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第五話
Ace In The Hole――通称AITHは魔王サテルの切り札と言われ憲兵隊の中でも優れた者を集まりで、その中でも第一位の『ダイヤ』は国一の剣士と言われているほどだ。それぞれは自らの部隊を持ち、そして各部隊にいくつもの小隊があり、それらが憲兵隊を成している。そしてその全てが人形――光を失った生ける屍達だ。
第一位である剣士『ダイヤ』
第二位『ハート』……今はもう、いない。
第三位、魔女『スペード』
そして第四位の銃使い『クローバー』
この四人がAITHだ。
ハートがもういないと述べたのはあの事件、彼がクローバーを撃ち、そのままどこかへ消えてしまった事件以来彼の消息を憲兵隊は掴めていないからだ。しかしそんな彼の行動にサテルが興味深そうに笑った以外何もしないことに残りのAITHやその補佐官たちは疑問を抱いていた。それにクローバーとハートは憲兵隊初期の頃から仲がとても良かった。それなのに何故ハートはクローバーを撃ったのか。クローバーに何があったのか聞いても笑って首を横に振るだけだ。
「……何か、仲間外れみたいじゃんか」
そう呟いてから、彼女は思考を停止した。変な勘繰りなんて止めだ。もう、AITHの共有部屋――その名にちなみホールと呼ばれている――の前まで来ている。こんな弱気な姿は誰にも見られたくない。彼女は左手を胸元に当て、深呼吸を一つした。それから両開きの大きな扉を開ける。三人で使うには広すぎる部屋。部屋にあるものは全て一級品。閉まっているカーテンの隙間からは窓からの光がさしこんでいる。薄暗い部屋が更に彼女の気持ちをどんよりさせた。
このままじゃいけない。そう思った彼女はおもむろに棚に向かい紅茶の茶葉を取り出した。こうなればもう、気分転換だ。ポットを出してその中に魔法で創った水を入れ、炎魔法で火にかける。一番美味しい温度にするには少し難しい。けれどもこの自分にかかれば容易いことだ。そして出来上がった紅茶に満足した彼女は部屋の真ん中にあるソファに座ろうとした。
「あ……」
ソファの背もたれで気がつかなかった。座ろうとした二人がけのソファにはクローバーが寝ていた。心なしか目の下が黒くなっているような気がする。それを見た彼女はとりあえず手に持っていたポットを長机の上に置きもう一度棚を開いてカップを一つ出す。それから少し考え、カップをもう一つとカブ蜜の瓶を取り出した。カブ蜜はカブという昆虫が花から集めた蜜を凝縮した物だ。甘い為、彼女はあまり好んで紅茶には入れない。用意したうちの片方のカップにだけスプーン二杯とちょっとのカブ蜜を入れる。それから長机にカップ二つを並べて紅茶を注いだ。
それにしても部屋が暗いのでカーテンを開けたほうが良い気がする。クローバーが起きるかもしれない。というよりも起きてほしい。彼女は決して口には出さずに意見を述べ、カーテンを開けた。昼過ぎの明るい光が部屋を満たした。
「んぅ……あれ……スペード? 任務終わったんですね、お帰りなさい」
部屋が明るくなったことで目を覚ましたクローバーが目元を擦りながら身体を起こした。スペードはそんな彼女の向かいのソファ座り、自分のカップを手に取った。紅茶に口をつける直前、小さく呟く。
「……そっち」
「はい?」
「そっち、に、置いたっ、の……お前の!」
「わぁ! 良いんですか? いただきまーす!」
クローバーが嬉しそうにカップを手に取ると彼女はフンとそっぽを向いてから不機嫌そうに紅茶を飲み始めた。クローバーは彼女のその様子を見て微笑む。彼女は人から感謝されることに慣れていない。この憲兵隊に来た頃からずっと自分が悪役だと思っている節がある。変な言い方だが性格が真っ直ぐにひねくれている。自分の感情を表現するのも苦手なようだ。だが、長い付き合いのクローバーは知っている、彼女は感情を口ではなく仕草や表情で表現しているのだ。例えば今の不機嫌な顔も彼女の感情をハッキリと伝えていた。
「……スペード?」
「何だ」
「照れてます?」
「な……っ! 照れてないッ!」
慣れてしまえば本当に分かりやすい。クローバーが彼女に初めて出会った頃は流石に怒っているのかと勘違いしたことが何回もあるが、今となっては彼女の表情に、仕草に、何を考えているのか手に取るように分かった。
「あ、やっぱり私好みの味だ」
「別に? 間違えてカブ蜜入れちゃったけど甘いの嫌いだからお前に飲ませようとしただけ」
「えへへ~~、ありがとうございます」
「だからお前の為じゃない!」
