にかき消された。男は音に驚き、そのまま頭を抱える。
「……悪ィ、本当に悪ィんだけど一週間後の同じ時間にここで会うことってできるか?」
ルクサイトから王都までは乗合ティミンで一時間半だ、そこまで遠い距離ではない。普段は一ヵ月に一回程度しか王都で買い物をしないが、理由を話せば父も外出を許してくれるだろう。それに再び王都に遊びに来れるならばテトとしても嬉しい限りだ。
「疑う気持ちも分かる。けど絶対に返すから。頼む」
「いや、全然疑ったりとかはないんだけど……どうしたの?」
「実は職場での会議が十五時からで、既に遅刻してるんだ」
「それ大変じゃんか! 一週間後の同じ時間で良いから早く行きなよ!」
「アンタ良い奴だな……本当にありがとな。それじゃ来週同じ時間に、またな」
そう言って男は近くの壁を蹴り、民家の屋根に上る。そしてそのまま屋根の上を走り去っていき、テトは一瞬で彼の姿を見失ったのだった。
ここまでして急いで行かなければいけない会議があるなんて都会人は大変だな、とテトはしみじみと考える。畑を耕すか、ルンデやその他の動物を育てるかだけで人々が暮らしているルクサイトには会議を行うような仕事は無い。
街を見物するのは来週来た時にしよう、と決め彼は乗合ティミンの停留所へ向かうことにしたのだった。




