02
翌朝、テトはこれまでに聞いたことがないような大きな音で目が覚めた。何か重たい物が地面に落ちたようなドサリという音にテトが慌てて飛び起きると、レックスが立っている。その足元には動物が一匹血を流して倒れていた。
「悪ィ、起こしちまったな」
「う、ううん……それが、魔物?」
「あぁ。見るのは初めてか?」
「うん……」
村を出るといえば乗合ティミンで王都に行くぐらいだったテトにとって、初めて見る魔物だった。見た目はルンデに似ているが、白黒もしくは茶色の毛並みのルンデと違ってその毛は真っ黒に染まっている。魔物とは野生動物の狂暴化し人を襲うようになったものなので、これはきっとルンデが狂暴化したものなのだろう。
「レックス、寝てないの? ごめん、僕、呑気に寝てて……」
「AITHの時だってこんなモンだったから、気にすんなって」
彼は笑ってテトの頭に手を置いた。まるで子どもに対するような接し方にテトは不満気に唇を尖らせる。
「レックスっていくつなの」
「二十二だ」
「じゃあ僕より六つ上なんだ……僕も君の歳になる頃にはそんな風に強くなれてるのかな」
そうは言ってもレックスと自分では置かれている環境が違うということもテトは分かっていた。これまで父親と二人平和に暮らしていたテトと違って、一体いつからかは分からないもののレックスはあの人形しかいない憲兵隊の中、唯一の生者として存在し続け、鍛えてきたのだ。そして遂にはAITHとしてこの国に名を轟かせていたのである。
ふと、テトは彼を見上げた。これはあまりにも厚かましいお願いかもしれない。けれども父の遺言どおりサテルを倒すならば強くならなければならない。
「レックス、お願いがあるんだけど」
「どうした?」
「僕、強くなりたいんだ。だから……僕に戦い方を教えてくれないかな」
テトはレックスの目を真っ直ぐ見つめた。すると彼は目を丸くしてから、破顔した。
「なぁ、俺昨日アンタに言ったろ。俺にできることがあれば協力するって」
「……僕、本当に何の知識も無いから、見捨てないでもらえると嬉しいな」
「誰だって最初はそうだろ」
「そう言ってもらえると少し安心するけど……」
「早速構えてみろよ。善は急げだ」
「構えるって言われても……」
優しい言葉をかけてきたわりに、いきなり構えろとは手厳しい。何の知識も無いのだと言ったばかりだというのに。テトは光玉の嵌まった剣を手に取った。構える、と言われてもどうすれば良いのか。彼は目を閉じて息を吐いた。脳裏にぼんやりと浮かぶイメージにそのまま従う。
「これは驚きだな……アンタ、本当に知識が無いのか?」
「無い、と思うよ」
「そのまま振ってみろ」
テトの構えは間違いなく素人のそれではない。レックスは彼の姿をジッと観察した。普通は素人が重たい剣を持てば軸はブレる。しかしテトは剣を振っても軸を保っていた。これは間違いなく彼が剣の振り方を知っていることを示している。彼は小さい頃の記憶を失っていると言っていた。恐らくその時代に剣を振っていたのかもしれない。記憶はなくとも、身体に染みついているのだろう。
「……ただ、力が弱すぎるな」
「うぅ……鍛えます、やり方教えてください……」
「とりあえず俺と同じようにしておけば大丈夫じゃねぇかな……今日はもうそろそろ出発しねぇと。また野宿することになる」
「そしたらまた君は寝ずの番をするんだろ。それは良くないや……でも、僕はお尋ね者だけど大丈夫なのかな」
「王都での罪は王都の憲兵の管轄だから大丈夫だ」
「でも僕は乗合ティミンには乗れない」
「乗れない。あれは王都の憲兵の管轄だからな」
「まぁ、自分の足で歩く旅人って誰しも憧れはするよね」
「……そうだな」
フッと笑ったレックスは、まるで何かを諦めているような顔をしていた。結局、彼の過去は何も分かっていない。ただ、彼の笑みはどこか陰がある。エルライード城への道のりは長いのだ、いつか聞かせてもらえたら良い。
「ハティルは担げば良いだろ」
なおもぐっすりと夢の中にいるハティルをレックスは担ぎ上げた。眠っている彼女を見つめるレックスは昨晩と同じ様に柔らかく笑っている。何故、ハティルを見る時だけこんな表情を浮かべるのだろうか。テトは首を傾げる。彼は最初、ハティルがテトたちについてくることを良しとしなかったというのに。
「レックスって……ロリコン?」
「は⁉ アンタいきなり何言ってんだ」
「いや、ハティルにはなーんか優しい顔向けてるからさ」
「向けて……ねぇけど……」
妙に歯切れの悪い返事にテトはレックスに疑いの目を向ける。なるほど、やはりハティルに対して何かしらの想いは抱いているようだ。一体何故、テトが見る限りレックスとハティルも昨日初めて会ったはずだ。やはり幼女趣味なのかもしれない、こんなにイケメンなのに。魔法も剣も使えるのに。
「ま、時間はあるからね。おいおい、でしょ?」
「だから向けてねぇって」
「知らなーい。ほら行こうよ。僕も今日はベッドで寝たいし」
まだ何か言いたげなレックスを後目にテトは歩き出した。広い平野の先、地平線からは朝陽が昇ってきている。ひとまず目指す旧国境間のトンネルは東にあるので、あの光に向かって歩いていけば良い。秋の始め、柔らかい朝の光が三人を照らしていた。




