第88話 敗報
黒鋼の上位会議室に、静かな通信が入った。
『対象02との接触、失敗。確保不能。セラス・ノア、撤退』
端末の文字は短い。
なのに、室内の空気が一段階落ちる。
加賀美イサオは、画面を見たまま動かない。
感情は出さない。
出さないまま、指だけが一度、机の縁を叩く。
「詳細」
別の席から、記録が読み上げられる。
「抗現象兵装は機能。出力低下を確認。
初期は押せて見える局面あり。
その後、一方的に崩された。中枢には未到達」
「損傷は」
「セラス、可動に支障。ノア、兵装に過負荷。
どちらも帰還済み。追撃なし」
短い沈黙。
末端の回収班なら、「また失敗か」で済む。
ここは上位だ。
04を追い、05を測り、ガルスまで投入した層が、三傑の一角に届かなかった事実を共有している。
「三傑は、別格という報告の通りか」
「はい。下げても、土俵が違います」
イサオは窓の外の濁った空を見る。
方針は、すぐに変えない。
壊すな。中枢を残せ。
その文言は残る。
残したまま、実現可能性だけが今夜、大きく削れた。
「セラスとノアを休ませろ。
02への再接触は、当面凍結」
「他の番号は」
「端は引き続き拾え。
ただし三傑は、無理に触れさせるな」
命じられた者が頭を下げる。
会議室を出る足音が、廊下に薄く残る。
イサオだけが、しばらく席に残った。
息子の顔が、一瞬よぎる。
現場は現場の仕事をすればいい。
そう言い続けてきた言葉が、今夜は少しだけ苦く響く。
表の街では、環象社が定型を流している。
「雹は収束しました。被害は最小限です」
最小限の裏側で、黒鋼の上位は初めて、明確に一歩引いていた。




