第8話 表と、もう一つの現場
環象社の本社フロアは、災害の匂いがしなかった。
ガラスの向こうに都市が見え、壁面の画面には気象データが流れる。
発表用の文面が、次々と整形されていく。
『異常気象Bを確認。避難指示を発令』
『対応完了。被害は最小限』
広報の端末では、同じ言葉が何度も選ばれる。
人々が安心するための言葉だ。
環象社は、自然現象の研究と対処を掲げる大企業として知られている。
スポンサーもつき、避難誘導の顔としても信頼されている。
「今日の件も、通常通り出してください」
上司の声に、担当者は頷く。
現場で何が起きていようと、表に出る文面は大きく変わらない。
環象社は、守っている側の名前として機能している。
一方、街の東側では、別の装備の人間が瓦礫を摘んでいた。
黒鋼だ。
彼らは環象社の制服を着ない。
現場では支援や回収を名目に動くが、実際の関心は対象の追跡と確保にある。
端末には、収束後の痕跡写真が並ぶ。
「また断面がきれいだ」
「上は壊すなと言ってる。残骸があれば持って帰れ」
「環象社は『対処完了』って出しちまったよ」
短い笑い声が上がる。
笑っているが、足元は重い。
黒鋼にとって、環象社は表の顔だ。
自分たちは、その裏で残るものを拾う。
対象が何なのか、末端の全員が知っているわけではない。
知っているのは、
• 気象の収束後に不自然な痕跡が残ること
• 強さの桁が違う個体がいるという噂
• 破壊より回収が優先されること
それだけだった。
班長が地図を畳む。
「環象社が表で収束を宣言したら、俺たちは跡を洗え。
それが分担だ」
誰も反論しない。
表と、もう一つの現場。
同じ災害を挟んで、役割が分かれている。
空は、すでに雨の色を失っていた。
だが、次の歪みがどこで牙を向くかは、まだ誰にも分からない。




