01
第三話
かつて、まだ世界が出来上がり間もなかった頃の話。魔力の強い王家の統治する国があった。その国の名はエレメンテリア。極東ジャベリアから来た少女リングが四神の祝福を受け建立した国だ。周囲を押さえつける程の魔力を持っていた彼女は魔法王と呼ばれていた。同じく極東から来た少年、亡国である羅国の王族の末裔だったレイドと建国の為に数々の困難を乗り越えた彼女はやがて彼と愛を育み子をなした。彼女の子孫は代々王位を継ぐ際に四神の祝福を受け、膨大な魔力を手にしたのだった。
それから更に時が経ち、時の王は名をレネアといった。魔法王リングとレイドの子孫である彼は歴代の王と同じく膨大な魔力を持っていた。しかしそんな彼よりも強い魔力を持つ女性が存在した。彼女の名をハティレキアという。後に賢者ハティレキアと語り継がれる女性だ。平民の出でありながら彼女はその名を歴史に残している。彼女は魔王と恋に落ちてこの世界に闇を創ったのだと、エルライードの世まで語り継がれている。エルライードの子どもは誰しもが知っている有名なおとぎ話の一つだ。
ハティレキアが齢二十八の時のことだ。彼女は国の賢者として王城に喚ばれていた。賢者と呼ばれてもたかが一平民でしかない彼女は王を目の前にして内心怯えていた。王の前に跪く彼女は顔を上げろと言われ恐る恐る顔を上げる。艶のある黒髪、こんなに美しい髪をハティレキアは初めて見た。彼の先祖であるリングがジャベリア人だからだろう。ジャベリアという国の人々は金髪碧眼のエレメンテリア人と違って黒髪黒目だという。ハティレキアを見下ろす瞳も髪と同じ黒色で、まるで美しい魔石のように輝いていた。少し皺の寄った眉間から伸びる眉はキリっと吊り上がっている。こんなに美しい人を見たのはハティレキアにとって初めてのことで、気後れしてしまう。彼から目を逸らしたいはずなのに、彼の視線がそれを許してくれない。
「其方が賢者か」
問いかけにハティレキアは答えることができない。どうして平民の自分が王に直答できようか。返事をしない彼女にレネアは不満気な顔をした。彼は今年確か三十三歳になるのだとハティレキアは記憶している。彼が即位したのは今から五年前、今のハティレキアと同じ年齢の時だ。彼の母である先王が夫とともに外遊からの帰りに事故で亡くなり、突然その頭に王冠を載せられることになった。隣国ユチュシュラから帰国する為の飛空船が落ちたのである。原因は動力に使っていた魔石の暴走ではないかと言われていた。そしてエレメンテリアとユチュシュラの間で責任の所在が問われた。飛行船を用意したのはエレメンテリアだったが、魔石を用意したのはユチュシュラだったのだ。どちらが原因で魔石が暴走したのかは調査をしても分からなかった。
あわや戦争の一歩手前、とまで言われる程に悪化した関係を解決したのが若く新しい王であるレネアだった。即位してすぐさま両親を乗せて墜落したものと同じようにユチュシュラの魔石を用いた飛行船を用意し、その船でユチュシュラの王を訪ね、彼の国の魔石の素晴らしさについて賞賛したのである。危険だと側近に止められても彼はユチュシュラへの信頼を見せなければならないと説き、そしてそれ以上に自国への信頼があるからこそ乗れるのだと主張した。ユチュシュラの王は彼のその行動に心を打たれ、先王への弔いおよび彼の即位を祝うという名目でユチュシュラ産の最高級の魔石を安価で大量にエレメンテリアへ輸出すると決めた。このことにより戦争は回避され、エレメンテリアとユチュシュラの関係は友好状態まで戻ったのである。
「直答を控えるか。しかし其方は我の師とするべく呼んだのだ、直答の許可を与えるから我に返事をしろ」
「……幸甚の至りでございます」
何故自分が城に呼ばれたのかハティレキアはこの時まで聞かされていなかった。まさか王の師にする為だなど、想像もできなかったのだ。彼が魔法に優れていることはハティレキアも知っていた。それなのに何故師が必要だというのか。それはハティレキアには荷が重すぎることだ。しかしながら断ることもできない。礼をしたまま固まっていると、彼女の側に一人の侍女が立っていた。レネアはその侍女にハティレキアを部屋へ連れて行くよう命令する。何が何か分からないまま、ハティレキアは王の前から下がることになったのだった。




