03
目が覚めるとテトは牢屋に入れられていた。彼を捕らえたのは第二部隊『ハート』の第一小隊だと言っていた。『ハート』という名は部隊長の名前だ、AITH第二位『ハート』の名前はテトでも聞いたことがある。素性が謎の大剣使いである第二位『ハート』のことだ。 正直素性が謎ということの意味は理解していないが、憲兵隊において第一位『ダイヤ』に次ぐ強さを誇る人形なのだろうことは問うまでもない。
「うーん……面倒なことになったのかなぁ」
所持品は何もかも取られている。父から受け継いだ剣も、もちろん無い。服に隠れて見えなかったのか、首から下がる光玉だけは辛うじて残されていた。光玉だなんて大層な名前をお持ちの石だが、テトにはこれが今役に立つとは思えない。手足には枷がつけられている。
「そもそも僕は何で捕まったんだろう」
王国法第六十七条にのっとり、とは言われたがそんなもの覚えているわけがない。理由が今更分かったところでここから出られるわけでもないので、テトは溜め息とともに疑問を吐き出した。それよりも今はここからどうやって逃げるかを考えなければならない。食い逃げ程度で死刑になるような王都だ、テトは正直このままだと殺されてしまう予感がしていた。
「で? 国法違反者はここか?」
「はい、ここに捕らえています」
「了解。んじゃちょっとお話聞かせてもらおうか」
牢の外から二人の男の声が聞こえてくる。一人は畏まった口調だがもう一人はやけに軽い。やけに軽い口調の男の声に、テトはどこか聞き覚えがあった。
牢の前まで男たちが来て彼はやっと二人の姿を確認できた。一人はテトを捕らえた暗い茶髪をした長身で真面目そうな憲兵、そしてもう一人はフードの付いた黒いロングコートを着た男だった。黒フードの男の方は目元が隠れている為、口元しかわからない。しかし辛うじて見えるその口元が、フッと笑った気がした。
「レオ、少し席を外してもらっても良いか?」
「承知いたしました」
黒フードの男にレオと呼ばれた若い憲兵は敬礼をしてから離れていく。その様子を確認した男は牢屋の鍵を開け中に入ってきた。テトの姿をジロジロと不躾に頭の上からつま先まで見てくる。最近増えた耳鳴りが一瞬テトの聴覚を邪魔した。一体何だというのか、テトは固唾を飲み男の言葉を待った。
「さてと……」
男はそう言ってフードを脱ぐ。彼の顔を見た時、テトは息を飲んだ。無造作に後ろに撫でつけられた黒い艶のある髪、額から顎にかけての美しいライン、キリっとしている眉に、甘く優し気に垂れた若葉色の瞳。こんな男は二人としているわけがない。
「何してんの……?」
「え? 俺か?」
「君しかいないと思うけど」
テトはジトっとした目を彼に向ける。彼は相変わらず見る者を魅力する笑顔のままテトを見ていた。何故この男がここにいるのかテトには分からない。憲兵というのは不老不死の人形で、その目に光を映さないのだ。しかし目の前の男の若葉色の瞳は仄暗い牢屋でも間違いなく光を反射していた。
「まあ……AITH第二位『ハート』……とか?」
「へ? え? ええっと……」
「AITHっていうのは憲兵隊の……」
「それは知ってるよっ! じゃなくて……っ!」
驚いた、テトと約束をしていた男があのAITH第二位『ハート』だったなんて、どうして予想できようか。つまりはこの男は、魔王の手下ということになる。バイルを殺した者の仲間だ。テトは彼をキッと睨みつけた。
「僕を騙したってこと?」
「そんなんじゃねぇよ、まさかアンタが武装してくるなんて思わねぇだろ」
「どうだか。魔王の手下の言うことなんか信じられないし」
「…………手下なんかじゃねぇ」
ハートはそれまで浮かべていた笑顔をフッと消した。まるで氷のように冷たくなったその瞳は光も映していなかった。ついさっきまであんなにも人好きのする笑顔を浮かべていたというのに、一瞬でこんな恐ろしい表情に変わった目の前の男がテトは恐ろしくなる。手下じゃない、と言われても彼は魔王によって創られた憲兵隊の、それも切り札とまで呼ばれている男なのだ。
「で、でもAITHだって」
「必死に自分を殺して、苦労して手に入れた地位だ……もう、俺の代わりに大切な人が犠牲になるのは見ていられなかった、強くなるしかなかったから」
それは、まるでハートも彼にとって大切な人が殺されたかのような言い方だった。彼は懐から小さな鍵を取り出すと、テトについた枷を一つずつ外していく。それから彼はテトの首に手を伸ばした。咄嗟のことに反応できなかったテトは目を瞑る。首を引っ張られる感覚にテトが目を開けると、ハートはテトの首にかかる光玉を手に取り眺めていた。
