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第四話
憲兵たちが騒がしい夜の王都を走り抜けたテトたちは、街を出てキーリー川沿いを歩いていった。エルライード城へ向かう為、ひとまず国土を南北に分断しているフォート山脈を越えなければならない。険しい山々を連なるフォート山脈の向こう側へ行く為には、山を登るか国の東側の海岸線近くにある長いトンネルを越えるかの二択だ。ただ、険しい山を登るのは現実的ではないため、誰もがトンネル越えの道を選んでいた。
王都が見えなくなる程度に離れた頃、レックスはこの場で野宿をするとテトとハティルに言った。魔物がいる道を夜に進むのはあまり得策ではない。現にハティルは既にレックスの膝の上に丸まり眠っている。レックスは道中集めていった小枝を重ね、そこに魔法で火をつけた。
「ゼルナ・エリズ・ベイス・リュア・シャス・リーク……フェリアル」
枝についた火が小さくパチパチと鳴る。テトはその様子を羨まし気に見ていた。
「良いなぁ」
「何がだ?」
「僕、魔法が使えないんだ」
この国の人間はほとんど誰もが簡単な魔法を使うことができる。『炎』の神リークと『水』の神リアの加護によって、誰もが魔法で水と炎を調達できるのだ。そして全ての生き物は『生命』の神サナの庇護下にあり、世界は『光』の神コウによって照らされていると信じている。
「魔法が使えねぇって……」
「村の基礎学校で古代メリメラ魔法の授業も勿論あったけど、僕はできなかったんだ」
「水魔法もか?」
「そうだよ。水も炎もどっちも駄目だった」
国民のほとんどが魔法を使えると言っても向き不向きはあり、水魔法は使えても炎魔法は使えない者、またはその逆の者もいる。そんな人々の為に街や村には井戸が設置されており、また商店には発火石が売られている。
「……僕も魔法を使ってみたかったんだけどなぁ」
「火と水以外は試したことねぇのか?」
「それ以外は学校で習うことないし……むしろ君は他の魔法を知ってるわけ?」
「まぁ、基礎的なやつしかできねぇけど……」
レックスはそう言って何かの序詩を唱え始めた。すると彼の左手の指先に小さな氷の粒が集まっていき、粒はやがて小さな塊になった。氷魔法だ。テトは出来上がった氷塊に指で触れる。見た目どおり、ひんやりと冷たい。
「僕もやってみようかな……」
「おう、そしたら一緒にやってみようぜ」
レックスがニコリとテトに笑いかける。テトは頷いて、右手を伸ばした。レックスが彼の為に氷魔法の序詩をもう一度唱えていく。
「ウラ・フルス・シーア・メルゾ・カラキ・シュカ」
テトはレックスが唱えた序詩を同じ様に唱えた。しかし彼の右手の周りには何も集まらない。
「シーア」
レックスが呪文を唱えると、彼の指先の氷の粒は再び小さな塊となり地面に落ちる。テトも同様に呪文を口にしたが、やはり何もできなかった。氷魔法も使うことはできないようだ。テトは肩を落とす。そんな彼の背中をレックスは慰めるように優しく叩いた。
「だいじょーぶだって。魔法が使えねぇならきっとアンタには剣の才能があるよ」
「剣の才能……?」
「知らねぇのか。魔法が使えねぇ人間は武器に長けてるんだ、その逆も」
「知らない。お父さんは何も言わなかったから……」
「実際、AITH第一位のダイヤは魔法が使えねぇ分剣の腕に長けてるし、逆に第三位のスペードは魔法に長けてる分武器……どころか簡単な刃物すら使えねぇんだ」
テトはレックスの話に頷く。実際にAITHにいた彼が言うのならば本当のことなのだろう。テトは魔法が使えない自分に対する不甲斐ない気持ちを、ほんの少しだけ拭うことができた。しかし、なおも気分が浮上するわけではない。剣の腕に長けている、と言われてもテトは剣を振ったことがないのだ。基礎学校で習うことではなく、またバイルは決して教えてくれなかった。
「……僕、こんな立派な剣を持ってても使い方が分からないんだ」
「大剣と剣じゃ少し違うかもしれねぇけど、俺に協力できることがあればするぜ、な?」
「本当? ありがとうレックス!」
「実際、魔物が出てくることも考えたらアンタも自分の身を守れたほうが良いしな……アンタが乗合ティミンに乗れなくなったのは俺のせいだし……」
「それは本当にね。パンテラほどじゃなくてもティミンも速くて便利なのに」
テトはジトっとした目で隣に座るレックスを見上げる。すると彼は困ったような笑顔を見せた。
「……そういやティミンって数十年前まではかなり遅かったらしいぜ」
「そうなの?」
テトの視線から逃れるべく、レックスはふと自分の知っている雑学を切り出した。テトは自分の知らない話に興味深そうに聞き返す。
「あぁ、何でもレガンドに住んでた金持ちがティミンの改良や客車部分の改造をして速さを追求したんだと」
