02
この世界の神は二物を与えない。それは一種の理だった。強い魔力を持つ者は、魔法の才を持っている。天性の勘、つまり呪文の構成力のことだ。魔法を使う為に必要な力はいかに使いたい魔法をイメージできるかである。いかにイメージをできるか、いかにそのイメージを言葉として表せるか、それによって魔法の強さが変わるのである。ハティレキアが賢者と呼ばれるのも、有り余る魔力と共に天性の勘を持っているからだ。しかし彼女は武器を扱うことができない。それこそが神が二物を与えないということだ。魔法の才に溢れた者は武器を扱うことができないのである。ハティレキアの場合は料理の為の包丁すら握ることができない。握ろうとすればどんどんと気が遠くなっていくのである。逆に武器の才に恵まれた者は魔法を使うことができなかった。国王レネアも武器の才に恵まれていた。大剣を用いる彼は、城のどの兵よりも強かった。それだけでなく彼は強い魔力も持っていたのだ。しかしながら、やはり武器の才に恵まれているからか、彼はあまり魔力の使い方を理解できていないようだった。それがハティレキアが彼の師として魔法を教えているうちに分かったことだった。
ただ、彼は使い方を分かっていなかっただけで、ハティレキアが教えたことは乾いた土が水を吸うように覚えていった。まだ若くして王となった故に未熟だと言われかねないから、と彼は努力を重ねていた。武器を扱うことには長けていたが、その膨大な魔力を手にしたのは歴代の王然り即位する為に四神の祝福を受けたからである。だから彼は魔力の使い方を理解できていなかったのだ。
「本当に陛下は素晴らしい王です」
ハティレキアに魔法について学び今や比較的安易な古代メリメラ魔法だけでなく古代ミチリガ魔法も使えるようになったレネアへ彼女は告げた。この世界には二種類の魔法が存在する。古代メリメラ魔法と古代ミチリガ魔法だ。メリメラ語とはエレメンテリアを筆頭に話されている言語であり、ミチリガ語はユチュシュラを筆頭に話されている言語である。〝古代〟と付くだけあり、今とは異なる語彙を用いていた。古代メリメラ魔法は使用できる単語の数が少なく魔法の種類も少ない。代わりに古代ミチリガ魔法と比べて発動が楽である。エレメンテリアの民のほとんどが、武器の才に特段恵まれた者以外は使用することができた。反対に古代ミチリガ魔法は単語の組み合わせを無限に行うことができる為、いくらでも新しい魔法の創造をすることができる。ただし発動する為には天性の勘が必要で、一般的には魔女や魔法使いと呼ばれる人々にしか使用することはできないものだった。それをレネアは既に自分の物にしたのである。それは間違いなく、彼の努力故だった。
「もちろんだ」
レネアは得意気に笑って、ハティレキアを見る。この城に住み始めて既に一年が経とうとしているが未だに彼のその笑顔を直視することは彼女にとって難しいことだった。あまりにも顔が良すぎる。彼ももう三十四歳になろうとしているというのにその笑顔は未だに若々しく、しかし年を重ねたことによる色気もあり、本当に目に毒だ。彼が国王でなければそれこそ彼を巡って血で血を洗う争いが起こっていたかもしれない。
既に即位して六年、彼は未だに王妃を娶っていない。彼をいたく気に入っているユチュシュラの国王が自身の娘である姫との縁談を持ち掛けようとしている、という噂もあるがまだ動きは無いようだった。一体どこの幸せな女性がこの若き王と結婚できるのだろうか。世界の理に反して二物を、それ以上の物を手に入れているこの若き王と。ハティレキアがぼんやりとそんなことを考えている傍ら、当の本人は今日学んだ古代メリメラ魔法を唱えていた。
「陛下?」
「何だ?」
「初めての魔法は序詩も唱えてくださいとお願いしましたよね?」