「これ、光玉だろ?」
「何でそれを」
「俺の持ってる光玉と共鳴したから」
光玉を持っている、ということは彼もテトと同じ光使いだということだ。何もかもが信じられないテトに、彼は自身の右耳を引っ張りピアスを見せる。そこには二つのピアスが刺さっていた。一つは左耳と揃いでつけているのであろう透明の石が嵌まったもの、それからもう一つは右耳にのみついている黄緑の、彼の瞳と同じ色の輝く石のピアスだった。その輝きは確かにテトの首に輝く黄色の石と似ている。
「でも共鳴って?」
「キーンって、耳鳴りみたいな音してねぇか?」
彼の言葉にテトは先ほど彼が牢屋に来てからずっと耳鳴りがしていることに気がつく。確かに最近異様に耳鳴りが増えたとは思っていた。ハートと初めて出会った時、すなわち憲兵から逃げている彼と出会った時も耳鳴りがあったなと彼は思い出す。テトは小さく頷いた。
「それが証拠だ」
「これ、どうにかできない……? 一回気がつくとうるさくて僕駄目かも」
「意識しねぇようにするんだ。じきに慣れるだろ」
そう言われてもな、と思いながらもテトは意識を外す努力をする。すると少しずつ耳鳴りの音は遠くなっていった。
「後は外に出てから話すほうが良さそうだ」
「ぼ、僕、お父さんに貰った剣を取り上げられて、あと鞄も」
「それなら逮捕者から取り上げた荷物を集めてある場所に俺が行って……」
「その必要は無いですよ」
突然聞こえてきた女性の声を、テトは優しそうな声だと思った。この状況で呑気すぎる感想だと自分でも呆れる。長く淡い金の髪を頭の高いところで二つ結んだその女性は、牢の入口に立ってにこりとこれまた優しそうな笑みを見せていた。しかしながらその目には光を映していない、人形なのだろう。
「誰……?」
「クローバーだ」
「そ、それマズいんじゃ」
ハートはフードも被っておらず、その目を見れば人形ではないことがバレてしまう。慌てたテトが彼の袖口を摘まむと、彼は静かに首を振り彼女の手元を指差した。テトの鞄と剣が握られている。
「はい、どうぞ……手荒な真似はされていませんか?」
クローバーはそう言ってテトに彼の鞄と剣を手渡した。テトを見つめるその眼差しは、心の底から彼を心配しているようだ。なるほど、慈愛に満ちたと称される訳が分かる。
「クローバー、さんは……味方ってこと……? AITHなのに?」
「どうでしょう……ただ、ハートさんがずっと探していた光使いの仲間が来たのなら、私は見送ろうと決めてたんです」
「僕たちが光使いって知ってるの? 何で?」
テトの質問に彼女は黙って首を振った。答えるつもりはない、ということだろう。テトは彼女から剣と鞄を受け取る。それから彼女はハートの手を取った。
「良かったですね、本当に、やっと」
「アンタには迷惑をかける」
「気にしないでください。私が好きでしていることですから」
それはまるで物語に出てくる美しい別れような光景だとテトは思った。そこだけ現実ではないような、自分が牢屋に入れられていることなど忘れてしまいそうな、そう思わせるのは二人とも驚くほどに美しい顔をしているからなのか。抱擁を交わし、二人は見つめ合った。そしてハートが何かを呟くと彼女は気を失いぐったりと倒れたのだった。そんな彼女をハートは受け止め、ゆっくりと床に横たわせる。
「な、何したの」
「魔法で眠らせた。クローバーにまで責任を負わせるわけにはいかねぇから……行くか。こっちに抜け道がある」
ハートはそう言ってフードを被り直す。牢が並ぶ廊下の一番奥、壁の何か所かを順番に彼が押すとまるで扉が開くように壁が開いた。その先には暗く細い道が続いている。一体これが何処へ続いているのか、テトには全く分からない。そもそも本来なら隣の男に金を返してもらい、村へ帰るつもりだったのだ。ダグの母親がテトの好物であるキペンのミルク煮込みを夕飯に作ってくれている。ハートが暗闇へ足を踏み込むと、黒いコートを着ているだけあり一瞬で闇に飲まれた。街灯も無い村で育ったテトにとって、暗い道は慣れたもののはずだ。しかし、その一歩を踏み出せばもう戻ることはできないのではないかという漠然とした不安が彼の足を掴んで放さない。
「置いていくぞ」
ハートの囁く声が反響した。ここにいても何も始まらない、それどころかまた憲兵に見つかれば牢へ逆戻りだ。この一歩を踏み出そうが踏み出さまいが、もうとっくに後戻りはできない状況なのだとテトはようやく理解した。