「レガンドってたしかハタナ側の最大の都市だよね? お金持ちならパンテラに乗れば良いのに」
「パンテラには酔うから乗れなかったらしい」
「へぇ……じゃあ今エルライードの人たちが便利に移動できるのはその人のおかげなんだ。僕たちを除いて」
「悪かったって……」
話を逸らしたつもりだったが、結局テトからジトっとした目を再び向けられレックスは再び困った顔で笑った。彼は城から持ってきた鞄を手に取り中を覗く。それから驚いた表情を浮かべた。
「本当、クローバーには敵わねぇな……」
レックスはそう呟いて鞄の中から小鍋を取り出した。更には野菜や紙に包まれた干し肉も出てくる。バタバタしていて昼から何も食べていないことをテトは思い出した。本当ならレックスに金を返してもらい、王都で何か軽く食べてからルクサイトに帰ろうと思っていたのだ。それが今となっては一体いつルクサイトに帰ることができるのか。本当ならエルライード城へ向かう前にダグやその家族に挨拶をしたいと思ったが、今はまだ憲兵に目をつけられているだろうから村には寄らないほうが良いとレックスに言われ諦めたのである。そして今はルクサイトよりも更に先、フォート山脈のトンネルを目指していた。
「クローバーさんが用意してくれたんだ?」
「そうみてぇだ」
「君たち、どんな関係なの?」
「…………同僚だよ」
同じく鞄に入っていた小さなナイフで野菜を切っていたレックスがニッコリと笑ってテトの方を向く。テトの問いかけから妙に間があった。テトが疑いの目で彼を見つめると、彼は笑みを崩さないまま再び野菜に向き直る。野菜を切り終わった彼は更に干し肉を刻んでいった。
「レックスって人形じゃないんだよね?」
「俺は一回も死んでねぇからな」
「死……?」
「あぁそうか。憲兵隊じゃ普通すぎて忘れてたけどこの話ってあんま出回ってないんだっけか」
「どういうこと?」
「人形はサテルの魔力で動いてる死体だ。死んでるからこれ以上死ねない。だから不老不死なんだよ」
初めて知った事実に、テトは息を呑んだ。人形という名前なだけあって、サテルが魔法で一から創ったのだとばかり思っていた。それがまさか死んだ人間を利用しているなど、そんなおぞましいこと想像だにできなかったのだ。死んだ人間を生き返らせることはこの世界で一番の禁忌である。
「じゃ、じゃあクローバーさんも」
「一度死んでる。勿論他の人形、さっき話してたダイヤやスペードもな」
「クローバーさんは君が生きてるってことを知ってたんだよね? それどころか、君が光使いだってことも」
「そうだな」
「他のAITHの人たち、ううん、他の憲兵隊の人たちは?」
「知らねぇよ」
レックスは切った野菜と干し肉を小鍋に入れた。更に彼は水魔法を唱えて鍋に水を加える。鞄から調味料を取り出し味の調節をし始め、しばらくするとぐつぐつと煮立つ音が聞こえてきた。テトの質問に答えるだけでレックスは多くを語ろうとしない。これから一緒にエルライード城への長い旅をするにはあまりにも気になることが多すぎる。テトは先ほど聞いた質問を繰り返した。
「クローバーさんとはどういう関係なのさ」
「だから同僚だって」
「そもそも君、何であんな場所に居たわけ? 簡単に入れるような場所じゃないし……サテルを倒したいって、何があったの?」
「…………まぁ、おいおいな。ほらできたぞ」
「あ、ありがとう……いただきます」
レックスは出来上がったスープを器に入れテトに手渡した。顔には笑みが貼り付いている。彼のこの笑顔は何も聞かせない圧があった。受け取ったスープにテトは口をつける。
「美味しい」
「そうか? ありがとな」
「こっちこそ、作ってくれてありがとう」
テトの礼にレックスは首を振るだけで返事をした。すると彼の膝で丸くなって眠っていたハティルが小さく唸る。彼女は目を擦りながら目を覚ました。
「んぅ……センセイ……?」
「悪ィ、起こしたか? 飯食べるか? 大したモンじゃねぇけど……」
「ごはん……? ごはん! 食べる! ハティルね! おなかペコペコなの!」
膝の上ではしゃぐハティルを地面に下ろし、レックスは彼女の為にスープをよそいだ。目を覚ます直前彼女が呟いていた言葉は一体何だったのか、テトには分からない。聞いたことのない単語だった。レックスからスープを受け取ったハティルは嬉しそうに食べている。そんな彼女のことをレックスは微笑みながら見守っていた。その顔にテトは初めてレックスの柔らかい表情を見た気がした。
そうだよね、パンテラに乗れないと自分の大切な人が仮に誘拐なんてされたら追いかけられないもんね
それならティミンを改良してなるべく速く移動できるようにしたいよね
誘拐されてる間に真名の交換とかされたらたまったもんじゃないですからね