ハティレキアが少し怒ったように言うと、彼は黙り込んだ。比較的安易だと言われる古代メリメラ魔法は序詩と呪文の二つで構成されており、古代ミチリガ魔法よりも発動に多くの語句を必要とする。それは術者の身体に負担をかけないようにする為だ。序詩というのはイメージを具現化するための詩であり、呪文とはその具現化したイメージを術者から放つものだ。高度な魔法になるほどイメージは難しくなる。すなわち序詩が必要になるのだが、ハティレキアのように魔法に優れた者たちは序詩を必要としない場合がある。呪文を唱える瞬間にイメージを具現化し、放つのだ。それこそ魔法の構成力と呼ばれる物である。ただし、序詩無しで魔法を唱えるとその魔法の威力に応じて術者に負荷がかかる。重すぎる魔法の負荷はその身を滅ぼす為、その負荷を減らすのが序詩だった。
「重すぎる魔法の負荷はその身を滅ぼすのです。ですから……」
「その負荷を減らす為の序詩であろう? それも知っているが……」
「面倒だとか言わないでくださいね」
彼女がそう指摘すると彼はムッとした顔で黙った。どこか子どもらしいその様子に少し困ったように彼女は苦笑いを浮かべる。正直最初の頃は彼に対し指摘をすることに気後れしていたが、それで彼が倒れては元も子もない。跡継ぎもいない彼がいなくなれば困るのは国民だ。それに彼はハティレキアが指摘をしても怒ったりなどはしなかった。師としてハティレキアを尊敬してくれているのだということは、彼の態度からもよく伝わっている。
「陛下が倒れたら困るのは国民なのです、多少は面倒でしょうがどうか序詩を唱えてください」
「……ハティレキア」
「はい、何でしょう」
「人は、生き返らせられないのだろうか」
「…………それは、この世界の禁忌を破ることになります」
ハティレキアは彼の突然の問いに驚き、答えた。その答えが彼の質問に対して適切ではないことを自身も理解していた。人体蘇生魔法をできるかできないか、という質問に対してそのどちらとも答えなかったのだから。
この国では魂の転生が信じられている。死んだ者の魂はまた違う器に移り再び生を得る、というものだ。しかし、移ると言っても死んでから少しの間はまだ死んだ器の近くにいる。そのことを利用し、死んだ者を生き返らせる呪文は創ることができる。彷徨っている魂を無理矢理元の器へ戻すのだ。しかし、それは世界の理に反しており、また術者にも大きな代償が必要となると言われている。ただし、術は禁忌とされているので試した者などいない。
「……ですから、陛下は倒れないでくださいね?」
「はいはい分かったよ。無理はしない。初めて唱える魔法はちゃんと序詩も唱える」
「え、あの……陛下?」
「何だ」
「その……話し方……」
突然の彼の砕けた口調にハティレキアは目を丸くしていた。そんな彼女の表情にレネアはフン、と得意気に笑う。それはまるで子どもが悪戯を成功させた時のようだった。
「其方相手に堅苦しいのはもうやめようと思ってな」
「そうですか」
「だから其方も畏まるな」
それはあまりにも理不尽すぎる。王が民に親し気に話しかけるのはまだ分かるが、どうして平民側が彼に対してそんな風に話しかけられるというのか。そもそも彼とこうやって直接言葉を交わせているだけでもハティレキアにとっては恐れ多いのだ。
「……それはあまりにも恐れ多いことでございます。どうかご容赦を」
「我は王だ。そんなものは知らん」
民を想う王と言われている彼とは思えないほどの暴君っぷりにハティレキアは唖然とした。どこか子どもらしいその様子を微笑ましいと思ってしまってから、それは不敬だと彼女は首を振る。きっと彼の気まぐれな思いつきのはずだ、明日には、それどころか夕方にはもうハティレキアに対して畏まるなだなんて想いも消えているだろう。だから今はどうにか乗り切らなければならない。そうしなければ、気持ちを保つことなどできない。気持ちを保たなければ、この想いを隠すことなどできない。