表情こそ不機嫌そうだが、耳まで真っ赤にしているのだから分かりやすすぎる。彼女に気づかれないようにクローバーは口元に笑みを浮かべ、二口目の紅茶を飲んだ。本当に自分好みの味そのものである。スペードはもう完全に照れて押し黙ってしまった。仕方なく話題を変えようとクローバーは今日の夜について話を始める。
「そういえば、大変ですねスペード」
「……何がだ?」
「やっと任務終わって三週間ぶりに帰ってきたのに今日の夜もまた任務じゃないですか」
「……え」
カップを持ったまま固まったスペードを見てクローバーは悟った。どうやら彼女はまだ今日の夜の任務について聞いていないようである。ダイヤは彼女にまだ伝えていないのだろうか。確かに彼女が任務で出ている間に決められた仕事だが、それでも今日帰ってきてからきっと今までの間に伝達があってもおかしくないはずだ。何しろ今はもう夕方である。こんな直前まで知らせてないのはおかしい。
「聞いてないんですか? 今日の陛下の即位十二年記念の舞踏会の出席……」
「え……と、武道会?」
どうやら彼女は聞き取れたが頭の中で都合良く解釈したようだ。しかしそんな現実逃避をしているわけにもいかない。もうそろそろ準備をしなければいけない時間だ。流石に王の護衛をする人間が普段着でいるわけにもいかない。それにクローバーは先日サテルが彼女の為のドレスをちゃんと用意しているとも聞いていた。
「ぶとうかい、ですよ……夜会と同じ意味合いの」
「なっ……聞いてない! しかも夜会だぁっ⁉ くっそ、ダイヤはどこだ⁉」
「多分……部屋だと」
「アイツ……っ」
「俺はここにいる」
サテルからの指示を伝えるのは主にダイヤの仕事だ。彼の部屋へ文句を言いに行こうとスペードがソファから立ち上がった時、ホールの扉が開きダイヤが入って来た。どうやらスペードの声は外の廊下まで聞こえていたようだ。彼は相変わらずの無表情でスペードをジッと見ていた。その後ろにはスペードの補佐官であるラウも慌てた顔で立っている。恐らく彼も今さっきダイヤから舞踏会の件を聞いたのだろう。
「ダイヤぁッ! 聞いてない!」
スペードは怒った顔でダイヤに詰め寄る。彼女のその様子にダイヤはほんのわずかに吊り上がっている眉尻を下げた。それから彼は溜め息を一つつく。
「……クローバー、もう話したのか?」
「え、はい……駄目でした?」
「スペードは逃げるから。ギリギリに話さないと……」
「誰が逃げるかっ!」
「ならば、逃げないんだな?」
「うっ……」
条件反射で相手の言葉を否定する癖をどうにかしなければならない。スペードはずっとそう思っていた。そうでなくては、こうやって自分の首を絞めるだけなのだから。大体、もう少し早く話を聞いていれば何だかんだと理由を付けて遠方へ任務に行けたかもしれないというのに、と思ってから自分の思考をダイヤに完全に見透かされているのだと分かり彼女は顔が熱くなるのを感じた。憲兵隊に来て早十年、ダイヤともかなり長い付き合いになってきた。最初の頃は自分が何を考えているかすら理解できなかった彼が、今や他人であるスペードのことまでよく理解してくれているのだ。その事実だけで少し上機嫌になる自分が単純で嫌になる。
「ま、まぁ……護衛ぐらいなら、別に物陰からできるでしょ」
「サテル様の側にいるように、指示が出ている」
「ドレス無いから無理」
せめて護衛の任務からは逃げられないとしても、ドレスが無ければサテルの側になどいるわけにはいかない。ただでさえクローバーや彼女の補佐官のユナと違ってスペードは見てくれも大して良くないのだ。化粧だってあまり得意ではないし、髪だっていつも大雑把に横に纏めているだけ。大体、物語でも魔女なんて恐ろしい生き物として書かれがちなもので、実際にAITH第三位『スペード』といえば気性の荒いなんて形容詞が付くわけで。だから表舞台などに立たずに物陰に隠れるに限るのだ。
「サテル様が用意している」
「じ、自分で着れないしっ」
「それはクローバーに頼んでいる」
「はい、私とユナでスペードのお手伝いです!」
流石サテル様、部下のことをよく分かっていらっしゃる。スペードが考えうる逃げ道を全て塞がれてしまった。こうなればもう逃げ場は無い。彼女は自分の補佐官であるラウに助けを求めるような視線を送ったが、彼は気の毒そうに笑うだけだ。どうやらこの場に居る誰もがスペードを助けてはくれないらしい。彼女は何か言いたげに口を開いては閉じ、それを繰り返してやがて観念したように大きな溜め息を一つついたのだった。
わーいついにAITHの話だ~~!!!
この話、なんと中学生の時に書いた文章からほとんど変わっていません
毎度毎度舞踏会を武道会と聞き間違えるスペード、十数年経っても成長していない……




