7
そのあとはさきほど案内された凛の部屋だと言われた場所へと戻った。
壺が敷いた布団はふっくらとしていて、横になったら柔らかく体を包んでくれる。
おやすみなさいと壺が部屋を出て行ってから、凜は目を閉じた。
けれど落ち着かなくて目を開ける。
もう一度閉じて何度も寝返りをうったけれど、結局眠れなかった。
ふかふかの布団に不満はないけれど、怖かった。
「真っ暗……」
今まで寝ていた小屋は隙間もあったし小窓もあった。
星明りや月明りは存外明るかったのだ。
この部屋は窓のない場所だ。
そのせいで真っ暗になっている。
とうとう体を起こして部屋のなかを見回すと、凛は布団から出た。
濡縁まで行けば庭は水のなかから光が弾いていたから、きっと明るい。
勝手に歩き回ることは気がひけたけれど、暗い部屋はやっぱり落ち着かなくて凛は決心して部屋の外へと出た。
そろりそろりと歩いていれば、廊下の角を曲がったさきにほんのりと明かりが見える。
それにほっとして早足で角を曲がり、凜は息を呑んだ。
濡れ縁には水華がいた。
庭の方向からこぼれる青色と光に照らされて、その神秘的な美貌が際立っている。
顔の刺青がますます人間らしさをそぎ落としていた。
おもわず足を止めて見入ってしまった凜に、水華が気づいた。
手に朱色の盃を持っているので、酒を飲んでいたらしい。
青と白の姿に赤色の盃はひどく目立っていた。
「どうした」
滑らかな低音。
抑揚のない声音での問いかけに、ようやく凛は我に返った。
「あ、あの、私」
「眠れないか?」
問いかけられて俯いてしまった。
怖くて眠れないなんて子供のようで恥ずかしくなる。
「酒は飲んだことあるか?」
「ない、です」
「では酒で眠るのはやめておいた方がいいか。ふむ、眠れない理由はわかっているのか?」
「え、あ……」
水華の言葉にとまどってしまう。
どうして凛のことを気遣うのかがわからない。
「わかっているのなら話せ」
「……く、暗いのが、怖くて」
威圧的なわけではないのに、凜はどうしてかおずおずと理由を口にしていた。
今までだったら何を罵倒されるかわからなかったので、口をまともに開いてこなかった。
幼い頃も成長してからも、例外は祠の声だけだ。
「そんなものか」
何か怒られるかもと身構えた凜に返ってきたのは、なんともあっさりとしたものだった。
「別の部屋に移動するか?」
「い、いえ、あのお部屋で、大丈夫です。私には、勿体ない、くらいなので」
「そうか」
慌てて辞退すると、返事をしながら水華は立ち上がった。
目の前まで来た美貌に息を呑む。
「行くぞ」
「あ、あの!」
水華の一言のあとで、ひょいと凛は抱えあげられた。
突然のことに慌てるけれど、水華はそんな凛の反応などお構いなしに歩き出す。
「す、水華様、あの」
「動くな、落とすぞ。飯は食べたのか? まったく重さがない」
「い、いただきました、沢山」
「それでこれか」
わずかに水華の眉根が寄る。
凜は降りたいけれど、落とすと言われればそれはそれで怖いので固まってしまうしかなかった。
薄暗い廊下は、しかし一定間隔でぼんぼりが天井からつるされているので、怖くない。
道順的に凛の部屋に行っているらしい水華の足取りは迷いがなかった。
あわあわとしているあいだに部屋に到着してなかへと入ると下ろされる。
「寝ろ」
そう言われてしまえば寝るしかない。
でも寝るのが怖いのにと思いつつ、そんな言葉は返せなくておずおずと凛は布団に横になった。
すると何故か水華が布団の横にあぐらをかく。
何故座るのかがわからない。
送り届けただけではないのか。
ただでさえ暗くて怖いのに、どうしたらいいのか。
ぐるぐる考えていると、そっと手を取られた。
「きゃっ」
小さく悲鳴が上がるけれど、口の中で上げたものだったので水華には聞こえなかったらしい。
特に何も反応はなかった。
「これなら暗くても一人じゃないことがわかるだろう」
やわらかく握られた手は体温が低い。
見た目にあっているなと思う。
けれどすぐにそんなことはどうでもよくなった。
水華の手は凛の華奢で細すぎる手にはとても大きい。
それに誰かと触れあうなんてはじめてだ。
(人肌ってこんな感じなのね)
ほんの少し安心した。
今日会ったばかりで自分を殺す人なのに、安心なんてどうしてするのか。
不思議に思いながらもかすかに指先で握り返せば、きゅっと水華の手に少し力が入る。
「眠れ」
「はい……」
さっきまではまったく眠れなかったのに、凛はうとうとと瞼が重くなり、うまく返事が出来なかった。
その夜はぐっすりと眠れた。
多分、こんなに心地よく眠れたのははじめてだ。
安心して眠れたのも。




